2026年3月29日日曜日

青青といく

3.26 英文学・大狸教授から大学紀要をいただく。教授論文は先達・竹友藻風、寿岳文章らと英詩人エドマンド・ブランデンとの人間的な交流を探るもの。ぐうたらヂヂイには難しい。心して読まねば。

 久々に孫(姉)とLINE電話。春休み、学童保育で元気に過ごしている様子。「あゆみ」(通信簿)の記載を読んでくれる。

3.28 朝刊で、33日漫画家・つげ義春さん死去を知る。88歳。ご冥福を。

3.29 「朝日歌壇」より。

〈進撃の巨人を百倍したほどの巨大な笑顔で孫やってくる (船橋市)藤本典裕〉

迎える方は千倍万倍、それ以上。

 

永井紗耶子 『青青(あおあお)といく』 KADOKAWA 1900円+税



『木挽町のあだ討ち』の著者。実在の人物を題材にした歴史小説だが、主人公は末弟子・弥兵衛という設定。 

江戸時代後期の儒学者・海保青陵(かいほせいりょう 1755~1817)京に住まい。父は元宮津藩家老で儒学者。青陵は俊才の誉れ高く、学問の道に進む。自由に生き、自由に考え、行動したい。尾張徳川家に召し抱えられるも、改革の意見を受け入れられずノイローゼ。弟が家と役を引き継ぐ。母方の遠縁の姓「海保」を名乗る。門弟に武家、医師の他、豪商といわれる商人も多い。諸国の産業育成・経済改革にも助言をする。

弥兵衛は弓師の跡継ぎ息子だが、不器用で弓職人は無理、弓術も上達しない。算盤勘定は得意ゆえ、母が青陵の『稽古談』(経世済民を説く)を読ませる。弥兵衛は商人として世の中の力になりたいと、青陵に弟子入り。伝統を受け継ぐ、親孝行する、店を守る……、弥兵衛はそれだけでは「心が躍らへん」。青陵は、若いうちは見聞を広めよ、と励ます。

〈「せめて、心だけでも、何の型にも囚われることなく、好きなだけ羽ばたきたい」/自分で口にして、弥兵衛は己がそんなことを考えていたことにはたと気付かされた。すると目の前の青陵は、嬉しそうにぱっと顔を綻ばせた。/「それを何と言うか知っているか。自由自在と言うのだ」〉

 その青陵が急死。弥兵衛が弟子になってまだ4か月ほど。本書ではまだ18ページ、序章部分。遺言は、墓不要、遺灰は空に撒け。弥兵衛は兄弟子の暁鐘成(実在人物、大坂の醤油問屋の息子、戯作者。永井は「かねなり」とルビをふるが、資料によっては「かねなる」とも)とともに、諸国の門人・所縁の人々に青陵の死を知らせ、弔いの相談をするとともに、生前の思い出、業績などを尋ね歩く。実弟・彪(たけし)、絵師・司馬江漢、川越の商人、忍藩の元家老、加賀藩の元出銀奉行、各藩の若手の要職者たち。青陵の行動、思想によって大きく人生が変わった人たちだった。献策するも孤立し、心労から命を失った人もいる。それでも青陵の魅力が人を引きつけた。元奉行は青陵について、人にとても優しいし、情に厚い、だからこそ亡くなった者を案じたし、自分の考えを押し付けなかった、むしろ教えを受けた者が勝手に恐れたり、うろたえたり、心酔したりしてしまった、と語る。弥兵衛が青陵に似て、肩の力が抜け、それでいて筋が通っている、と感心する。

弥兵衛と鐘成は門人たちに旅の成果を報告。納骨の場で、遺灰半分散骨、半分納骨となる。号「青陵」の由来は『荘子』の言葉らしいが、弟子たちは古詩の「青青陵上柏 磊磊礀中石~」が先生らしいと語り合う。

「……短い人生、大いに楽しもう。旅に出て、共に唄い、飲み暮らせば、邸宅なんぞなくとも、王の如く楽しいと、人生を謳歌する詩でございますな」

弥兵衛の母が青陵の本を持っていた訳(因縁)も明らかになる。

安政2年(1855年)、墓建立から37年。既に弥兵衛早世し、鐘成(名は変わって鶏鳴舎暁晴翁)ひとり青陵の墓参り。適塾で学ぶ若者がお参りにくる。後に英語のeconomy  を「経済」と訳す福沢諭吉である。青陵の思いは受け継がれる、という鐘成の感慨。

(平野)

2026年3月26日木曜日

構造と美文

3.24 用事をちゃちゃっとすませて、元町映画館「金子文子 何が私をこうさせたか」(浜野佐知監督)19239月関東大震災の混乱の中、朴烈と共に逮捕拘留。皇族暗殺を企てたという罪。26325日死刑判決から723日刑務所独房で自死までの日々を描く。

3.25 本日の「朝日新聞」。「天声人語」、金子文子死刑判決がちょうど100年前と紹介。国家によって個人が弾圧されることを否定してこの国の戦後が始まった。

〈それから81年。弱い者がどうしようもなく悲しむ世は変わったか。文子のような苦しみを強いられる人間はいなくなったか。〉

同紙より、懐かしい人。「ひと」欄に登場は、服飾評論家・くろすとしゆき(90歳)。1960年代アメリカ若者ファッション・アイビー紹介者。当時雑誌編集を担当したのは〈本に狂う〉の故草森紳一。

同じく「リレーオピニオン」宗教人類学の植島啓司(1947年生まれ)、「うまし国・伊勢」の歴史と魅力を語る。「高橋源一郎の歩きながら、考える」は老いとは何か、を考察。インテリ源ちゃん75歳。生物は生殖可能期間が終わったら「死」を迎える。老人に役目はあるのか? 先輩たちの活躍を見ると、まだありそう。

 

『山尾悠子偏愛アンソロジー 構造と美文』 山尾悠子編 ちくま文庫 1100円+税



 作家・山尾悠子が選んだ幻想小説集。

JL・ボルヘス『バベルの図書館』 JG・バラード『時間の庭』 AP・ド・マンディアルグ『燠火』 金井美恵子『血まみれマリー』 澁澤龍彦『蘭房』 三島由紀夫『中世に於ける一殺人常習者の遺せる哲学的日記の抜萃』 マルセル・シュオッブ『悲劇詩人 シリル・ターナー』 多田智満子『幻術の塔』……。

山尾は1955年岡山市生まれ。1975SF小説でデビュー。休筆期間の後、2018年『飛ぶ孔雀』(文藝春秋)で泉鏡花文学賞、日本SF大賞、芸術選奨文部科学大臣賞受賞。本書『構造と美文』は仮のタイトルだったが、作品を選んでいくと、「一定の方向性がある」と気づく。

〈……ざっくりした言いかただが、どうやら<構造のある小説>および<極度に人工的な文章、スタイル>の二方向が我が好みらしいのだ。ここのところは、あるいは読書人生の最初期に出会った澁澤龍彦からの影響が大きいのかもしれないが――しかしたとえば、何より垂直に孤立した<>のイメージを好むという性癖はじしんの特質かもしれず。また短篇であれば、複雑怪奇なイメージができるだけシンプルな一直線構造となっているのが好ましいとか。端正な入れ子型、また幾何学的なトポロジー構造なども佳し。あるいは若いころ、特に好みの文章の作を(部分的にだが)暗記して、ひとりで声に出して暗唱するのが好きであったことも思い出す。〉

「若い時代に出会った特別な神々」の「とにかく美しい」「豊穣なる日本語で読むことのできる」作品を収録。

(平野)

2026年3月22日日曜日

黄金仮面の王

3.17 鵯越墓参り。お隣の区画は墓じまい、撤去作業中。

BIG ISSUE523、特集〈世界を変える! 太陽電池 ペロブスカイト〉。



3.19 本屋さん、ちくま文庫3冊、筑摩選書1冊、単行本1冊。

夕刻、会社の課長さん栄転歓送会。年配管理人から見れば子世代。

3.20 ギャラリー島田DM作業。休廊日、スタッフさんは展示品入れ替え作業。21日からは〈神戸に生きて――島田誠メモリアル展 後期:つなぐ蝙蝠書画林〉開催。31日まで。

https://gallery-shimada.com/cn1/2026-02-072.html




 

3.21 京都大谷本廟お参り。良いお天気で観光、参拝、買い物で賑わう。

 

マルセル・シュオッブ 『黄金仮面の王』 大濱甫・多田智満子・垂野創一郎・西崎憲 訳 河出文庫 1300円+税



マルセル・シュオッブ(18671905年)はフランスの幻想作家。本書は新訳5編を含む全22編収録。日本の作家・学者にもファンが多く、上田敏、日夏耿之介、堀口大學、澁澤龍彦らそうそうたる人たちが翻訳している。国書刊行会から全集や選集が出ているし、かつてコーべブックスが本書と同名の短篇集を出版(『黄金仮面の王』矢野目源一訳、1975年。収録作品は異なる)した。

殺戮、感染症、吸血鬼、阿片など死と破滅の世界を描く。表題作は黄金の仮面をかぶった古代の王。その国の城内では神官も道化も後宮の女性たちも兵士も仮面をつけている。鏡がない。漂白の盲人が王に面会。彼は城の者が全員仮面をつけていることは承知している。

〈――お妃たちの美しさも、お前さまの美しさもわかりませぬ、と乞食は低い声で言った。盲(めしい)なので何もわからぬ。したがお前さまこそ、他人についても御自身についても、何ひとつご存じでない。わしは自分がなにも知らぬことを弁(わきま)えている分だけ、お前さまよりましでありましょう。それにわしは推測することができる。(略、王は家来たちの仮面の下の素顔を知らない、想像できない)そして黄金仮面の王さま、お前さま御自身が、その飾りとは裏腹に、見るも恐ろしいお顔でないと誰が知りましょうぞ。〉

 王は心穏やかならず、城外に出る。森のはずれで女性が糸を紡いでいた。王は我を忘れて女性に近づき肌に触れようとした。仮面をはずすと、女性は悲鳴をあげて逃げ去る。王は川面に写った素顔を初めて見た。書物の知識から自らの病を知る。

(平野)

2026年3月17日火曜日

KOBE BOOK FAIR & MARKET

3.12 「朝日新聞」文化欄、〈まちの書店の灯 守り踏ん張る人たち〉。個人で書店経営している人たちが小規模経営を「持続可能な商い」にするべくネットワークづくり。開業、経営や取引の相談、出版社・取次との交渉支援をする。東京荻窪「本屋Title」の辻山良雄さん(神戸市須磨区出身)の言。「さぼっている店なんてどこにもないでしょう。ただ、志だけでは続かない。出版社や取次も含めた構造的な問題にも取り組んでいけたら」。



3.14 10時半、六甲アイランド〈KOBE BOOK FAIR & MARKET〉会場到着、11時オープンなのに参加〈百窓文庫〉のの様とゴロウさん来ていない。ヂヂイの本を販売してもらうのだけれど、姿なし。見知りの古本屋さんにブースの場所を教えてもらう。遅れてきた二人に事情を訊くと、待ち合わせ場所を間違え、台車を積み忘れ。お客さん入場して、他のブースは人だかりができているのに、まだ準備中。前途多難のスタート。




新刊書店、古書店、出版社、同人誌、個人誌、雑貨、飲食、大学のデザイン科、印刷会社、紙商社、お子様向けワークショップなどなど、「本」の多様な文化が集合。懐かしい人たち、初対面の人たち、本を通じた出会い、交流が生まれる。お隣のブースは洋書専門店。留学生や文学研究者らが集まり、我が「のの様」も時々参加。英語はわからないけれど、きっと教養高い会話が交わされていると感じる。のの様出品のレコードに倍賞千恵子発見。前夜テレビで主演女優賞受賞を見て、ヂヂイの脳内は彼女の「さよならはダンスの後に」が鳴り響いていた。ちょうどそのレコード。『ほんまに』バックナンバー売れ行き好調。



新刊本、伊藤野枝『アナアキストの悪戯(いたずら)』(マヌケ出版社)を〈1003〉棚で購入。『本屋の眼』2冊売れ、サインという名の落書き。みずのわ社主と同姓同名、読みも同じという若い男性来場。彼がおっしゃるには、もう一人同じ漢字の方がいらして(名の読みが違うそう)、いつか三人そろって会いたいとのこと。画家さん家族、元ジュンク・オカさんと会えた。

終了後、有志飲み会に参加。既知の書店員さん・図書館の皆さん、初対面の皆さんと楽しく乾杯。

3.15 「朝日歌壇」より。

〈指先にクリーム塗って点字読む盲学校の図書室の子ら (半田市)森下久子〉

 富山・松田家長女さん、ご結婚おめでとう。

 本日も〈百窓文庫〉お手伝い。垂水・流泉書房の御曹司(小学生)と名刺交換。彼

 絵本キャラの靴下(孫用)購入。『本屋の眼』1冊、『海の本屋のはなし』2冊売れ、迷惑サイン。ジュンク堂ブースで『神戸元町ジャーナル』買ってくださった方を店長さんが連れて来てくれて、落書きサイン。ヂヂイ、はしゃいでいる。

(平野)

2026年3月12日木曜日

本に狂う

3.8 「朝日歌壇」より。

〈日常を飛び出すことが旅ならば本屋巡りも寄り道も旅 (佐伯市)川西敦子〉

富山市松田家慶事続報の歌あり。

3.9 大狸教授から封書、神戸市立中央図書館の「KOBEの本棚 111号」と教授執筆の英文学者研究小論コピー。いつも貴重な資料を送ってくださる。

「NR出版会 新刊重版情報」599。連載「本を届ける仕事」は東京都中野区の〈はた書店、秦一茂さん 「野方の街で本屋を開いて四五年」〉。西武新宿線野方駅徒歩1分。1階に雑誌、一般書、児童書。2階に文庫と人文・社会科学書。

〈最近は、世界や人を知る基礎的な文庫を読む層が薄くなってきていると思います。今までのような街の本屋を今これから始めて商売として成り立たせるのは難しいと思うけれど、本が好きな人たちが本屋で食べていける仕組みができるならばいいなと思います。/本好きなお客さんは、何かしら会話をすることも求めて本屋に来ているところがあると思います。一風変わった店主のいる街の本屋も、もう少しの間は役に立つかもしれません。〉



3.10 「朝日新聞」神戸版に〈島田誠メモリアル展〉(ギャラリー島田)紹介記事。「被災者へエール 芸術発信の軌跡」。

https://news.yahoo.co.jp/articles/b7cb220987dbf5f31e6f3c9815d4c33fad518f4b



3.11 東日本大震災から15年。仕事一段落して、14:46管理人室で黙禱。

 仙台のイラストレーター・佐藤ジュンコさん(震災時ジュンク堂書店仙台ロフト店勤務)「あの日から続いている道を、これからも歩いていく」。岩波書店Webマガジン「たねをまく」より。

https://tanemaki.iwanami.co.jp/posts/9497

 

KOBE BOOK FAIR & MARKET

2026.3.1415 神戸ファッションマート アトリウムプラザ[六甲アイランド]

https://event.city.kobe.lg.jp/event/6J7KXEjoD3Q222z78Hkd

 


『本に狂う 草森紳一ベストエッセイ』 平山周吉編 ちくま文庫 1100円+税



 草森紳一(19382008年)、編集者、評論家。ジャンルが広く著書多数。中国文学、芸術、マンガ、写真、デザイン、ファッション……、執筆テーマが100を超え、それらがライフワークとなって、資料・蔵書も膨大になる。

〈私は本が好きである。どうしようもなく好きである。中国流にいえば書痴である。読む楽しみにまして「本」が好きである。/したがって私は本屋が好きである。小学生のころプロ野球の選手になりたいと思ったが、同時に本屋さんにもなりたいと思った。〉

〈小さいころ自分の本を人に触られるのが無類に嫌いであった。私の留守の間に、無断でだれかが本をもちだしたりすれば、一日中、機嫌が直らないほどであった。(後略)〉

本はタイミング次第で買い損ねる、口惜しい。掘り出し物といえなくても、大きな袋をかかえて帰る。

〈重い本というものは買ったということだけで、豊かな気分を味わわせてくれる。買うということは、たとえ読まなくても、読むことになる。つん読は笑うべきではない。〉

〈本には、「めくり読み」の喜びがある。「めくるだけ」。私は、いくら多読だといっても、読んでいない蔵書のほうが、はるかに多い。ただ「めくるだけ」の喜びだけは、一冊残らず、どの本からも味わっている。〉

 書き続け、読み続け、本に埋もれた人。亡くなった時のこと。編集者が連絡取れず、自宅を訪問したところ、蔵書の山の中から遺体を発見した。死後10日ほど経っていた模様。蔵書6万冊超は故郷十勝の廃校教室と自宅「書庫」、帯広大谷短大「草森紳一記念資料室」に収められている。

(平野)

2026年3月8日日曜日

島田誠メモリアル展

3.6 英文学大狸教授からLINE、岩波書店PR誌「図書」3月号にトンカさん紹介、の情報。まだ読んでいなかったのでめくると、児童書本屋さんを紹介する連載、大和田佳世「子どもの本を手渡すひと」のこと。大阪北浜の「子どもの本屋ぽてと」吉村祥さんが大学生時代に訪れたトンカ書店の思い出を語ってくださっている。

〈「ごちゃっとしつつも不思議と全てが調和していて。スニーカーもあるんですか、と聞くと「売ってくれって言われてねぇ」と。店主の森本恵さんは五歳上で、僕と同じ年頃でお店をはじめていて、色々相談しても包み込んでくれる人でした。トンカ書店でも僕は「このままでいいんや」と許された気がして。行くとワクワクしたんですよ。「ザックバランな古本屋・トンカ書店」ってでっかい看板がかかっていてかっこいいなあと。うちも若い子にそう思ってもらえたら嬉しいんですけどね」/森本さんは亡くなったが、今は弟さんが花森書林として跡を継ぎ、その心地いい空気は継承されている。〉

3.7 家の者みんな出かけて、ヂヂイ留守居役。孫に相撲番付送る。

本屋さんで家人の雑誌とヂヂイの文庫と時代小説。

花森書林・慎太郎さんに本屋さんでもらった「図書」をお渡し。掲載のことは事前に「ぽてと」さんから連絡あった由。

 ギャラリー島田〈神戸に生きて――島田誠メモリアル展〉

 昨年1226日に亡くなった同ギャラリー・島田誠社長を追悼。17日までは「前期:蝙蝠をたどる」、21日から31日「後期:つなぐ蝙蝠書画林」。

https://gallery-shimada.com/cn1/2026-02-072.html


3.8 「朝日歌壇」より。

〈日常を飛び出すことが旅ならば本屋巡りも寄り道も旅 (佐伯市)川西敦子〉

富山の松田家慶事続報の歌あり。

(平野)

2026年3月5日木曜日

二月のつぎに七月が

3.2 「戦争反対」発言を鼻で笑い、罵倒する。大国指導者が国際法や国連憲章を無視しても、やった者勝ちの国際政治。理想、批判は許されなくなってきた。

3.3 雨風に負けず、ヂヂイ朝一で映画「木挽町のあだ討ち」。小説と映画は別のもの。それぞれ楽しめる。

バスで神戸文学館、島京子生誕100年記念展示。「渇不飲盗泉水 作家島京子という生き方」。「渇不飲盗泉水」は島の作品、1965年第54回芥川賞候補作。

http://www.kobebungakukan.jp/

 

堀江敏幸 『二月のつぎに七月が』 講談社 4300円+税



2017年から2024年「群像」連載の小説、700ページ超の大作。1970年代初めだろう、東京近郊の青果市場の食堂「いちば食堂」を舞台に、市場関係者や出入りの業者、近所の住民たち、高校生がそれぞれの日常や地域の出来事を語り合う。三人称文体だが、登場人物の発言や思いが「 」ではなく地の文で語られる。中心は食堂の料理人・笛田さん、ホール担当の丕出子(ひでこ)さん、お客の阿見さん。食堂の二人は前職で嫌なことがあって、ここで働く。市場の食堂だから繁忙時間はごったがえすだろうが、阿見さんはじめ常連客はその後の一段落した時間にやって来る。笛田さんは決まったメニュー以外にも工夫をして料理を出す。丕出子さんはお客の会話に立ち入らず給仕をし、さりげなく聞いている。

 市場関係者は市場の歴史や敷地の不動産問題、季節のイベントなど。トラック運転手コンビの漫才みたいな会話。タクシー運転手は家庭のことをぼやく。市場の経営者は笛田さんと高校の同級生で、厄介な話や結婚問題。丕出子さんがお客たちの会話を笛田さんに伝えたり、笛田さんが市場の問題を丕出子さんに話したり。丕出子さんは家で父に食堂の話をする。父は高校野球のファン。新聞記事をスクラップしていて、人生論を野球にたとえたり(「渾身の棒球」や逆転のドラマ)、時々の話題も野球に関連付けて解説する(バナナの話から初の沖縄県代表校のことに)。

 阿見さんが主役と言っていいだろう。無職、家族なし、年中古いコートで、世捨て人の雰囲気。毎日のように決まった時間に食堂に来て、カレーライスとコーヒー。必要なことだけ声を発し、読書とメモ。繰り返し読んでいるのは、戦場で病死した父親の遺品である文庫本8冊、自分のメモも読み返す。戦場で父はなぜこの本を読んでいたのか、父の書き込みや傍線を頼りに読んでいく。本の記述と今自分が考えていること――育ててくれた叔父のこと、学生時代の珠算塾手伝いとその家族とのこと、仕事時代(先物取引の会社)のこと、体調不良のこと――がつながる。本は、アンリ・フレデリック・アミエル『アミエルの日記』(全八冊、河野與一訳、岩波文庫、19351941年)、19世紀スイスの哲学者の30年にわたる日記。

〈……読めば読むほど、なんとなく考えながら書きためただけの断片というこの体裁にこそ、つまり当人が忸怩たる想いを抱きながらもそこに止まろうとする安楽さから逃れられずにいる状態にこそ、心の芯があらわれでているのだ、とあらためて思い知った。〉

〈……このひとは終生ためらいつづけたのだ。日々の内面の記録に根を詰めすぎて、自然や風物との距離をはかり、その隙間に流れるものが熟成し、養分となるのを待てなくなったのである。父が戦地に持っていった文庫のなかに父はいない。母もいない。そして、書いた当人もいない。本は本という物質としてのみある。そこには考えに考え抜いた、手に触れることのできない澄んだ意識だけで自分を成り立たせようとして吐き出した抜け殻が積み重なっている。にもかかわらず、この残骸を、阿見さんは心から愛おしく感じる。彼はきっと、一種の麻痺状態のなかで言葉を凝視しつづけたのだろう。自分が記しているものに大きな価値があり、後世に残るなどとは少しも考えないで、もしくは考えていないと思いなすことでしか書きつづけられなかったのだろう。大きな墓を建てるように、彼はノートを重ねていった。若くして老い、老いてなお深く老いる、どんなに過去を掘り下げても、忘却の力に負けて消えていく。〉

 阿見さんの本とメモ、丕出子父のスクラップ、食堂の人たちの話、それぞれが語ること、すべてが「世の中の大きな記憶の欠落と、先人が支えてきた記憶の柱の倒壊を防ごうとする突っかい棒」。

 書名のこと。花見シーズンが終わって汗ばむ時期、阿見さんはアミエルの日記に、

「信じられないほど澄んだ輝きのある暑い天気が続く。夜の十時に開けひろげた窓際でシャツのまゝ書いている。二月の次に七月が来たのだ。……昼は鳥の声、夜は星で充たされてゐる。自然は上機嫌になつてその好意は光輝を帯びてゐる」

とあるのを見つける。

〈……ついこのあいだまで身体をいかに冷やさないかに注意する日々だったのに、花を散らせた星の運行はあたらしい季節に向けて動きはじめている。なるほど、三月、四月、五月、六月をひと息に駆け抜け、二月のつぎに七月がきたに等しい気温の変化だった。季節はいつもこんなふうに時間の飛び領土をつくっては、あとからそこに立ち返るような動きを繰り返しながら前に進む。(後略)〉

未来は予測不可能、現在は揺らいでいる、確かなのは過去だが、これも歪める輩がいる。過去を振り返り確かめ、記憶を継承することが大切。

帯に、「停泊地となる居場所を見つけること。老いの過程を肯うこと。戦争の記憶を引き継ぐこと」とある。

(平野)