2026年4月9日木曜日

伝説の出版社 博文館

4.6 古本屋さんに教えてもらっていたコーヒーと本のイベント、4日に開催であった。今週末と思い込んでいた。友人に詳細を知らせるのにチラシを見て、ようやく気付く。えらそうに教えてあげて、オオボケ。

4.7 雨が降りそうで降らないけれど、風強い、寒い。帽子飛ばされそうな中、買い物。

4.8 朝刊のお天気欄は日本中晴マーク。きれいな青空、山々の緑のなかにピンクの花の集まりがあちこちに見える。勤務場所周辺各家の桜も満開。ミモザを植えているお宅があって、毎年咲き誇る。眼福。花束にしてご近所に分けておられる。

 

堀啓子 『伝説の出版社 博文館』 筑摩選書 2000円+税



「博文館」は「春陽堂」と並ぶ明治・大正・昭和を代表する出版社。ミステリー読者なら江戸川乱歩や横溝正史が活躍した『新青年』を思い浮かべるだろう。現在出版は日記の「博文館新社」、辞書の「博友社」に受け継がれている。また、東京堂書店、東京堂出版、共同印刷、博報堂の源流にあたる。

 大橋佐平は母の「世の人々に尽くすには書籍に関する仕事が一番良い」の教えに従い、越後長岡で出版や書店、新聞など社会のための事業を起こしたが、いずれも不調。上京して始めたのはやはり出版業。1887年(明治2050歳を超えてから「博文館」を創業。同郷人から書き手・スタッフを見出し登用。社名は初代総理大臣・伊藤博文にちなむ。若くして身分制度を超え、英語を身に着けた伊藤は佐平の出版理念のモデルだった。最初の雑誌は『日本大家論集』。先行の学術専門雑誌や新聞から論文を抜粋し、要約して掲載。原稿料が不要、印刷経費を工夫(少部数印刷製本して配本、売り切れで注文殺到し、現金引換えで卸す)、広告費も安く抑えたから、販売価格は廉価。読者は喜び、大ヒット。だが無断掲載、まだ著作権が整備されていない時代だからできたこと。当然既存出版社は怒り、「悪文館」「泥棒雑誌」と批判した。ジャーナリスト・宮武外骨は「破廉恥雑誌」と激怒した。執筆者にも批判者はいたが、「再録」によって多くの人に読まれることでおおむね歓迎した。結果として著作権の成立が進むことになる。

 その後、速記術を使った講演録、写真による日清戦争報道、宗教雑誌、少年雑誌、女子教育雑誌、法律、時事、警察などなど誌名に「日本之~」とつけた新雑誌を刊行していく。いずれも廉価版。読者の寄稿・投稿を促し、読者同士が交流する。1895年(明治28)、『太陽』、『少年世界』、『文藝倶楽部』創刊。文学の様々な分野が確立する。雑誌がビジネスとして成功。執筆者の収入が安定して、その社会的地位も高まる。

 読者を既存雑誌から新雑誌に引き込む戦略。たとえば、戦争雑誌は冒険読み物『冒険世界』、さらに『新青年』へと引き継がれる。モダンな「探偵小説」雑誌の登場だ。読者の世代継承であり、同時に編集者も次世代につながる。出版は辞書、日記にも広がる。流通業、印刷、製紙と事業が広がる。

 二代目・大橋新太郎はさらに拡大、ビール、生命保険、製紙他多くの企業の重役や理事を兼任した。関係会社は80以上に及び、新太郎は衆議院議員、貴族院議員も務めた。敗戦後の「博文館」解体、公職追放の原因となる。

「博文館」は薄利多売で読者を広げ、活字による娯楽教養を普及させた。儲け第一というわけではない。私財で「大橋図書館」を開設し、図書館学の講座を開催し、後の図書館運営の基礎を作った。また、大学生奨学金支援、雑誌を通じて災害救援寄付を集め、売り上げからも義捐金を送っている。1890年(明治23)、東京堂を設立。小売り書店ながら、地方への取次店として流通システムを作り上げる。

「博文館」発展をとおして、「日本の近代教育がもたらした読むことに貪欲な読者の誕生、それに伴い発展した豊穣な文学世界、および近代出版業の進化について」まとめる。

(平野)時代とはいえ、初期には反則すれすれの技もあった。

2026年4月5日日曜日

アナアキストの悪戯

4.4 雨模様、留守番ヂヂイは掃除洗濯、午後から買い物、夕飯づくり。

BIG ISSUE524号、スペシャル企画〈エリック・カール〉。特集〈世界市民の時代に〉。

425日から726日、東京都現代美術館で「エリック・カール展 はじまりは、はらぺこあおむし」開催。福岡、大阪にも巡回予定。

https://ericcarle2026-27.jp/index.html



伊藤野枝 『アナアキストの悪戯(いたずら)』 マヌケ出版社 1200円+税



 関東大震災の混乱の中、パートナーの大杉栄、甥の橘宗一とともに憲兵隊によって虐殺された伊藤野枝の文集。大杉との生活、警察の尾行やスパイとのつき合い、批判者への反論など。尾行をまいたり、警官をからかったり、ユーモラスで骨太だけれど、悲惨な最期を知るだけに余計に悲しい。

表題作は、野枝が警視庁拘禁中の大杉に面会した時のこと。警部の部屋で大杉と面談中、「忠君愛国主義者」が連れてこられる。名士・金持ち目当ての寄付金詐欺師。大真面目にその主義を語る。大杉は彼に勧誘されたことがある。ここでも彼は無邪気に大杉を誘う。大杉は署名するなら「無政府主義者」と書くと言うが、彼「それは勘弁」と。それなら「警視庁留置場にて」と書くと言うと、納得。ところが、刑事が「それはいけません」と止める。

付録に、同志・村木源次郎と和田久太郎の追悼文が掲載されているが、野枝の欠点を率直に指摘。

(平野)

2026年4月2日木曜日

私の東京地図

4.1 寒い三月去って、四月雨のスタート、まだ寒い。入社・入学の式の人たち、颯爽。

 本を読んでいて、エエ歳してても知らない言葉に出くわす。今さら学力・教養の乏しさを嘆いても仕方ない。家の外だと、栞挟んだり、メモして、あとで辞書を引くようにしている。同じ言葉・漢字を調べることも多々。今日は「一籌を輸する」。まず「籌」が読めないから漢和辞典で「ちゅう」と知って、国語辞典で「一籌 いっちゅう」。ようやく「いっちゅうをしゅする、ゆする」と読むことができる。「籌」は「かずとり」数をかぞえる竹の棒、はかりごとの意味も。「輸する」は、負ける。ということで、やや劣る、ひけをとる。以上『新字源』『広辞苑』より。ヂヂイはだいぶ劣る、大敗。

4.2 月に一度我が家の前が資源回収(紙・ダンボール)の収集場所になっていたが、町内会役員さんから収集日と場所の変更の知らせあり。案内文をご近所に配る。近所とはいえ普段通らない路地を歩く。徘徊者とか不審者に思われないか心配。

 

佐多稲子 『私の東京地図』 ちくま文庫 900円+税



佐多稲子(190498年)、長崎県生まれ、小説家。一家で上京し、向島小梅町の長屋から東京暮らしが始まる。稲子は小学校を辞めて、工場勤め。労働者人生のスタートだ。自分を含め長屋の悲しい切ない住民たちの暮らし、浅草の賑わい、上野の料亭奉公、日本橋丸善の女店員、上司の紹介で見合い結婚して目黒。夫は資産家だが、金があるゆえの人間不信から神経を病み、夫婦心中を企てる。命助かるも、稲子は身ごもっていた。離婚、家族に子を預け、駒込神明町カフェーの女給。作家たちと知り合い、窪川鶴次郎と結婚、プロレタリア文学運動に関わる。監視を逃れて転居を繰り返す。東京各地の風景と縁のあった人たちの思い出を短篇小説にして書き継いだ。

〈東京の街にかける私の愛着は、故里(ふるさと)に故里らしいつながりの絶えてしまった小さな生活者の、ここを頼みとするしかなかった悲しさからきている。(中略)たたみこまれた一枚一枚のその風景は、年代や経験につれて、古めかしい色刷りの絵葉書になってしまったり、光と影のある写真という印象になったりする。その風景には必ずそれぞれに人の姿がそれぞれの姿体で入ってくるのは当然で、東京の空が火焔に染まる度に、すぐその失われた跡を見さだめたかったような私の、東京の町に対する愛着から、私はその人々をも、町の性格の中でとらえておきたいとおもいはじめた。/また同時に、戦争がすんで、人が人の姿をとりもどすことになったとき、私は自分をも見極めなければならぬおもいに突き当った。歩いて来た道とともに次第に形を変えてゆくその移り方に、私は、自分をとらえたいとおもう。〉

 稲子は料亭勤め時代から芥川龍之介を見知っていた。芥川は窪川とも文学仲間。芥川が稲子の心中体験を知っていて、「あなたは、もう、もいちど死にたいとおもいませんか」問うた。その4日後、芥川自殺を新聞で知る。

小林多喜二は稲子の赤ん坊にあやして、冗談言って笑った。数日後、彼は「無情な紫色に滲ませて殺されて帰った」。弔問客も警察に検束された。稲子は葬式に参列できなかったが、多喜二に供えられた花を小さな花束にして刑務所の同志たちに差し入れた。

戦中稲子は従軍して戦時協力者となってしまう。

 街と人、人の思いが震災、戦争で焼かれた。焼け跡に立って記憶を掘り返し、自分を見つめ直す。

(平野)

2026年3月29日日曜日

青青といく

3.26 英文学・大狸教授から大学紀要をいただく。教授論文は先達・竹友藻風、寿岳文章らと英詩人エドマンド・ブランデンとの人間的な交流を探るもの。ぐうたらヂヂイには難しい。心して読まねば。

 久々に孫(姉)とLINE電話。春休み、学童保育で元気に過ごしている様子。「あゆみ」(通信簿)の記載を読んでくれる。

3.28 朝刊で、33日漫画家・つげ義春さん死去を知る。88歳。ご冥福を。

3.29 「朝日歌壇」より。

〈進撃の巨人を百倍したほどの巨大な笑顔で孫やってくる (船橋市)藤本典裕〉

迎える方は千倍万倍、それ以上。

 

永井紗耶子 『青青(あおあお)といく』 KADOKAWA 1900円+税



『木挽町のあだ討ち』の著者。実在の人物を題材にした歴史小説だが、主人公は末弟子・弥兵衛という設定。 

江戸時代後期の儒学者・海保青陵(かいほせいりょう 1755~1817)京に住まい。父は元宮津藩家老で儒学者。青陵は俊才の誉れ高く、学問の道に進む。自由に生き、自由に考え、行動したい。尾張徳川家に召し抱えられるも、改革の意見を受け入れられずノイローゼ。弟が家と役を引き継ぐ。母方の遠縁の姓「海保」を名乗る。門弟に武家、医師の他、豪商といわれる商人も多い。諸国の産業育成・経済改革にも助言をする。

弥兵衛は弓師の跡継ぎ息子だが、不器用で弓職人は無理、弓術も上達しない。算盤勘定は得意ゆえ、母が青陵の『稽古談』(経世済民を説く)を読ませる。弥兵衛は商人として世の中の力になりたいと、青陵に弟子入り。伝統を受け継ぐ、親孝行する、店を守る……、弥兵衛はそれだけでは「心が躍らへん」。青陵は、若いうちは見聞を広めよ、と励ます。

〈「せめて、心だけでも、何の型にも囚われることなく、好きなだけ羽ばたきたい」/自分で口にして、弥兵衛は己がそんなことを考えていたことにはたと気付かされた。すると目の前の青陵は、嬉しそうにぱっと顔を綻ばせた。/「それを何と言うか知っているか。自由自在と言うのだ」〉

 その青陵が急死。弥兵衛が弟子になってまだ4か月ほど。本書ではまだ18ページ、序章部分。遺言は、墓不要、遺灰は空に撒け。弥兵衛は兄弟子の暁鐘成(実在人物、大坂の醤油問屋の息子、戯作者。永井は「かねなり」とルビをふるが、資料によっては「かねなる」とも)とともに、諸国の門人・所縁の人々に青陵の死を知らせ、弔いの相談をするとともに、生前の思い出、業績などを尋ね歩く。実弟・彪(たけし)、絵師・司馬江漢、川越の商人、忍藩の元家老、加賀藩の元出銀奉行、各藩の若手の要職者たち。青陵の行動、思想によって大きく人生が変わった人たちだった。献策するも孤立し、心労から命を失った人もいる。それでも青陵の魅力が人を引きつけた。元奉行は青陵について、人にとても優しいし、情に厚い、だからこそ亡くなった者を案じたし、自分の考えを押し付けなかった、むしろ教えを受けた者が勝手に恐れたり、うろたえたり、心酔したりしてしまった、と語る。弥兵衛が青陵に似て、肩の力が抜け、それでいて筋が通っている、と感心する。

弥兵衛と鐘成は門人たちに旅の成果を報告。納骨の場で、遺灰半分散骨、半分納骨となる。号「青陵」の由来は『荘子』の言葉らしいが、弟子たちは古詩の「青青陵上柏 磊磊礀中石~」が先生らしいと語り合う。

「……短い人生、大いに楽しもう。旅に出て、共に唄い、飲み暮らせば、邸宅なんぞなくとも、王の如く楽しいと、人生を謳歌する詩でございますな」

弥兵衛の母が青陵の本を持っていた訳(因縁)も明らかになる。

安政2年(1855年)、墓建立から37年。既に弥兵衛早世し、鐘成(名は変わって鶏鳴舎暁晴翁)ひとり青陵の墓参り。適塾で学ぶ若者がお参りにくる。後に英語のeconomy  を「経済」と訳す福沢諭吉である。青陵の思いは受け継がれる、という鐘成の感慨。

(平野)

2026年3月26日木曜日

構造と美文

3.24 用事をちゃちゃっとすませて、元町映画館「金子文子 何が私をこうさせたか」(浜野佐知監督)19239月関東大震災の混乱の中、朴烈と共に逮捕拘留。皇族暗殺を企てたという罪。26325日死刑判決から723日刑務所独房で自死までの日々を描く。

3.25 本日の「朝日新聞」。「天声人語」、金子文子死刑判決がちょうど100年前と紹介。国家によって個人が弾圧されることを否定してこの国の戦後が始まった。

〈それから81年。弱い者がどうしようもなく悲しむ世は変わったか。文子のような苦しみを強いられる人間はいなくなったか。〉

同紙より、懐かしい人。「ひと」欄に登場は、服飾評論家・くろすとしゆき(90歳)。1960年代アメリカ若者ファッション・アイビー紹介者。当時雑誌編集を担当したのは〈本に狂う〉の故草森紳一。

同じく「リレーオピニオン」宗教人類学の植島啓司(1947年生まれ)、「うまし国・伊勢」の歴史と魅力を語る。「高橋源一郎の歩きながら、考える」は老いとは何か、を考察。インテリ源ちゃん75歳。生物は生殖可能期間が終わったら「死」を迎える。老人に役目はあるのか? 先輩たちの活躍を見ると、まだありそう。

 

『山尾悠子偏愛アンソロジー 構造と美文』 山尾悠子編 ちくま文庫 1100円+税



 作家・山尾悠子が選んだ幻想小説集。

JL・ボルヘス『バベルの図書館』 JG・バラード『時間の庭』 AP・ド・マンディアルグ『燠火』 金井美恵子『血まみれマリー』 澁澤龍彦『蘭房』 三島由紀夫『中世に於ける一殺人常習者の遺せる哲学的日記の抜萃』 マルセル・シュオッブ『悲劇詩人 シリル・ターナー』 多田智満子『幻術の塔』……。

山尾は1955年岡山市生まれ。1975SF小説でデビュー。休筆期間の後、2018年『飛ぶ孔雀』(文藝春秋)で泉鏡花文学賞、日本SF大賞、芸術選奨文部科学大臣賞受賞。本書『構造と美文』は仮のタイトルだったが、作品を選んでいくと、「一定の方向性がある」と気づく。

〈……ざっくりした言いかただが、どうやら<構造のある小説>および<極度に人工的な文章、スタイル>の二方向が我が好みらしいのだ。ここのところは、あるいは読書人生の最初期に出会った澁澤龍彦からの影響が大きいのかもしれないが――しかしたとえば、何より垂直に孤立した<>のイメージを好むという性癖はじしんの特質かもしれず。また短篇であれば、複雑怪奇なイメージができるだけシンプルな一直線構造となっているのが好ましいとか。端正な入れ子型、また幾何学的なトポロジー構造なども佳し。あるいは若いころ、特に好みの文章の作を(部分的にだが)暗記して、ひとりで声に出して暗唱するのが好きであったことも思い出す。〉

「若い時代に出会った特別な神々」の「とにかく美しい」「豊穣なる日本語で読むことのできる」作品を収録。

(平野)

2026年3月22日日曜日

黄金仮面の王

3.17 鵯越墓参り。お隣の区画は墓じまい、撤去作業中。

BIG ISSUE523、特集〈世界を変える! 太陽電池 ペロブスカイト〉。



3.19 本屋さん、ちくま文庫3冊、筑摩選書1冊、単行本1冊。

夕刻、会社の課長さん栄転歓送会。年配管理人から見れば子世代。

3.20 ギャラリー島田DM作業。休廊日、スタッフさんは展示品入れ替え作業。21日からは〈神戸に生きて――島田誠メモリアル展 後期:つなぐ蝙蝠書画林〉開催。31日まで。

https://gallery-shimada.com/cn1/2026-02-072.html




 

3.21 京都大谷本廟お参り。良いお天気で観光、参拝、買い物で賑わう。

 

マルセル・シュオッブ 『黄金仮面の王』 大濱甫・多田智満子・垂野創一郎・西崎憲 訳 河出文庫 1300円+税



マルセル・シュオッブ(18671905年)はフランスの幻想作家。本書は新訳5編を含む全22編収録。日本の作家・学者にもファンが多く、上田敏、日夏耿之介、堀口大學、澁澤龍彦らそうそうたる人たちが翻訳している。国書刊行会から全集や選集が出ているし、かつてコーべブックスが本書と同名の短篇集を出版(『黄金仮面の王』矢野目源一訳、1975年。収録作品は異なる)した。

殺戮、感染症、吸血鬼、阿片など死と破滅の世界を描く。表題作は黄金の仮面をかぶった古代の王。その国の城内では神官も道化も後宮の女性たちも兵士も仮面をつけている。鏡がない。漂白の盲人が王に面会。彼は城の者が全員仮面をつけていることは承知している。

〈――お妃たちの美しさも、お前さまの美しさもわかりませぬ、と乞食は低い声で言った。盲(めしい)なので何もわからぬ。したがお前さまこそ、他人についても御自身についても、何ひとつご存じでない。わしは自分がなにも知らぬことを弁(わきま)えている分だけ、お前さまよりましでありましょう。それにわしは推測することができる。(略、王は家来たちの仮面の下の素顔を知らない、想像できない)そして黄金仮面の王さま、お前さま御自身が、その飾りとは裏腹に、見るも恐ろしいお顔でないと誰が知りましょうぞ。〉

 王は心穏やかならず、城外に出る。森のはずれで女性が糸を紡いでいた。王は我を忘れて女性に近づき肌に触れようとした。仮面をはずすと、女性は悲鳴をあげて逃げ去る。王は川面に写った素顔を初めて見た。書物の知識から自らの病を知る。

(平野)

2026年3月17日火曜日

KOBE BOOK FAIR & MARKET

3.12 「朝日新聞」文化欄、〈まちの書店の灯 守り踏ん張る人たち〉。個人で書店経営している人たちが小規模経営を「持続可能な商い」にするべくネットワークづくり。開業、経営や取引の相談、出版社・取次との交渉支援をする。東京荻窪「本屋Title」の辻山良雄さん(神戸市須磨区出身)の言。「さぼっている店なんてどこにもないでしょう。ただ、志だけでは続かない。出版社や取次も含めた構造的な問題にも取り組んでいけたら」。



3.14 10時半、六甲アイランド〈KOBE BOOK FAIR & MARKET〉会場到着、11時オープンなのに参加〈百窓文庫〉のの様とゴロウさん来ていない。ヂヂイの本を販売してもらうのだけれど、姿なし。見知りの古本屋さんにブースの場所を教えてもらう。遅れてきた二人に事情を訊くと、待ち合わせ場所を間違え、台車を積み忘れ。お客さん入場して、他のブースは人だかりができているのに、まだ準備中。前途多難のスタート。




新刊書店、古書店、出版社、同人誌、個人誌、雑貨、飲食、大学のデザイン科、印刷会社、紙商社、お子様向けワークショップなどなど、「本」の多様な文化が集合。懐かしい人たち、初対面の人たち、本を通じた出会い、交流が生まれる。お隣のブースは洋書専門店。留学生や文学研究者らが集まり、我が「のの様」も時々参加。英語はわからないけれど、きっと教養高い会話が交わされていると感じる。のの様出品のレコードに倍賞千恵子発見。前夜テレビで主演女優賞受賞を見て、ヂヂイの脳内は彼女の「さよならはダンスの後に」が鳴り響いていた。ちょうどそのレコード。『ほんまに』バックナンバー売れ行き好調。



新刊本、伊藤野枝『アナアキストの悪戯(いたずら)』(マヌケ出版社)を〈1003〉棚で購入。『本屋の眼』2冊売れ、サインという名の落書き。みずのわ社主と同姓同名、読みも同じという若い男性来場。彼がおっしゃるには、もう一人同じ漢字の方がいらして(名の読みが違うそう)、いつか三人そろって会いたいとのこと。画家さん家族、元ジュンク・オカさんと会えた。

終了後、有志飲み会に参加。既知の書店員さん・図書館の皆さん、初対面の皆さんと楽しく乾杯。

3.15 「朝日歌壇」より。

〈指先にクリーム塗って点字読む盲学校の図書室の子ら (半田市)森下久子〉

 富山・松田家長女さん、ご結婚おめでとう。

 本日も〈百窓文庫〉お手伝い。垂水・流泉書房の御曹司(小学生)と名刺交換。彼

 絵本キャラの靴下(孫用)購入。『本屋の眼』1冊、『海の本屋のはなし』2冊売れ、迷惑サイン。ジュンク堂ブースで『神戸元町ジャーナル』買ってくださった方を店長さんが連れて来てくれて、落書きサイン。ヂヂイ、はしゃいでいる。

(平野)