2019年6月23日日曜日

注文の多い注文書


 小川洋子 クラフト・エヴィング商會 
『注文の多い注文書』 ちくま文庫 860円+税 
単行本は2014年筑摩書房より。
 
 

 この世にないものを求める注文者たち(小川洋子担当)と、それを探し出す「ないもの、あります」がモットーの受注者(クラフト・エヴィング商會担当)が紡ぐファンタジー。

〈意を決して扉をあけ、「ごめんくだし」と声をかけると、あらわれいでし女性の店主。「いらっしゃいませ」と発せられた声は夢まぼろしではなく、「何かお探しですか」とさらにあらわれた「番頭にして書記」を名乗る男は、「どんなものでも、お取り寄せしますよ」と、こちらもまぼろしではありません。(後略)〉

注文者の荒唐無稽な物語に受注者は独創的想像力と作品で応え、注文者は受領してさらに新たな物語を展開する。注文はそれぞれが昔読んだ本に出てきた物・者、または本そのもの。「人体欠視症治療薬」(川端康成『たんぽぽ』)、「耳の石」(J・D・サリンジャー『バナナフィッシュにうってつけの日』)、「貧乏な叔母さん」(村上春樹『貧乏な叔母さんの話』)、「肺に咲く睡蓮」(ボリス・ヴィアン『うたかたの日々』)、「冥土の落丁」(内田百閒『冥土』)。

(平野)物語の世界に入り込まないと楽しめない。私は不満なし。でもね、私の方に問題あり。本書の元になった作品をどれも読んでいない。恥ずかしい、ごめん。

 娘と孫が帰省、8日間過ごす。彼女たちが帰ってくる前に、古本屋さんに本を売りに行った。「孫の好物・白身魚を買ってやりたい」と泣き落し、イロをつけていただいた。ヂヂババはたっぷり遊んでもらった。ババは横浜まで送って行った。それでね、孫と入浴中の写真を見て自分の身体に驚いた。私はこんなに痩せていたのか?! と。子どもたちが小学生の頃、「父さん、髪の毛ない」と言われ、「昔から毛は少ないのじゃ」と言い返したけど、手鏡を使って洗面鏡に頭頂部を映してみたら想像以上に薄くなっていたことを思い出した。体重は海文堂閉店後のイベントで女装してドレスを着るためにダイエットしたが、あのまま維持しているようだ。5354kg、いまのところ重病の自覚、医師からの宣告はない。

 6.21勁版会例会は古書店うみねこ堂書林店主にしてミステリー研究家・野村恒彦さんの講演「ミステリー小説への誘い」。幼少時からの読書体験、ミステリー小説の歴史・現状・今後、それにおすすめの作品も語ってくださった。横溝正史の話は特に楽しそう、嬉しそう。これは恋だと思った。

 中央図書館の蔵書点検休館が終了。私は図書館の恩恵を受けているわりには、あまりに近すぎ、そのありがたさがわかっていない。いつでも行けると思って、調べ物に手抜かりがある。

 6.23《朝日歌壇》より。
〈久々に書庫より呼び出された本が我が手に深い息をしている (広島市)堀真希〉

2019年6月13日木曜日

美しき愚かものたちのタブロー


 原田マハ 『美しき愚かものたちのタブロー』 文藝春秋 1650円+税

 611日から東京上野公園にある国立西洋美術館で「松方コレクション展」が開催中だ(923日まで)。開館60周年記念の展覧会。


 


そもそもこの美術館は日本がフランスから「松方コレクション」を寄贈返還してもらうために設立した。では、その「松方コレクション」とはどういうもので、なにゆえフランスから返還してもらわなければならなかったのか?
 本書にすべて書いてある。原田はキューレーターの経歴を活かして美術をテーマにした作品が多数ある。
 今から約100年前、神戸の川崎造船所社長・松方幸次郎は私財を投じてヨーロッパの美術品を蒐集した。第一次世界大戦による好景気という背景があった。彼は数千点におよぶコレクションを展示する美術館も構想した。

――どうせ美術館を創るなら、世界に比類なき美術コレクションにしてやろうじゃないか。たとえ極東の島国でもこんな立派な文化的施設があるのだということを、他国にも知らしめたいんだ。/松方の言葉の端々に、日本人がもつ「島国根性」を叩き直したいという気持ちが汲み取れた。/世界は広いのだ。井の中の蛙となって大海を知らずに過ごすのではなく、世界の中の日本の立ち位置をいつも認識する努力を怠らない。我々日本人はそうあるべきだ。/そして、そのためにも、美術はよき鏡になるはずだ。文化・芸術をいかに国民が享受しているかということは、その国の発展のバロメーターになる。すぐれた美術館はその国の安定と豊かさを示してもいる。もっと言えば、国民の「幸福度」のようなものを表す指標にもなるのではないか。〉

松方の志に共鳴し協力した美術研究家、戦火からコレクションを守った部下、返還交渉をした政治家・官僚たち。松方の夢を蘇らせる、実現する、そのために全力を懸けた人たちを描く。
 松方のコレクションは激動の運命をたどった。金融恐慌によって川崎造船所は大打撃を受け、松方は辞任。国内にあったコレクションは売り立てにより散逸(浮世絵は皇室に献上)し、イギリスの倉庫にあったものは火事で焼失、フランスに残したものは敵国人財産として接収された。そのフランスから返還されるのだが、一部国宝級の作品は戻らなかった。その中にはゴッホの「アルルの寝室」(オルセー美術館蔵)もある。この展覧会で展示されている。それに行方不明だったモネの「睡蓮、柳の反映」(2016年発見され、返還)が修復されている。

(平野)
 68日、元町1003にて高橋輝次さん(『雑誌渉猟日録』皓生社)、清水裕也さん(『漱石全集を買った日』夏葉社)と尼崎の古書店「街の草」店主加納成治さんのトーク聴講。
 611日、ギャラリー島田で秋のイベントについてホーホケキョ女史と相談。
 本日は孫来神を待つ。1週間くらいいる予定。

2019年6月8日土曜日

完本 太宰と井伏


 加藤典洋 『完本 太宰と井伏 ふたつの戦後』 
講談社文芸文庫 1700円+税
 
 

「太宰と井伏」、初出は『群像』200611月号、単行本は2007年講談社刊。本書には「太宰治、底板にふれる――『太宰と井伏』再読」(20132月講演のための草稿)収録。加藤は本年516日、肺炎で逝去。3月入院中に本書あとがきを執筆した。

 太宰は遺書のメモに「井伏さんは悪人」と書いた。私は二人の微笑ましい様子を本で読んで、太宰の最後のいたずらだと思っていた。しかし、研究者は、井伏が「薬屋の雛女房」(1938年発表)で太宰精神病院入院中のことを書き、太宰が激怒した、と指摘。それを根拠に某評論家は、井伏が太宰を追い込んだと、悪人説を支持した。加藤はその解釈を、一方的な推理、太宰の側の問題に一顧も加えていない、と言う。

 太宰は4回自殺未遂を起こし、5度目が486月の入水心中。「薬屋の~」は4度目の心中未遂事件後を題材にしたもの。38年、太宰もこの事件を「姥捨」に書いている。内縁の妻・初代の不倫に太宰は衝撃し、共に死のうとしたが、未遂に終わる。相手の男性は、初代と一緒になりたいと願うが、太宰は許さない。初代は、下女でもいいから置いてほしいと懇願するが、太宰はそれも許さない。太宰は初代と別れる(棄てる)ことになるが、初代はしばらく井伏家で過ごした。その後、初代は北海道に行き、軍属と知り合い中国に渡る。中国では「慰安婦」になったという噂がある。初代は一時帰国し、井伏家にも立ち寄った。夫妻は中国に戻るな、と説得するが、初代は聞かず、44年青島で亡くなった。井伏家に知らせが来て、太宰に伝えた。太宰が「薬屋の~」を読んだのは47年。太宰は怒り、井伏を批難し、離れて行く。

〈井伏夫妻は、初代を愛しんでいた。「薬屋の雛女房」には、その小山初代の姿が、初々しいまでに活写されている。太宰は井伏に激怒するのだが、それは、身から出た錆である。死んだ初代が太宰の前に蘇る。そして、太宰の文学の基軸を、ぐらつかせる。(後略)〉

 太宰は度重なる自殺未遂の後、小説家として成功した。井伏の仲人で結婚もした。戦後、太宰が「家庭の幸福こそ諸悪の本」と言い、また死に向かって行くことについて、加藤は太宰作品を読み返し、考察する。「散華」(44年)には戦争で死んだ友に対する後ろめたさ=「純白」がある。「ヴィヨンの妻」(47年)で書いた、反人間的行為でも反社会的行為でも生きていさえすればいい、という「汚れ」。加藤は、太宰の「純白」の心と「汚れた」心の均衡が「薬屋~」の初代の亡霊によって脅かされた、と考える。

 一方、井伏は「黒い雨」(66年)で、「おお蛆虫よ、わが友よ……」という詩を引いた後、「戦争はいやだ。勝敗はどちらでもいい。早く済みさえすればいい。いわゆる正義の戦争よりも不正義の平和の方がいい」と書く。原子爆弾への怒りだ。そこには太宰自死への思いもあっただろう。井伏は「純白」と「汚れ」を併せ持つ、そのことを否定しない。

井伏の太宰弔辞は、「どうしようもないことですが、その実は恥じ入ります。左様なら」、だった。

(平野)
映画「マイ・ブックショップ」を見た。戦争未亡人が田舎町で夫との夢だった本屋を開業。町の有力者は自分が文化の中心でありたい人物で、彼女の経営を妨害。老紳士が味方してくれるが、町の人たちは本屋から離れていく。レイ・ブラッドベリやウラジミール・ナバコフの本が紹介される。当時の先進的な本屋たろうとした姿勢を描き、読書の楽しみや喜びを伝える作品である。錚々たる識者が推薦のコメントをしている。でもね、私は結末――焚書とその当事者であろう少女のその後には納得できない。解釈が浅いのか。

 6.2《朝日歌壇》より。
〈令和でも私は紙で読むだろうレシートなどをしおりがわりに (高岡市)池田典恵〉
『ビッグイシュー日本版』359号(2019.5.15)特集は「紙の力 ポストデジタル文化」。

 大倉山にある神戸市立中央図書館が蔵書点検で15日間休館(6.317)。前々日が返却日でよかった。絶対、私、休み中に行くもの。いままで何回休館日に当たったことか。借りた本は、山本周五郎『小説の効用・青べか日記』(新潮文庫)、橋本関雪『白沙村人随筆』(中央公論社)、『谷崎潤一郎=渡辺千萬子 往復書簡』(中央公論新社)。調べ物用。