2022年11月27日日曜日

大江健三郎の「義」

11.23 図書館、西村貫一のゴルフ調べ。私はルールすら知らない。

 新泉社・安さん、NR出版会くららさんから本届く。同社の韓国文学新刊。吾郎さんの絵が表紙と挿絵に使われている。先月上京したとき、話は聞いていたけれど、こんなに早く出版とは想像せず。よかったよかった、もっと吾郎さんの絵が知られますよう。

 


11.24 サッカーワールドカップ。日本チームがドイツに勝利。快挙。それだけの準備をしてきたそう。観戦サポーターたちは終了後ゴミ掃除をするのが習慣。さりげなくできることが偉い。

 

 尾崎真理子 『大江健三郎の「義」』 講談社 2500円+税



 大江作品の「義」と言えば、「ギー兄さん」「長江古義人」が思い浮かぶ。尾崎は長く大江を取材し、全小説の解説を書いた。大江が西洋文学を読み込み、その思想や詩などをモチーフにしていることはよく知られている。尾崎は大江の想像力の源を求めて、大江がたびたび引用する柳田国男民俗学、柳田と文学仲間である島崎藤村の小説、彼らの父親が影響を受けた平田篤胤の国学に遡っていく。

〈「義」の意、「ぎ」の音は、「ギー」に込められた柳田国男の「ぎ」であると共に、あらゆる機会をとらえて大江作品に埋め込まれていた。〉

尾崎が挙げる「義」の意味、正義、公正、高潔、信頼、忠実、誠実、道義。定義もある。「ぎ」の音、疑、偽、欺、戯、議、宜、犠、擬、儀、技、巍。鬼も。

〈「ギー兄さん」は、これらあらゆる「ぎ」をまとった人物だった。そして大江健三郎氏の小説は、すべてを懐疑する(懐かしく疑う!)姿勢で一貫した。それが「アイロニーの作家」と自称する所以なのだろう。〉

 戦後民主主義者・大江と戦前の国家主義の根拠となった平田国学がどうつながるか? 読んでの楽しみ。

(平野)

2022年11月22日火曜日

日本のゴルフ史

11.17 花森書林に本を引き取りに来てもらう。長く親しんだスポーツマンガや買って袋に入ったままの美術展図録など。

 11.13「朝日歌壇・俳壇」紹介忘れ。

〈最後から『蝉声(せんせい)』読みてすこしずつこの世の息を深く吸いゆく (宮崎市)木許裕夫〉 『蝉声』は歌人・河野裕子の遺歌集。

〈亡き父が「よんでごらん」と買いくれし『アンネの日記』いま孫が読む (町田市)山田道子〉

〈ながき夜の海馬に図書館司書がいて閉架よりよりそっと貸し出される夢 (日進市)木村里香〉

〈人の死へ銀河鉄道下りて来し (横浜市)飯島幹也〉

11.1819 「朝日新聞 折々のことば 鷲田清一」は福音館書店の松居直のことば。

〈子どもが「本を呼んで!」というのは「一緒にいて!」ということです。〉  

〈「赤ちゃんの幸せ」はみんなの願いですが、赤ちゃんの幸せは「お母さんの幸せ」にかかっているのです。〉

11.20 「朝日歌壇」より。

〈ハロウィンが近づいたからま女図かんかりに二階のママ図書館へ (奈良市)山添聡介〉

 図書館、元町原稿「西村旅館」三代目貫一調べ。1921年西村夫婦はゴルフを始める。旅館は番頭任せ、ゴルフ三昧。やるからには日本一を目指す覚悟。25年にそれぞれ所属クラブの大会で優勝を果たす。夫人は以後5連覇達成。貫一はプレイだけではなく、ゴルフ史研究も。さらに普及・民衆化を唱え、ベビーゴルフ推奨。31年著書『日本のゴルフ史』、『趣味のベビーゴルフ』(共に文友社)出版。同年旅館の住居部分を壊してベビーゴルフ場を開設。

 写真は『日本のゴルフ史』(普通版、神戸市立中央図書館蔵)の表紙。限定版、特装版も発行された由。絵は洋画家・小山敬三、六甲山上のゴルフ場風景。「神戸新聞」の随想「六甲を描く(四)」(小山画、貫一文、同年825日掲載)に同じ絵がある。ゴルファープレイ中。

 



『ひょうご歌ごよみ』(宮崎修二朗、兵庫県書籍協同組合、1984年)に六甲のゴルフ場が出てくる。

土屋文明〈無産主義に吾はあらねど草山はゴルフリンクに遮断されたり〉

1930年夏、土屋は神戸で歌友の追悼会に参列し、その際六甲に登った。散策の道はゴルフ場に遮られる。

〈草山にゴルフを遊ぶ男女富人がともは楽しかるべし〉

自分は無産主義ではないけれど世の中は不況の最中というのに、と。プレイに興じる人たちを皮肉る。昭和金融恐慌、世界大恐慌の時代。その波は西村旅館にも覆いかぶさってくる。

11.21 孫動画。妹は食べることが大好き。ご飯終わって、みかんやチーズ食べて、それもなくなると指1本立てる。もう1個ほしいの合図。ママが「おしまい、ごちそうさま」と言うと「いやだ」。姉が「あしたまたいっぱい食べよう」となだめても、「いやだ」と姉の腕を引っぱる。姉「いま食べたいの?」。妹「たべたい」。動画はここまで。そのあとはどうなったか、まだ知らない。

(平野)

2022年11月16日水曜日

鶴見俊輔の言葉と倫理

11.15 今週と来週は仕事休みあり臨時出勤あり。今日は庭に水景設備のあるマンション。南側には公園もある。のどかな感じだけれど、繁華街に近く、鉄道3本がそばの地上と地下を走る。昼休み庭で本を開くが、風が冷たくて屋内移動、こちらは陽が当たり暑いくらい。

11.16 訃報。映画監督・大森一樹。街中や電車内で何度かお見かけしたことがある。ご冥福を。

 図書館で「西村貫一」調べ。神戸港近くの旅館の三代目、ゴルファーであり文献研究者、ベビーゴルフ場開設。写真は著書の1冊、『趣味のベビーゴルフ』(文友社、1931年)。

 元町、散髪して、「BIG ISSUE442443号。

 



 谷川嘉洋 『鶴見俊輔の言葉と倫理 想像力、大衆文化、プラグマティズム』 人文書院 4500円+税



 1990年生まれ、哲学者。予備校時代、講師に勧められて鶴見の著書を読んだが、読みづらいと感じた。鶴見は回想や人物・出来事のエピソードを次々紹介するのだが、メッセージを読み取ることができなかった。たとえば、埴谷雄高も丸山眞男も中学生時代に映画「カリガリ博士」を見た、暗闇でギャーという声を聴いた、徳川夢声の活弁だった、という話。何が何だかわからない。ファシズムの予感とその後の抵抗を意味するのだろう。

 鶴見は多様な活動をした。哲学、市民運動、詩、出版・編集、大衆文化・サブカルチャー研究などなど。

谷川は、彼のエピソードや名言を眺め喜んで本棚に飾るのではなく、「哲学者として妥当な仕方で」言葉を読み解く。

〈鶴見俊輔の哲学に価値があるのだとすれば――私はあると思うが――、彼の言葉を、そんなよそよそしい位置に放っておかずに、深く、適切に読み解くことで、彼の知的遺産をきちんと相続した方がいい。私が本書で試みるのは、彼の言葉を深く解釈し、現代の私たちが生きうる倫理へと再編集する事であり、その仕事を通じて、彼の哲学を知的遺産として批判的に継承することだ。まともに読み解くことなしに、鶴見の言葉を、私たちの時代の経験に帰ることはできない。〉

 

(平野)私は、鶴見が自分を悪人と認めそれでも理想を求めること、敗者の側に立つことを尊敬する。失敗や後悔にウジウジクヨクヨすることを許してくれることも。

版元のサイトで、初版の間違いを訂正。良心的。私は人名の誤植見つけた。

2022年11月13日日曜日

夢の砦

11.10 よその国の選挙。トランプ共和が圧倒的という予想でゲンナリしていた。一夜明けるとバイデン民主踏ん張る。

11.11 結婚して40年の記念日。家人、家族に感謝、乾杯。

11.12 訃報。マサカリ投法・村田兆治、焼死とは。俳優・白木みのる、2年前に亡くなっていた。ご冥福を。

 孫に宅配便、相撲番付表も入れる。

 矢崎泰久 和田誠 『夢の砦 二人でつくった雑誌「話の特集」』 

ハモニカブックス 2100円+税



 矢崎は新聞記者だった。1961年、父が経営する出版社からホテル用の雑誌編集を任される。64年東京オリンピックを当て込んだもの。和田がデザインしたたばこのパッケージに注目して面会を求め、初対面でアートディレクターを依頼する。ところが、不況を理由にホテルがスポンサーから降り、雑誌は発刊できず。65年、矢崎は「話の特集」を企画。和田はノーギャラで引き受ける。その代わり、デザインは勝手、編集内容にも口を出す、が条件。矢崎は「そのほうがありがたい」。

 表紙・横尾忠則、ブレーンに寺山修司、谷川俊太郎、武満徹。写真家や執筆者も立木義浩、篠山紀信、小松左京、星新一ら和田人脈。矢崎が知る作家は吉行淳之介と深沢七郎くらい。のちに放送の仕事つながり永六輔、小沢昭一、黒柳徹子らが登場する。人が人を呼ぶ。

 反権力、反体制、反権威を柱に、硬軟取り混ぜ、自由とエンターテインメントを大事にした。しかし、もともと「話の特集」誌名は取次会社にエロ雑誌で登録していたものだから、都心の本屋より地方に大量配本された。売れ行き不振、赤字続き、1年で休刊。ふたりで「話の特集社」を作り復刊、友人=執筆者たちも協力。雑誌のおかげでふたりの活動も広がった。ふたりの「自分たちが読みたい雑誌」=「夢の砦」に昭和の才人たちが集まった。

1995年残念なことに休刊。2005年『話の特集40周年記念号』(WAVE出版)出版。

 本書は過去のふたりの対談から「話の特集」を振り返り、「雪国」パロディや「殺しの手帖」、スターインタビューなどを掲載。

 矢崎が先立った和田を追悼。

……マコちゃんが外出しなくなってから、一年以上会えなかった。会うことのないままに、先に逝かれてしまった。つまり、とうとう最後まで別れを言うことができなかったんだ。それがとても口惜しい。心残りでならない。あいつは僕より三つ年下なんだ。年下なのに、先に死ぬなんて、許せないよ。〉

(平野)

2022年11月8日火曜日

竹中郁と小磯良平

11.7 先日上京のおり、息子に税務申告の書類を持って行ったけど、違うものを渡していたっと判明。ごめん、すぐ郵送。

11.8 訃報。スーパー「ライフ」清水信次、「とおるちゃん!」酒井くにお。ご冥福を。

 家の修理・模様替えの影響で本の整理もしなければならない。けど、「片付けられない」ヂヂ。いずれ終活で処分するべきもの。買ったまま袋から出していない展覧会図録(独身時代、いつのんや? 40年以上前の)、コミック(息子のもある)を泣く泣く箱に詰める。写真家の図録があった。みずのわ一徳社主に回そう。

 六甲アイランド神戸市立小磯記念美術館〈竹中郁と小磯良平 詩人と画家の回想録(メモワール)〉。詩人と画家、神戸二中以来の交流と活動を辿る。ポスターや図録に掲載されている詩「君とぼくとは前の世で/そしらぬ顔だった」は「生きてゐる十人の友の墓碑銘」の「小磯良平」から(竹中郁『動物磁気』尾崎書房、1948年)。続きは、

「君は大工さんで/ぼくは八百屋だったものさ/中学校で机をならべて以来/ながいこった/君が兄弟衆とくらしたより/ぼくとくらした方が多い勘定だ/死ぬときの経帷子もお揃へとしとくか」

 会場でマンガ「竹中くんと小磯くん 出会い・神戸二中」(マンガ・マスダケイコ、原案・小磯記念美術館)をいただく。当時は「竹中育三郎」と「岸上良平」。

 





 夜、月蝕を眺めていたら孫から電話。姉はキーボード演奏と幼稚園のことおしゃべり、妹は「いやだ、いやだ」。



(平野)

2022年11月7日月曜日

明治文学の彩り

11.4 訃報、イラストレーター・矢吹申彦、福音館書店・松居直。ご冥福を。

「朝日新聞」朝刊神戸版に「のの様」登場。〈雑草もぐもぐ 花咲かウサギ 神戸の女性「相棒」と公園再生〉。「のの様」は現代思想の研究者、詩人(下の写真、水撒きしている人)。相棒スス(上の写真、雑草を食べ、土を耕す)と北野町の公園を備。

 


11.5 センタープラザの古本屋さん清泉堂書店が元町通3丁目に移転する。12月オープン予定。

11.6 「朝日歌壇」より。

〈こころざし高き山根屋書店主の訃報の朝に彼岸花咲く (長野市)細野正昭〉

〈駅近く書店営み歌に生き沓掛喜久男氏逝きて閉じたり (長野市)栗平たかさ〉

 『明治文学の彩り 口絵・挿絵の世界』 

日本近代文学館編 出口智之責任編集 春陽堂書店 2400円+税



 20221月~2月に日本近代文学館で開催された展覧会を基に出版。小説作品と共に掲載sされた挿絵・口絵から明治の文学を見る。

 明治時代の小説でも多くは本(図書館、古本、文庫本など)やネットの青空文庫で読むことができる。でもね、新聞や雑誌に発表された時の挿絵や初版本の口絵などを見ることは難しい。

 たとえば尾崎紅葉は新聞連載時、自分で挿絵の原画を描き絵師に指示していた。日記にその記述がある。挿絵は場面を視覚化しただけではない。

……対話の時間的な長さを表現したり、人物同士の関係を象徴的に示したり、あるいは本文に記述されない場面を描き示したりと、本文との協働によって物語世界に広がりを持たせる効果を狙っていたのです。〉

 江戸の戯作者たちは文と絵の下絵を作成して、専門の職人たちが版下制作、印刷、製本した。明治になってもその慣習は続き、作家たちもそのなかで活動をしていた。

……文学の内容面では急激な近代化が進行しても出版印刷においてはいまだ江戸以来の慣習が続いている、それが新旧の文化的混淆期である明治という時代なのでした。〉

 カバーの絵は、永井荷風「歓楽」(「新小説」明治427月)の口絵。石川寅治画、多色摺石版。恋に悩む主人公が浅草を歩く場面。描かれている女性たちは恋の相手ではなく、通行人。

……若い女たちを「物淋しい心持」で眺めたという主人公の視線を再現し、その心情を視覚的なイメージによって伝えようとしたものか。〉

小説は絵がなくても読めるが、もともと絵がついていたのならいっしょに見て、読みたい。新聞・雑誌連載小説が単行本になるとき、挿絵はほとんど掲載されない。残念なこと。

(平野)

2022年11月3日木曜日

駅の名は夜明

11.1 お江戸で見かけた本を探す。あるもの購入、ないもの注文。

11.3 本の棚詰めが終わらない。元通りに戻すことは諦めているが、片付かない。今しばらくは本のスキマで寝ることに。

花森書林、イシサカゴロウ展図録予約。ゴロウ画伯在廊中だったので、恩着せて着せて注文。孫の写真選びがひと仕事。

「みなと元町タウンニュース」Web版更新。拙稿は「光村利藻」最終回。

https://www.kobe-motomachi.or.jp/motomachi-magazine/townnews/


 髙田郁 『駅の名は夜明 軌道春秋』 双葉文庫 720+税



 鉄道、駅舎を舞台にした小説集。髙田郁は主人公をどん底に突き落とす。ヂヂは「サディスト」と呼んでいるが、彼女はヂヂを泣かせる「いじめっ子」でもある。

 幼い娘を亡くし夫と心のスキマができてしまった真由子。ウィーンにひとり旅立つ。夫と新婚旅行、娘と行こうと約束した場所。思い出の路面電車トラムに乗る。彼女は日本の空港で袖摺りあった美津子とウィーンで再会。美津子は夫の遺影と旅をしている。

「夢枕に立ってくれなくても、今、確かに傍に居る。そうとしか思えない瞬間があるの。悲しみに溺れている時には、まるで気づけなかったけれど」

 真由子にも奇跡の瞬間が訪れる。

 他に、美津子とウィーンの親切な青年、都心から北海道に転校した女子高生初日の途中下車、父母の離婚と小学生の一人旅、車椅子の妻と死に場所を求めて降りた駅「夜明」、などなど9篇。髙田漫画原作デビュー作品の小説化も。

しんどくても、誰かの支えで前向きになれることがある。

NOT DOING,BUT BEING――何もしない、でも傍に居る。〉

(平野)

2022年11月1日火曜日

小さきものの近代1

10.2830

金曜日早朝、仕事休み取ってお江戸まで。早起きのご近所さんに挨拶。「孫に会いに行ってきます」。

旅の伴は小沼丹『古い画の家』(中公文庫)。私小説の人と思っていた。本書はユーモアミステリー集。日常の小さな事件、ときどき殺人。

家人と別行動。ヂヂは江戸入りのお参り、神田明神。なんだかんだの明神下で~(関沢新一作詞)。境内に記念写真用の銭形平次看板(顔だけ出すあれ、名称知らず)あり。

東京古書会館の古本市を覗くが、開館前に強者たち行列。目的なくうろつくけど、本も値段も手が出るレベルじゃあございません。あっさり退散。

NR出版会事務局・天さん、新泉社・安さんと恒例ランチ。業界情報と家族近況、共通の友・神戸画家の悪口。

神保町古本まつり。行ったり来たりで文庫2冊のみ。東京堂書店軍艦棚の品揃えに感動。三省堂書店工事中。

 土曜日、神保町ブックフェスティバル。PR冊子はいずれも読み応えあり。すずらん通りのワゴン販売は人だかり、長蛇の列、の大盛況。古本文庫1冊、特価本3冊(孫の絵本2冊)、東京堂で新刊1冊。

家人、娘一家、息子とランチ、姉孫の誕生日お祝い兼ねて。妹孫はビデオ電話のヂヂと一致しないようでタッチも抱っこも拒否。

銀座に出て教文館で雑誌と新刊1冊、2年ぶり。ウインドウはクリスマス装飾。児童書〈ナルニア国〉「堀内誠一原画展」。

 日曜日、谷中霊園、家人の母方実家墓参り。日暮里パンの本屋も2年ぶり。髙田郁色紙あり、同店文庫ベスト1の表示。こまめな営業行脚に拍手。紀伊國屋書店新宿本店はリニューアル中、1階2階は新装完成。山手線途中下車しながら一周して帰神。野球日本シリーズ今年も熱戦、猛牛組の勝ち、あっぱれ!

 







10.30の「朝日歌壇」より。

〈ただいまと言える書店が閉店し駅前が消え新幹線来る (札幌市)港詩織〉

逝かないでゲルマンの孫帰ったよ将棋の駒もまだここに (ドイツ)沓掛理絵子〉

入選常連、長野県坂根町の山根屋書店店主・沓掛喜久男さんが本年9月に亡くなったそう。ドイツ在住娘さんの追悼歌。

 

 渡辺京二 『小さきものの近代(1)』 弦書房 3000円+税



 熊本市在住の近代日本史研究家。石牟礼道子をサポートした編集者として知られる。「熊本日日新聞」連載。

「小さきもの」。〈……上から日本近代国家を創った人物たちではなく、その創られた「近代」に適応してゆかざるをえない者たちのこと〉。

 明治維新について、革命とする意見がある一方、封建制度をとどめた天皇制国家、不十分な改革、と見るのが大勢だった。

渡辺は、幕藩体制解体、身分制撤廃、地租改正、徴兵制、教育制度などを実現した急激さ・徹底性を「世界史に稀に見る壮観」と言う。中央集権国家を創出しなければ国際社会に通用しない。主権は幕府? 朝廷? 西国雄藩? では他国と交渉はできない。

〈要するに、維新革命とは日本が国際社会に再登場するための緊急避難的措置だったのである。それは徳川社会が劣悪であるが故に、その改革のために起こったのではない。一六・七世紀に生じたヨーロッパとのファースト・コンタクトがもたらした危機を、「鎖国」によって切り抜けたこの国が、否応なく強いられたセカンド・コンタクトをなんとか乗り切るための緊急避難として、国家構造の変革を目指したものにほかならなかった。ひとりひとりの小さきものの幸・不幸など、問題ではなかった。(後略)〉

 日本近代の大きな歴史の流れの中で、渡辺は〈支配される人びと、あえて言えば小さき人びとが、維新以来の大変動をどう受けとめ、自分自身の「近代」を創り出すために、どのように心を尽くしたかを〉語る。

 百姓一揆の指導者、民衆宗教指導者、攘夷論者、漂流者、外交交渉者、市井の女性たち、芸人……。歴史に名を残す人もいるが、多くは名もなき庶民。彼らの「希求と努力」を追う。

(平野)