2014年12月31日水曜日

秋風の記


 山本周五郎「秋風の記」(昭和9年発表) 新潮文庫『朝顔草紙』所収
 
 
山本周五郎の神戸

神戸の雑誌社時代の同僚・「仲井天才(「陽気な客」では天青)」と偶然再会。彼はそれなりに知れた劇作家だったが、落ちぶれて神戸に。二人は同時にクビを言い渡されて社長を殴り、最後の給料を全部呑んでしまって別れた。
 周五郎は小説家になったが、家賃は溜まり、八百屋や米屋の払いにも困っている。

 秋はせかせかと私の廻わりを急いでいる、昨日も今日もひどい落葉で、夜になると厨の屋根の上を、枯葉が寒い音をたてながら転げてゆく。二旬ほど前からしきりに楢の実の墜ちる音がぽったぽったと響いたけれど、この二三日絶えて聞かなくなったのはもう落ちつくしてしまったのかしらん。
 昨日街を歩いていたら、人混みの中から、
「山本君、山本君」
 と呼ぶ者があった。振り返ってみると四十がらみの落魄しきった男がふところ手をしてぬっと立っている。……

 仲井は満洲に行っていたらしい。二人は酔ってとりとめない話をして、

「じゃあ――また明日会いましょう」と別れた。短かったが濃密な雑誌社時代のことをあれこれ思い出す。

だがなんだって私は、こんな事をいつまでもならべているのだろう、私が書かなければならぬのは人情美談だ。ユウモアがあってペソスがあって、何処か突っ込んだところも無くてはいけない、さあやろう!
 待て待て、窓を明けよう。恐ろしく落ち葉が舞うぞ、丘の上の道は今日も落ち葉で埋まってしまったろう。それにしても、仲井天才は昨夜あれからどうしたろう、この落ち葉の中を今日はまたどんなふうに歩いていることか。
――この乱れ切った世の中に生きて、多少とも為事らしい為事をしようとするには、貧乏や不面目を恐れていられるか」
 彼はかつてそう云った。
「君こそ、確かり、本当の為事をやってくれ給え!」
 とも云ってくれた。
 けれどもねえ仲井さん、家賃や八百屋や肉屋の勘定は、僕もやっぱり払わずにはいられませんよ。
 
 木村久邇彦の研究では、「夜の神戸社」には「中居天声」という元劇作家と、「水町青磁」という後に映画評論家として活躍する人が在籍した。在社時期は違うが、「仲井天才」は両者の複合人物。

(平野)

2014年12月30日火曜日

冬の皇帝


 『野呂邦暢小説集成4 冬の皇帝』 文遊社 201412月刊 3300円+税

 芥川賞受賞後に発表した作品を収録。自伝作品、ミステリーも。今回初めて本に収録されたものもある。

「冬の皇帝」

 青年は高校卒業後、上京してガソリンスタンドで働いた。
 昼過ぎ、自動車はひっきりなしに走っているのに、きまって暇になる時間が毎日ある。ほんの15分ほど。青年は「とりとめのない思いにふける」。

 
 ぼくは両手をポケットにつっこんでスタンドによりかかった。
 そうやって街路をながめた。
 静かだ。(略)
 気を失った人間が我に返るという。この時刻になってやっと自分がちゃんと息をして働いている当り前の人間であることに気づくのはそれに似ている。何もしないでぼんやりしている。道路向うのタクシー会社を眺め、空を見上げ、行きかう車に目をやる。何も考えない。まったく何も考えはしない。
 車の列は川に似ている。
 雨あがり、水嵩が増えた急流。左右に目まぐるしく移動する車を見ていると酔ったような気分になる。体の内部を何かが駆けめぐり始める。(略)

電車の音、近くの建築現場や工場からの音、雑多な音が聞こえるが、それらがまじると「ある種の静けさ」を感じる。一瞬すべての騒音が止まることがある。奇妙な静かさに不安になる。けたたましい音が戻ると緊張がとけて仕事に戻る。

相手の耳に口を寄せなければこちらのいいたいことが伝わらない職場にぼくは慣れた。午後二時を過ぎた今頃のいちばん騒がしい一刻にある静けさを感じるようにもなった。これが都会の音だ。……

アフリカのある国の皇帝が来日。皇帝の車が前の道路を通るらしい。交通規制で車の流れがいつもと違う。店員たちで車のナンバーで賭けをする。いつもの15分間、その車が現われた。バリケード、戦車、広場、砲弾、群衆……、青年はどこかの国で起きた政変の夢を見ていた。皇帝の車はルートを変更したらしい。

(平野)

 元町商店街HP更新。「【海】という名の本屋が消えた」は「金山平三」。
http://www.kobe-motomachi.or.jp/

2014年12月28日日曜日

オモイデピース


 『オモイデピース ここからはじまる、まちとひと』 
企画・編集・製作「オモイデピース」製作プロジェクト 201412月刊 非売品 A4判84ページ

 クラウドファンディング「READY FOR?」で支援を募り、出版。震災以前と現在を対比した写真集。全国の図書館に寄贈予定。こちらを。


写真家・佐藤正実は「仙台の原風景を観る、知る」をテーマに活動。

 


地元の人々が想い出を語り合える記録と、
もともとのまちの営みがイメージできる記録。

 
 震災前後の風景を定点で撮影した記録として見せることで、その二つを結びつけることができるかもしれない。(略)散らばってしまったオモイデの小片(ピース)を集め、記録し残すという意味をタイトルに込めた「オモイデピース」。地元の人々には、「かつての風景」になってしまった景色から想い出を語り合ってもらったり、復興後の未来を思い描く時の茶飲み話のネタになればと願っております。(略)

ほとんどの場所で建物がなくなり、荒野状態になったまま。それは人間の息遣いが消えてしまったことでもある。



(平野)
 私はイラスト担当さんからいただいた。絵ハガキも。ありがとう。

 優れた活動をしている出版社に贈られる「梓会出版文化賞」。
http://www.azusakai.or.jp/
 受賞各出版社の皆さん、関係者の皆さんおめでとうございます。
 山口県周防大島のひとり出版社「みずのわ出版」が第30回記念特別賞を受賞。おめでとう。

 お江戸から、「NR出版会新刊重版情報 Vol.467」が届く。「書店員さんへのラブレター」寄稿。実は『ほんまに 第16号』紹介。


 

お江戸みやげ。(1)三省堂書店のカバー、「神保町地図」、店名付き。(2)「ラドリオかわら版」、裏は2015カレンダー。いつものようにブックカバーにも使える。
 
 

2014年12月27日土曜日

本屋会議


 本屋図鑑編集部 『本屋会議』 夏葉社  201412月刊 1700円+税
イラストレーション 得地直美  ブックデザイン 櫻井久

はじめに
わたしの町の本屋さん1 島田潤一郎
【本を届ける本屋さん】今井書店(長野県・茅野市)
【被災地の本屋さん】桑畑書店(岩手県・釜石市)
町には本屋さんが必要です会議 島田潤一郎
【町のCD屋さんの話】タクト(東京都・千代田区)
わたしの町の本屋さん2 空犬太郎
【横浜の本屋さん】有隣堂(神奈川県・横浜市)
【町の人たちが支える本屋さん】留萌ブックセンターby三省堂書店(北海道・留萌市)
本屋さんの五〇年 空犬太郎
本屋原論 笈入建志
わたしの町の本屋さん3 島田潤一郎
【あたらしい本屋さん】文久BOOKS(福岡県・福岡市)
【ショッピングセンターのなかの本屋さん】本の店 英進堂
【わたしの町の本屋さん】ウィー東城店(広島県・庄原市)
【ウィー東城店の一日】 写真 キッチンミノル
あとがき

「町の本屋さん」について考える本。なぜ、「町の本屋」は長く経営危機状態であり続けているのか? 「町の本屋」の魅力とは何なのか?
 簡単に答を見い出せないことだが、「町の本屋」と一緒に考えてみる。本屋の人間だけではなく、出版社の人も取次の人も、町の人々と一緒に、真剣に考えようという試み。

「町には本屋さんが必要です」と胸を張っていえるのは、一個人、つまり、その町に住むお客さんだけなのだ。

 20141月、「本屋図鑑編集部」が「町には本屋さんが必要です会議」(町本会)を立ち上げた。1年間限定の活動。

 趣意書。
 町から「本屋さん」が消えつつあります。激しい競争、仕入れの困難など様々に原因が語られますが、いま私たちに必要なのは町の人々に本当に必要とされる本屋のイメージではないでしょうか。「町本会」という場を通して、何から取り組むべきかを具体的に考えていきたく思います。

 会議を16回開催。「町に本屋が必要」と考える人たちが集まり、意見を述べ合った。
「町本会」発足のきっかけは20139月の【海】閉店。同年7月『本屋図鑑』に紹介されたばかりなのに、突然の閉店。編集部の皆さんの驚きは大変なものだったでしょう。在籍していた者として申し訳ないが、私たちも「いきなり」のことだった。14年9月に福岡元店長が「町本会」に出席して、「閉店」を振り返り、なぜ閉店せざるを得なかったのか、思いを語った。

「アナログ型、職人型の地域の独立書店の終焉、息切れ」

 

 広島県の中学生・夢実さんの作文「本好き中学生の三年間」が紹介されている。

私は、本が大好きです。
本は、私の半分を作り、おこづかいの九十パーセントをしめています。……

 学校公認の本好き。図書委員になって閉館状態だった図書室を復活させていく。職場体験学習で地元の本屋さんで働いた。図書室に役立つことを学ぼうと思ったが、書店員の行動(作業に込められたお客さん思いの心)に打たれた。

 人のために何ができるか、人のためにできることをどのようにとり入れているか。人が本を読みたくなる環境とはどういうものかを学ぼう。そう考え直して、五日間必死に学び続けました。(略)
 私の町の本屋さんは、とても親しみやすい本屋さんです。お客さん思いのお店で仕事を体験できて、自分を変えることができました。

 先生や他の委員と協力して、利用者のために図書だよりを作り、アンケートを実施して、本を読みやすい環境作りを考えた。利用者が増え、本の管理もしやすくなった。新しい図書室も完成目前だが、自分は引退になる。

「本が好き」っていうだけで、世界が広がることもあるんだ。図書委員長をやっていることも自分の特徴としていいんだ。

 「夢美さん」たちがいっぱいおられると思う。
 町には本屋さんが必要です。

(平野)福岡宏泰「書評」デビューです。「神戸新聞」12.28で佐野由美『路地裏に綴るこえ』(くとうてん)を紹介。
 
「ほんまにWEB」連載更新。http://www.honmani.net/
「しろやぎ」のエネルギー充電、「お道具箱」は新刊台帳について。

2014年12月21日日曜日

ヌードと愛国


 池川玲子 『ヌードと愛国』 講談社現代新書 2014.10月刊 800円+税

 1959年今治市生まれ、実践女子大学、東京女子大学、日本女子大学で非常勤講師。専門は日本近現代女性史。著書、『「帝国」の映画監督 坂根田鶴子「開拓の花嫁」・一九四三年・満映』(吉川弘文館)他。
 本書では、絵画、彫刻、映画、写真、コミック……など、芸術作品からサブカルまで大量に生み出される「ヌード」について考察。日本近現代文化史で、「ヌード」は「不思議に似通った衣」をまとっていることに気づく。「『日本』をまとったヌード」という存在。

目次
はじめに
第一章   デッサン館の秘密 智恵子の「リアルすぎるヌード」伝説
第二章   Yの悲劇 「夢二式美人」はなぜ脱いだのか?
第三章   そして海女もいなくなった 日本宣伝映画に仕組まれたヌード
第四章   男には向かない?職業 満洲移民プロパガンダ映画と「乳房」
第五章   ミニスカどころじゃないポリス 占領と婦人警官のヌード
第六章   智恵子少々 冷戦下の反米民族主義ヌード
第七章   資本の国のアリス 七〇年代パルコの「手ブラ」ポスター
あとがき

 第一章の「智恵子」は「智恵子抄」の高村智恵子。画学生時代に描いた人物デッサン=男性ヌードについての伝説から。

 日本の「ヌード」は、欧米文化を受けとめた、日本という国家の胎から生れた
 明治政府は西欧世界に追いつくために、近代化政策を推進した。国境の画定、国民の身分の平等化と移動の自由、自由に移動する労働力に支えられた産業社会、徴兵制。男女の区分、民族の区分が組み合わされ、国民を統合するために愛国心を鼓舞する。建国神話、国旗、国歌がつくられる。
 芸術も近代国家の指標のひとつ。西洋画には神話や歴史的事件を描く歴史画の伝統がある。そこにはさまざまなポーズの人間が描かれる。訓練として人体デッサンが重視される。当然「ヌード」も。
 近代日本で最初に描かれた「ヌード」は1983年の黒田清輝《朝妝(ちょうしょう)》。

……第四回内国勧業博覧会に展示された《朝妝》の前で、観客たちは、くすくすと忍び笑いをもらした。裸を芸術として鑑賞するというような文化的素地と無縁だった当時の日本人にとって、この絵は、卑猥でおかしみをさそう「笑い絵」=春画以外のものではありえなかったのだ(宮下規久朗『刺青とヌードの美術史』)。……

「ヌード」をめぐって論争がおき、芸術としての「ヌード」が定着する。1900年、黒田がパリ万博に出品した「ヌード」《智・感・情》(18971899年)は銀賞を獲得する。

日本近現代史のなかで生み出された7つの「ヌード」から、それぞれの「時代」と「創り手の動機」を解き明かす。「ヌード」は「時代」にどう影響し、影響されてきたのか。国家の近代化、軍国化、民族主義、資本主義経済、フェミニズム……、「ヌード」を通して日本近現代史を考える。

表紙の写真はカバーではなく「帯」。大束元「交通整理、銀座4丁目」(1948年頃)。交差点の交通整理の台上にヌードの女性が乗っかっている合成写真。第五章で登場。

(平野)

2014年12月18日木曜日

金子光晴 I L


 『金子光晴新詩集 IL』 勁草書房 19655月刊

装幀 宇留河泰呂  解説 清岡卓行 
 光晴70歳。翌年歴程賞受賞。

 

わが胸の奥の奥の小景まで、からんと透いてみえる
そんなときまで生きねばならぬのは、つらいことだ。

それに、僕には、太陽や、そよ風などと和解してゐる時間が
そろそろ、なさそうなぐあいなのだ。

 
かなしむのは、はやい。僕は、まだ、ひとりぶんのなま身を
くたびれてはゐるが、肉体をもつてゐる。
 
ときおり、いはれもしらずはしやぐこともあるこのからだには
あいきようにも、ちよつぴりへのこまでついてゐる。

びつくりするにはおよばない。そのうへ、僕には
どうつかつたらいいものか、つかひのこしの、僕の『時間』がある。
……

 盟友・山之口貘のことも詩に出てくる。

『キリストだとばかりおもつてゐたら、おや、君は、死んでるはづの
貘さんじやないか。どうして、また』(略)
『どこかで、なにかが、まちがつたのではないのでせうか。
この道は、ねえ、かねこさん。へんなところへ出てしまひそうですよ』

(平野) 乙仲「スウィートヒアアフター」で購入。

2014年12月16日火曜日

神戸港 昭和の記憶


 森隆行 『神戸港 昭和の記録  仕事×ひと×街』 神戸新聞総合出版センター 201411月刊 1600円+税 
カバーデザイン:楠田雅史 イラストレーション:岩里佑也

 著者は1952年徳島県生まれ。75年大阪商船三井船舶(現・商船三井)入社。2006年から流通科学大学商学部教授。著書に『神戸客船ものがたり』(神戸新聞総合出版センター)など多数。
 本書では神戸港の発展を支えてきたさまざまな仕事を紹介する。かつての活気を思い返し、もう一度元気をと願う。

目次
神戸港の概要  航海士 神戸ポートラジオ 水先人 タグボート ラインマン 税関 沖仲仕と手配師 通船 艀 メリケン地蔵 バナナ埠頭 鳶と筏 神戸臨港線 シップチャンドラー 給水船 造船 外国人バー 海文堂書店 アリマ 土運船
神戸港略年表

 耳慣れない言葉がある。

「神戸ポートラジオ」は船と陸の情報交換の役割を果たす国際VHF海岸局、東洋信号通信社。
「ラインマン」、船の接岸・離岸時に渓流用のロープを掛けたり放したりする「綱取り放し作業」に携わる人。いわば船の命綱を握る縁の下の力持ち。
「シップチャンドラー」は、船に食料品、日用品、雑貨を届ける事業者で、「船食」とも呼ばれる。最盛期には611社あったが、現在は3社。

【海】にもページを割いてくださっている。「神戸の大切なシンボルが消えてしまった」の言葉も。

「はじめに」と「あとがき」より
 神戸の街は港を中心に栄えてきた。

……戦後、高度経済成長を背景に、造船業や海運業に支えられ、世界を代表する港として、活気にあふれていた時代があった。昭和三〇~四〇年代である。街は、港で働く人であふれ、朝から酒を飲む外国人船員の姿も多く見られた。

 昭和40年代後半、コンテナ船が登場して沖荷役が減少し、艀もなくなる。日本人船員も激減する。コンテナ船は夜入港して朝出航。船員の上陸が減り、「外国人バー」が絶滅寸前など、船員相手の商売も難しくなった。

……神戸ならではの海事関係の書籍を取り扱っていた書店も、廃業してしまった。消え去らないまでも、かろうじて細々と続いている事業も少なくない。

 港の仕事を支えた「人」、「熟練の技」があった。現在活躍するのは「高度にシステム化された港湾設備・機器」。

……神戸港を支えてきた名もなき人々の息遣いを感じ取ってくださることを願っている。
(平野)
「ほんまにWEB」連載「さすらい月報」、今回はちゃんと更新。
http://www.honmani.net/

2014年12月14日日曜日

スウィートヒアアフター


 1213日 書肆スウィートヒアアフター オープニングレセプション

 121日、神戸市中央区海岸通4丁目(通称・乙仲通)清和ビル2階で開業。


 古本と新刊を扱い、壁面をギャラリースペースとして使う。

「開店のご挨拶」より
 新刊書店勤務で、人と本の「出会い損ね」を痛感したそう。
……書物の世界は、一個人ではとても把握できないほど広大な沃野です。新刊と古書の区別なく、人と本が出会う「奇跡の現場」を信じます。
 私一人の選書では当然偏りが生じることでしょう。多様性の確保と寛容さを信条とする者として、お客様との対話を通じて柔軟に変化していくことを期待してもいます。結果、「程よく面白い品揃え」となることを目指して参ります。……









 

黄色の棚が古本。蔵書でスタート。人文・社会関係と女性作家が数多く。短歌コーナーあり。
 青い棚が新刊書。直取り引き。アマゾンに出荷を拒否している出版社(緑風出版、水声社、晩成書房)のコーナーがある。
 黒いセーター姿が店主の宮崎さん。パーティーには、恩師、学友をはじめ、本と芸術活動で知り合った人たちが集まった。「明日本会」からはセ~ラ編集長、F店長と私。

神戸散歩の立ち寄り先にお加えください。
金子光晴の詩集を購入。

(平野)

2014年12月12日金曜日

晴れときどき涙雨


■ 髙田郁 『晴れときどき涙雨 髙田郁のできるまで』 幻冬舎文庫 201412月刊 460円+税 
カバーデザイン 多田和博  カバーイラスト 卯月みゆき
 

 20127月集英社クリエイティブから単行本。
 単行本の時も紹介した。

「文庫版あとがき」より。

「スランプに陥った時はどうしますか?」
 サイン会や講演会で、そう聞かれることが度々あります。そんな時は、
「本屋さんへ行きます」
 と答えます。
 書店へ行って、書店員さんが働いておられる様子を眺め、書棚を眺め、本を手に取り、紙の手触りを楽しみながらあれこれと選ぶうちに、萎れていたこころが膨らんでいくのがわかります。購入した本を手に、店を出る時にもう一度、振り返ります。

 本屋と書店員を大切にしてくれている。

(平野)
 またも【海】のことに言及。ありがたいこと。

 パートの研修、大阪での4日間終了。久々のラッシュ電車。明日は神戸。
 今週初めての本屋。

2014年12月9日火曜日

ロードス通信 第38号


 古書目録 ロードス通信 平成2612月 第38号 最終刊

 ロードス書房主人・大安榮晃(おおやすしげみつ)さん、911日逝去。ご本人が準備していた目録、家族と仲間によって完成。

 


ご挨拶  大安立子
『ロードス通信』と『本棚』のことなど  街の草 加納成治
古書と漱石と大安榮晃さん  「sala」編集人 吉田ふみゑ
父のこと 大安羽生子

 夫人の「ご挨拶」から。
 ロードス書房開業は昭和561月、故郷の篠山口駅前。6112月、「サンパル古書の街」に出店し、神戸移住。「ロードス通信」は平成412月に第1号を刊行。

「サンパル古書の街」の変遷、震災、公社との裁判、次々と続く中、古文書にも熱中し「阪東直三郎日記」を刊行、家族、親戚、他人の世話にも奔走しました。「自衛官は命を掛けているって言うのを聞くと腹立つわ。僕らも命掛けや」――傍から見ると、報われず、儲からず、店には居らず、止めてと言いたくなりましたが、個人店主の気概か、「さあ!(ここがロードス島だ)」と、止むに止まれぬ熱に動かされ、止まるどころか加速しているようにさえ思えました。(略)
 亡くなって一ヶ月が過ぎ、故郷の荷物を開いてみると、20代前半に作った読書計画の痕跡――びっしり細かい字で埋め尽くされた手帳やノートが何冊も見つかりました。生活の中で読書生活は変更せざるを得なかったでしょうが、いつも目指すところに一途でした。
 92日の業者市に出席、9日の市にも行こうとしておりました。もっと本を買わせてやりたかった、美味しいものを食べさせてあげたかった、将棋も指させたかった、一生懸命話す姿を見ていたかった……。いつも目録を出すとき、「ものすごく売れる気がする」と言って、うれしそうにピョンピョン跳ねていた姿が目に浮かびます。ほんとに可愛い男でした。(略)

(平野)
個人的には子どもたちが同じ学校でした。お世話になりました。ありがとう。

2014年12月7日日曜日

忙中閑語


 安野光雅 『忙中閑語』 朝日新聞出版 201411月刊 1600円+税

 雑誌『数学教室』(国土社)連載のミニエッセイ〈2851編〉。見聞したことから教訓を得たり、思いついたことのメモだったり、興味がどんどん深まり広がる話、奇妙な話、笑える話に怒っている話。意外な発想や思考法、架空の学校の校歌も。安野版「考えるヒント」。

000 (略、宇宙飛行士・ガガーリンが「地球は青かった」と言った。もう一つ、「神はいなかった」と言ったという話がある。神を信じていた人にとっても、そうでない人にとっても意味のある言葉)
 倅は、「無限にある星の中で、水も空気もある青い地球を遥か彼方から見たとき、神はいなかったけれど、神という言葉を持ち出す他ないほどの感動があった、ということではないだろうか」と言う。
 そうだった。地球は、奇蹟なのだ。こんなに美しい星は今のところ、かけがえのないものなのだ。そんな地球のうえに棲む生き物はみんな、弱肉強食で生きてはいるが、人間同士が争っていていいのか、文明の進歩は確にめでたいが、そのために沢山のものを犠牲にしてしまった。いまごろ気がつくのは遅いが、このような星は他にないことを忘れてはいなかったか。地球を汚した者が、やがて死んで責任をまぬがれても、汚れた地球は残る。その子孫に対して責任のもてる人間になろうではないか。

 数学の話が多い。数学者・野崎昭弘の『数学で未来を予測する』(PHPワールドサイエンス新書)の読後感想。大切なこととして、「(何でもすぐに)信じる者は滅び、(よく考えて納得しなければ)信じない者は救われる」をあげる。

021 (教会が免罪符を売った。買うほうも買うほう、売るほうも売るほう)
 悲しいかな、世の中というものはそうなっていて、「信じる者は救われる」と信じている者のほうが多いらしい。どんなに未来の幸せを説かれても、「一寸先は闇」であることほど確かなことはない。

(平野)

テレビの時代劇で、信心深い中間が無信心な主人に「信心」の大切さを説いた。
「うまくいけば信心のおかげ、うまくいかなかったら信心が足りない」
 改革が進めば景気がどうの、というのに似ている。KT中の時もそう言っていた。
 私事、いよいよ勤めに出ることに。本とは何の関係もない仕事です。ブログは続けますが、回数は減ると思います。
 ではでは皆さん、カゼにご注意を。

2014年12月6日土曜日

香具師風景走馬燈


 林喜芳 『香具師風景走馬燈』 冬鵲房 19842月 B6 241ページ 表紙・カット 海原六一


 
目次 
香具師・その世界  
当世香具師符牒大全
香具師群像
大道芸人・大道商人 
あとがき

 

 
 
 
「香具師」の口上と言っても、ガマの油売りとか、映画の寅さんくらいしか思い浮かばない。全盛期は大正から昭和の初めらしい。デパートの実演販売の流暢な口上を想像してもらって、もっと胡散臭い怪しいイメージ。粗悪品、インチキ商品かもしれない、とも思う。盛り場の片隅で「春画」もしくは「エロ写真」らしきものを言葉巧みに売る商売もあったらしい。口上では決して「春画」「エロ」と言わない。「二人が足をからませ~」とか「お巡りさんが来るといけない」とか、10分ほどで手早くお金と交換して店じまいする。帰りに、「そのへんで広げてはダメ」とか「パクられたらみんなが迷惑」とか客をせき立てる。帰って見てみれば、相撲の絵だったり二股大根だったり。結局騙されたようなものだが、客は怒れない、苦笑いしてスケベ心を恥じるのみ。

……では香具師の売る商品はすべて粗悪品であるかといえば決してそうではない。だから買う、売れるのであって、そうでなければどの縁日でもお祭りでもボイコットされて、香具師商人は生活がたたなかった筈である。……

 居合抜きや曲芸を見せながらの商売もあった。香具師と芸能の結びつきは江戸時代から。大正期には歯磨きメーカーが歯磨き粉の袋を持参すれば演芸を無料で見せるという宣伝をした。
「大締師(おおじめ)」は香具師の花形。「オイ、オーイ!」の声で人を集め、まず口上で「ゲソドメ(足止め)」させるテクニックを持つ。集まった人の中にスリがいるから注意せよ、顔を知っている、今帰ったらスリと間違われる、などと言う。誰もその場所を離れられない。実際にスリが横行し、警察の目を逃れるために人だかりに入り込むことがあった。足止めしてからが大締師の正念場で、商品の効能を並べて売りつけるまでの一時間の真剣勝負。

 林の香具師商売は昭和13年(1938)、ネクタイ売りの修業から。しかし戦時、翌年の米配給統制に始まり、みそ・醤油・衣類などが切符制になり、露天商人に商品が入らなくなった。17年には企業整備令で、配給所以外の商店は閉店状態になる。戦後、夜店で自分の蔵書を売り始める。

……古書店で買ってもらうよりは高く、古書店での売価よりは安くというのが私の考えだった。(まだ本の少ない頃、文学書も良く売れた。古本屋のおやじらしい人がたくさん買って行った。かも知れない)小川芋銭のもの、高橋新吉の詩集、大杉栄のものなど、実は売る側の私も惜しかったのだが、その日に金が欲しいとなれば執着などしている暇はなかった。……

古本売りをしばらく続けていると、場所によってお客の好みが大きく違うことに気づいた。客筋に合わせて「ネタ」を選ぶ。古本の売り上げ経験から次の商品の仕入れを考えた。
書影は、高橋輝次『古書往来」(みずのわ出版)より。
(平野)
 

2014年12月5日金曜日

「本が売れない」というけれど


 永江朗 『「本が売れない」というけれど』 ポプラ新書 780円+税 201411月刊
 書店勤務、編集者経験もある人。「哲学からアダルトビデオまで」幅広く執筆。
 
プロローグ ベストセラーは出したいけれど
第1章     日本の書店がアマゾンとメガストアだけになる日
第2章     活字ばなれといわれて40
第3章     「街の本屋」は40年間、むしられっぱなし
第4章     「中くらいの本屋」の危機
第5章     電子書籍と出版界
第6章     本屋は儲からないというけれど
第7章     「話題の新刊」もベストセラーもいらない
エピローグ どこから変えるべきか

 
 
 
 長い長い出版不況。本も雑誌も売れない。でも、出版社・取次・本屋の人たちは忙しい。
 本を読む人はそんなに減っているのか? アマゾンと巨大書店だけあればいいのか? 小さな本屋は潰れるしかないのか? 電子書籍は? ……
 流通改善、本屋の利益増、自主的仕入れ、返品、本屋開業……、業界の諸問題について提言をする。とはいえ特効薬はない。本と読者にとって何が重要かと、考えを立て直す。

 いちばん重要なのは「本」だ。(略)まず「本」を大事にしよう。「本」が生き延びるためにどうするか。
 次はその「本」を生み出す「著者」と本を読む「読者」だ。(略)
 すべては、この「本」と「著者」と「読者」のために何ができるからから問われなければならない。(略)出版社も書店も取次も、「本」を「読者」に手渡すためにある。
 現在の「本」を取り巻く状況はそのようなものになっているだろうか。著者が10年かけて書いた本が、書店の店頭から1週間で姿を消し、多くの読者が知らないうちに断裁されパルプになってしまう状況は、「本」と「読者」のためになっているだろうか。それどころか、出版社と書店と取次の経営のために、「本」と「読者」がないがしろにされているのではないか。

 出版業界の歴史と現状を考え、現在の「本」のことだけではなく未来の「本」も含めて「本」について考える。

(平野)
【海】閉店についても第4章で言及してくださっている。「ショックを受けた」そう。「閉店」について【海】スタッフは取材を受けていないはず。永江さんが情報を確認した「関西の出版社の社長」について2人ほど心当たりはあるが確信はない。
 最新の出版統計分析は[出版状況クロニクル]をご覧ください。
http://d.hatena.ne.jp/OdaMitsuo/20141201