2014年2月19日水曜日

髙田郁 美雪晴れ


 髙田郁 『美雪晴れ  みをつくし料理帖』 
ハルキ文庫 620円+税


 大人気シリーズなのであらすじ紹介はしない。
 主人公・澪の料理人としての決意が固まる。
「食は、人の天なり」


 毎回鼻をすすりながら読んでしまう。今回もそうなのだけれど、第4「ひと筋の道」涙ズクズクに。

 つる家常連の版元・坂村堂嘉久(かきゅう)の嘆き。

……

「坂村堂よ、もう海文堂のことで何時までもそうくよくよと悩むな」

 時分時を過ぎたつる家の入れ込み座敷からそんな声が聞こえる。

 この刻限に版元と一緒に座敷に上がるとすれば、戯作者の清右衛門しかいないはずが、声を聞く限りそうではない。

「海文堂は実に良い店だったのですよ。清右衛門先生の本も、随分と沢山商ってくれていましたのに、あんなことになって。私はもう、無念で無念で……。今日、店の前を通りかかったら、既に薬種問屋に様変わりしていました」

……

「私には懇意にしていた物之本屋(もののほんや)を助けられなかった悔いがあり~」の文章もある。

 大切な作品の中で、話には何の関係もない21世紀の小さな本屋のことをあえて書いてくださっている。私たちにはただただありがたいことですが、こんなことで作品や髙田の評価が下がってしまっては申し訳ないです。

(A)   そやけど番頭とか丁稚どんの行く末を案じてくれる一文があってもよかったんちゃう?

(B)   お前、さっきと言うてることちゃうゾ!

 髙田さん、担当編集氏、春樹事務所の皆さん、心から御礼申し上げます。

(平野)

2014年2月18日火曜日

【海】史 番外 読者投稿




 【海】史 番外(5

  読者新聞投稿 
 

 F店長から、彼が退職後整理した【海】資料を預かった。目にしなかった新聞記事がいくつもある。読者投稿も丁寧に拾ってくれている。

「神戸新聞」20131113日〈俳句〉 選者:わたなべじゅんこ

銅鑼鳴らし書舗の閉店後の月  神戸市 川谷さん  

 

「神戸新聞」20131118日〈詩〉 選者:安水稔和

「舵のある本屋」  神戸市 宇貞さん

幼い頃 今は亡き父が
その店で選んでくれたのは
メアリーポピンズの本だった
並んだ児童書の背表紙を
指でなぞっていた父は
これがいいと
迷わずその本を抜き取った
日本よりも欧米で人気の
その本を選んだのは
海外で多くの仕事をしていた
父ならではの選択だったのだろう

閉店する前に
階段の踊り場の舵を
もう一度触りに行った
父の見た
広い広い海の向こうの世界に
思いが飛んだ

――「舵のある本屋」の、階段の踊り場の舵。私もよく通った海文堂、今はない。――(安水)

 投稿してくださった方々、選者の皆さん、ありがとうございます。


 


(平野)


 

2014年2月17日月曜日

素湯のような話


  岩本素白 『素湯(さゆ)のような話 お菓子に散歩に骨董屋』 
早川茉莉編 ちくま文庫 900円+税

岩本素白(そはく、本名堅一、18831961)、東京府麻生生まれ。国文学者(随筆文学)。

本書は随筆、短歌、全集未収録の小説一編。

第一章   素白雑貨  言われぬ味をもった日用品

第二章   素白好み  川は、みな曲がりくね(・・)って流れている

第三章   読我書屋  何でも無駄なことの好きな私は

第四章   孤杖飄然  ふらふら家を出る

第五章   素湯のような話  話はこれだけである

第六章   滋味放浪  したくない事はしずに来た

第七章   がんぽんち  雰囲気を重んずる

〈小説〉消えた火

解説  伴悦(ばん えつ)、山本精一 

 
「素湯のような話」より

――これは正味を紙に書けば、五六行でも済んでしまう、素湯のような話なのである。然し、その時代とその町の様子を、一寸云っておかなくてはならない。

町の入口は坂になって居た。昔はいよいよここから東海道になるというダラダラ下り、土地の人も地名のように其処を坂と云って居た。……――

「少年の眼に映じた」品川の町の話。
 表通りには妓楼、引手茶屋、料理屋、それに商家がまじって並ぶ。露地を入れば裏町。芸者屋、仕立屋、荒物屋など「明るい侘しさを持った廓の裏町」。「(子どもたちは)虚偽と淫蕩と浮華と怠惰の悪徳の町の空気に浸って居た。私はこういう町でしばらく少年時代を過ごした者である」。
 少年は友だちの家=芸者屋の前で、子守をしながら張り物(洗濯の糊付け)をしている老婆の唄を聞く。芸者屋の様子も老婆の顔立ち・着衣も覚えている。

――「芸者衆がぺん(・・)、按摩さんがぴい(・・)、駕籠屋さんがほい(・・)、べんぴいほい」

 節という程のものはないが、詞にはおのずから調子があった。私はついぞ聞いたことのない、この唄ともつかず、口ずさみともつかない妙な文句が珍しく面白く、聞いて(・・・)居たのである。――

 少年は他の「年寄り達」の昔話も「記憶の底に浸みこませて居た」。幕末維新は「恐ろしい時代でもあったが、又面白い時代でもあったらしい」。吉原の芸者や芸人たちがやって来て、品川芸者はそれまでの芸だけでは追いつかなくなった。志士たちもここで「浩然の気を養った」。生首の話、出世した志士の話もあった。

――西国九州の大名は皆評判が悪くって、この土地ではただ会津の侍だけが、凛々しく立派であったという。この婆さんも、或は其時そんな昔の夢を追いながら、この珍しい口ずさみをやって居たのかも知れない。
 話はこれだけである。此処まで書いて来て、ふと思うことは、私も段々この年寄りの年に近くなって来て居るが、想い出すだけの昔の夢を持って居るのであろうか。そうして今何を口ずさめばよいのであろうか。――
 
「壺」より

 素白は戦災で家も蔵書も失った。わずかな身の回りの物だけで信濃の小さな町に疎開する。住まいの主が古い小さな火消し壺を貸してくれる。火を入れ火鉢代わりに使う。(いまこういう暮らしの習慣がない)

――素焼きの硬い壺であったが、永年使った物らしく、縁のところはもう真黒に燻って居た。それを雑巾で拭いて、ほのかに暖まった縁から肩の丸みの辺りを撫でて居ると、丁度手頃な手焙りのようで工合が良い。少し歪んで素朴なこの壷は、戦火に総てを失って流離の旅に居る私には、まことに似合いの手焙りであった。……――

 花を挿すのも良いかもしれない。12月、主に頼んで壺をもらい受け、手づくりの杖とともに東京に戻る。住まいは運良く見つかる。

――善いにつけ悪いにつけ、人生のことは思いがけぬことばかりである……――

 邸の主は美術家で良い話し相手、庭の花木を剪ってくれる。壺に挿して眺めていると、素白の心は生まれ育った裏町・露地をさまよう。

――この壷は火消し壷として台所の片すみに置かれても、或は又手焙りとして花の壺として、座敷のすみ、床の間の上に置かれても、何時もしゃん(・・・)とした静かな姿保って居る。到るところ自在にその実用美しさとを示し、所を得て居るのがこのである。……――

 どんな境地にあっても「動かない、静かな姿」を示したい、「如何なる処、如何なる物の中にも美しさと味い」を見出したい、創り出したい、と思う。

――こんなことを考えながら、本を伏せて例の杖をとって表へ出た。――

名前から、漢語だらけの難解な文章を想像していた。

 早川が素白随筆の魅力を語る。

「何でもないような話が淡々と素湯のように語られるので、さらりと心に入るのだが、やがて、じわじわ味わい深くなってゆく」
「静かな文章は美しい」

(平野)

2014年2月16日日曜日

土屋耕一のガラクタ箱


 『土屋耕一のガラクタ箱』 ちくま文庫 840円+税

 土屋(19302009)、東京生まれ、コピーライター。

カバーは同僚・和田誠がスケッチした土屋の姿。

本書は広告の作り方から始まる。
出題、〈帽子屋さんが若い人たちに帽子をかぶってもらいたい、そのためのキャッチフレーズを〉、制限時間5分。

 

(1)   「スカットさわやか~」のようなものまねダメ。どこかで聞いたことのあるもの、原型をひねったものなど、失格。

(2)   「若い」にひっかかって「イカス」「カッコいい」などは「帽子をかぶってキチンとしたいオトナには全く無縁」で、失格。

(3)   「ハイセンス」など横文字を使えばいいというのは見当違い、失格。

(4)   「今日は中折れあしたはベレエ」という七五調は「語呂がよすぎて、言葉がツルツルすべって~」失格。

(5)   七五調を徹底して都々逸調、素人の旦那芸。

(6)   カルタ調。審査段階で残るだろうが、入選までいかない。

(7)   駄ジャレ、面白く楽しくよく活用されるが実際には使えない。「ボサボサ頭を帽子で防止」はかなりいいほうだが小粒。もう少しフトコロのひろい表現、世の中をうごかすようなダイナミックな力を。

 ということで、

8)〈810日はハットの日です〉 着想のスケール。

〈帽子も入れて四つ揃い〉 三つ揃いに帽子というアイデア。

〈帽子で命を拾った人がいます〉 不安をつく手法。

正解というものはないが、これくらいなら合格点。
 プロとして戒める。失格も含めすべて土屋が鼻歌まじりで作った、お遊びのフレーズ。
――お金をいただくプロフェッショナルの仕事は、こんな草野球なみのスローボールでは通用しないこともお忘れなく。――(「話の特集」1967.2

 センスや発想力は鍛えることができるのか? 凡人は無理なので〈言葉遊び〉を楽しむ。

 アナグラムで俳句。

〈古池や蛙とびこむ水の音 芭蕉〉

数の子や水気を問わむいと古び 土屋

 仲間も挑戦してきた。

わずか見むふやけ男のビイトルズ 岩永嘉弘

 負けじと土屋。

お岩跳びずずと毛のこる闇深む

 
「軽い機敏な仔猫何匹いるか」の回文でも有名。
〈新年誌〉〈快晴盛夏〉など短いものから80字におよぶ大作もある。
「なんとなく始めてみて、なんとなく続けているだけ……」、「ひとつの休息」と言う。
「頭の中でコマを回したまま休む」状態。プロの凄み。

 私好みの下ネタ。

〈たまるサルマタ〉

〈抱きあったこの部屋へのこ立つ秋だ〉

〈にたにたし野糞いそぐ野、下に谷〉

 長いのが色っぽい。本書をご覧ください。

 解説:松家仁之

――ふだんは無口な親方が、うまい鮨の握りかたについて、お客さんの迎えかたについて、淡々と、虚飾ぬきでじっくり話してくれたようなものなのだ。――

(平野)

2014年2月15日土曜日

注文の多い注文書


 小川洋子 クラフト・エヴィング商會 

『注文の多い注文書』 筑摩書房 1600円+税

 お江戸駐在委員に借りた本。

「ないもの、あります」が謳い文句の〈クラフト・エヴィング商會〉に、「ないもの」を注文する客たち。

恋人に触れるたびにその触れた部分が見えなくなり 人体欠視症治療薬のメモを渡す女性。

敬愛する作家のため隠された物語を引き出させるバナナフィッシュの耳石 を探すファン。

自分を育ててくれたお祖父さんが遺した本を「さあ、読むのです!」と示してくれた叔母=“貧乏な叔母さん”を捜す青年。

旅先で亡くなった標本商に“肺に咲く睡蓮”を供えたい老指圧師。

夫が死ぬまで読み続けた“冥途の落丁”本を引き取って欲しいと言う夫人。

本書、小川洋子が依頼人の物語=「注文書」をクラフト・エヴィング商會に渡す。商會はあの手この手で「納品書」を作成。さらに小川は「受領書」でその後の物語を書く。

両者間にシナリオなし、真剣勝負。

両者がこの作業に着手したのは2006年。足かけ9年かかっている。

小川のそれぞれの物語は敬愛する作家・作品へのオマージュ。

川端康成『たんぽぽ』、JD・サリンジャー『バナナフィッシュにうってつけの日』、村上春樹『貧乏な叔母さんの話』、ボリス・ヴィアン『うたかたの日々』、内田百閒『冥途』。

クラフト・エヴィングが探し出した商品のうち、「蚊涙丸」、「バナナフィッシュの耳石成熟判定ボード」、「肺に咲く睡蓮の標本」が同商會『星を賣る店』(平凡社)の商品目録に掲載されている。

架空の物語世界の話なのに現実に堂々と「商品目録」が出現している。

(それも物語なの!)

 凡人の頭の中はこんがらがっている。

 最後の対談で、小川が新しい注文を依頼しようとする。

じつは、自分が書いた小説の中に登場する品物を注文したいんです。それって反則でしょうか? でも、貧乏な叔母さんのように人間じゃありませんし、長距離を移動する必要もないと思いますから、ややこしくはないはずです。二十五年くらい前に書いた短編に出てくる物で――あれ、えっと、たしかここに入れたはずなんですけど……まぁとにかく、話せば長い事情がございましてね――

ああ、またこんがらがってきた。この「注文書」ができるのはいつの日か?

 そうそう、小川は〈クラフト・エヴィング商會〉の場所をつきとめている。路地の入り組んだ猫しか通れない狭い道もある目印の駄菓子屋(それがわからん!)の角を曲がって……

本書で確かめてください。

 カバーの写真、「肺に咲く睡蓮の標本」。
(平野)

2014年2月14日金曜日

みすず  読書アンケート特集


 『みすず 201412月合併号 読書アンケート特集』 みすず書房 300円+税

 ようやく江戸特派員から届いた。

 識者たちに、2013年中に読んだ書物のうち、とくに興味を感じたものを5点以内で挙げてもらう。今年は156名回答。

本屋店頭で見かけたこともない学術書、洋書から小説、文庫、新書、コミックまで並んでいる。
新刊・旧刊を問わないので、古書や再読したものを選ぶ人もいる。選書についてだけではなく、出版界、図書館などの問題について述べる人もいる。

 私は毎年ざあーっと眺めて「読んだような気になるかな?」くらいの読者。それでも自分が読んだ本や紹介した本、馴染みの小出版社の本を見つけるとうれしい。

 本誌「アンケート特集 毎年のバックナンバー」を挙げている方がおられる。

――その年の新刊書じゃなくていいところが魅力。形式が決まっていないので、書き手の個性が豊か。その時々の心情を吐露したものや、自己宣伝に近いもの、自分の好みというより自分の領域で読んでほしいものの紹介など、さまざま。この人がこの著者を勧めていたのか、といった、隠れた精神的系譜も見えてきます。――宮地尚子(文化精神医学)

 置いている本屋は少ないです。みすず書房に直接申し込めます。




(平野)

 大きな声では言えないけれど小さな声では聞こえない。
【海】イベントをどこかで誰かがコソコソと……
 続報をお待ちください。
  
 『ほんまに』第15号 取り扱い店


【神戸市中央区】
ギャラリー島田 078-262-8058 
神戸凬月堂  078-321-5555
ジュンク堂書店三宮店 078-392-1001
ジュンク堂書店三宮駅前店 078-252-0777
トンカ書店  078-333-4720
プラネットEartH  050-3716-3540  
【神戸市灘区】 
ワールドエンズ・ガーデン 078-779-9389 
ブックス・ガルボ 078—955-8442 
【尼崎】
街の草 06-6418-3511
【大阪】
カロ ブックショップ アンド カフェ 06-6447-4777
紀伊國屋書店梅田店 06-6372-5821
紀伊國屋書店グランフロント大阪店 06-7730-8451
MARUZEN&ジュンク堂書店梅田店 06-6292-7383
三島郡島本町 長谷川書店 075-961-1560
【京都】
恵文社一乗寺店 075-711-5919
古書 善行堂 075-771-0061
【名古屋】
七五書店 052-835-0464
ちくさ正文館 052-741-1137 
【岐阜】
 徒然舎 058-337-0444
【静岡】
水曜文庫 054-266-5376
【東京】
NR出版会事務局 03-5689-3886
往来堂書店 03-5685-0807
古書ますく堂 090-3747-2989
ジュンク堂書店池袋本店 03-5956-6111
トマソン社 通販 http://tomasonsha.com/
MARUZEN&ジュンク堂書店渋谷店 03-5456-2111
リブロ池袋本店 03-5949-2910

2014年2月13日木曜日

藤原マキ 私の絵日記


 藤原マキ 『私の絵日記』 ちくま文庫 840円+税

 1941年大阪生まれ。舞台女優、状況劇場などで活動。退団後、つげ義春と結婚。1999年癌のため逝去。

 本書単行本は1982年北冬書房から。のち増補再編集され文春文庫、学研M文庫。

 解説の佐野史郎は映画「ゲンセンカン主人」(1992年)で「つげ義春」役を務めた。藤原は状況劇場の大先輩にあたる。佐野夫人も同じ劇団で名前は「真希」。佐野は島根県松江市出身。

 藤原は戦災で島根県加茂町に疎開した。

――町から三十分ほど歩いたところにある集落の、公会所をあてがってもらい、着のみ着のまま、何一つなかったので、村の人たちから、フトン、ナベカマ、茶ワン、ハシ、にいたるまで恵んでもらい、それこそ乞食一歩手前で疎開生活を始めた。……――(マキの思い出エッセイ「お地ぞうさま」)

 父は戦死、大阪に帰れずそのまま高校卒業まで公会所に住んだ。
 町の本屋の思い出を書いている。

――いつ覗いてみても、お店の人は居るのか居ないのか、だーれも居ない眠ったような本屋さん。無造作に置かれた本たち……(略、本が欲しくてしようがなかった。友だちに貸してもらって舐めるように読んだ)。本屋さんの前を通るたび、私はよく思ったものです。「ここの子どもになれたらいいナー」と。すると、好きな時に好きな本を、好きなだけ読めるから、そしたらいいナーと……――(「そうだったらイイのにな」)

 絵日記のきっかけは、長男の幼いときの家族の生活記録を残したいと思ったから。「出来るだけありのまゝ」を描いた。子どものおねしょも、つげの病、自分の精神的不安定も。

――正助が「カーチャンなんかつめたいよ」と云って私を起した。……こんな日に限って雨だ。

――近所の八百屋で捨てゝあったフキの葉をもらい、佃煮にした。ほろ苦くて美味しい。(夕飯は金時豆、野菜の煮しめ、小魚の佃煮)今晩はなんだか昔の公家さんの食事みたいだ。

――オトウサンがトイレから出てきてひっくり返った! 長身だから電信柱のように倒れた。昨夜40度も熱が出て、トイレの冷たい空気に急にふれたものだから、立ち上がったとたん、つよいめまいがおきたのだという。

――夜オトウサンと夫婦ゲンカをした。二、三発やられたので、捨てバチな気持になってしまい「もうオトウサンなんか要らない! 二人で何処かへ行ってしまおう」と正助に口走ってしまった。

――昼食をしていたら、突然オトウサンが「目まいがする、救急車を呼んで」といって畳に横たわったので、びっくりしてしまった。こないだも一度ひっくり返っているので、脳卒中かと思いあわてたが、救急車が来たら、オトウサンはタンカにも乗らず、自分で歩いて車に乗ってしまった。

――オトウサンがとうとうおかしくなってしまった! 固い顔して電話帳を見ていたと思ったら、とつぜん精神科に電話をかけたのだ。とうとう自分から助けを求めたようだ。

……

ささやかな喜びとどうしようもない苦しみが同居。

 家族の写真、つげの「妻、藤原マキのこと」も収録。

 (平野)