2026年2月3日火曜日

私の明治時代史

1.31 本屋さん、さんちかタウンの古書市覗いて、衆議院選挙期日前投票。別に選挙のせいではないけれど、慌ただしく一月終了。

2.1 「朝日歌壇」より。

〈赤電話電報夜汽車木賃宿 清張読みつつ昭和を旅す (松山市)三島誠以知〉

2.2 ジュンク堂書店でのイベントが近づき、「ギャラリー島田」と「ひょうご部落解放・人権研究所」それぞれの媒体で案内を掲載してくださる。感謝いたします。


渡辺京二 『私の明治時代史』 新潮選書 1650円+税



『私の幕末維新史』に続く連続講義録の二冊目。後の著作の原点。

 明治維新を革命と見るか絶対王政と見るか、戦後日本で論争があったが、渡辺はどちらの側にも立たず、当事者たちの立場になって考える。倒幕の武士たちは「最初から封建制度を打倒しようと思っていたわけではけしてありません」。新政府は、幕府が西洋列強と締結していた条約を放棄せず、開国。不平等や軍隊の駐屯などに反発はあるものの、それらを打破するために「強力な中央集権政府の構築と西欧的な強い軍隊の育成」が急務と考えた。近代的な社会制度や産業、科学の導入が必要で、封建制は大きな障害だった。封建制の第一は「身分的な差別の撤廃」=藩体制廃止。実務を担う中・下級武士たち(大久保、木戸、西郷ら)は殿様たちを権力の座から華族に棚上げる。そして財源確保のため地租改正。抵抗あり、反乱あり、困難なことをやり遂げる。士族反乱、明治憲法、大アジア主義、日清・日露戦争、頭山満ら浪人……、その時代を生きた人たちの言葉・行動をつぶさに見て、長所も短所も、矛盾した思想・行動も合わせて理解しようと努める。

 明治という時代は「日露戦争」まで、と言う。日露戦争に勝って近代的資本主義国として形を整え、国際的地位を向上させた。

〈……そのため日露戦争後、特に思想界・文芸界で懐疑的な風潮が生まれてきます。やはりそこには国家的な目標の喪失があるわけですね。大逆事件が起こったのが明治四十三(一九一〇)年です。これは日露戦争から五年経って起こりました。〉

(平野)

2026年1月31日土曜日

幻想文学怪人偉人列伝

1.28 孫(妹)が負傷の知らせ。当人は痛みに泣かず、元気。完治に数ヵ月かかる様子。家人は早速見舞いの荷物づくり。

1.30 孫(姉)の体操教室動画、マットの上でクルリンパ! 先生がそばにおられるけれど、ケガしないか心配。

 長く購読している出版社PR誌に「斎藤」姓の筆者3名(文芸評論家、精神科医、翻訳家)が連載中。短い人でも20回に迫る。1年半以上同時連載していたと、今頃になって気づいた。

 

礒崎純一 『幻想文学怪人偉人列伝 国書刊行会編集長の回想』 筑摩書房 2500円+税



 著者(1959年生まれ)は国書刊行会元編集長。編集者として深く関わった澁澤龍彦、松山俊太郎、種村季弘、矢川澄子、橋本治、須永朝彦、由良君美ら作家、出版人のお話。

トップバッターは「澁澤龍彦」。彼が生前唯一受賞した文学賞が泉鏡花賞。1981年第9回のこと。選考委員の吉行淳之介は辞退するかと心配したが、澁澤は受けた。「ノーベル賞だったら辞退したが、好きな泉鏡花の賞なら喜んでいただく」。同じく選考委員の五木寛之は、「鏡花賞は澁澤さんが受賞してくださった賞として名を残す」と発言したそう。歴代の同賞受賞者に澁澤と関係深い作家が多く、ずっと若い世代の受賞者にも「シブサワ・チルドレン」が多数。泉鏡花復権の功績大だが、澁澤本人が積極的に活動したわけではない。

〈……澁澤が鏡花論の大冊を書き上げるとか、大々的に叢書や研究会を立ち上げるとかの、大仕事をしたわけでは少しもない。なのに、磊落で晴朗なその存在が、透明な不思議なひとつの磁場となって、数多くの人と事象が澁澤龍彦を通して鏡花世界へと引き寄せてられていった。〉

 澁澤の同級生には哲学的自殺者がいたし、熱い文学青年もいた。政治に関心を持つ者もいた。澁澤は大学に職を求めず、文壇と一線を画し、政治やイデオロギーに頼らず、前衛思想に見向きもせず、我が道を歩んだ。

〈そもそも澁澤龍彦の真面目は、澁澤の学生時代のアイドルであったジャン・コクトーゆずりの、「伊達の薄着の美学」にあるだろう。「若年の私は、コクトーから軽さのエレガンス、簡潔なスタイル、新しい生き方などを教えられた。それは近代日本の青春の深刻ぶりや鈍重さとは、まさに正反対のものだった」とも澁澤は記している。〉

 本書に登場する人たちは「怪人偉人」だが、「伝説の人」「畸人」という人もいる。サラリーマン編集者では相手できない「怪物」たち。著者から見れば多くが親世代・祖父母世代だし、故人も多い。仕事を越えた繋がりだからこその「怪人偉人」エピソードがたくさん。

一方、同世代の作家・編集者のことはザックバランに語っている。同社経営者のことも親愛込めて紹介。

 元コーべブックス編集長の名がたびたび出てくる。

(平野)

2026年1月27日火曜日

全国カタログ展目録

1.21 お年玉年賀状、切手当たり~。もう今年の運は使い果たしたと思う。

年賀状切手当選運霧消 よおまる

朝、図書館。元町でBIG ISSUE519、特集〈直観する脳 AIと人間〉。



 夜、寝床に入って本を開くが、すぐにぐっすり。しばらくして目が開いて、あかん、と思って読み直すけれど、本は閉じてしまっている。60ページくらいだったとめくるが、そこらあたりを読んだ覚えがない。めくっているうちに180ページくらいまで進んで、このへんを読んだ気がする。絶対違う。何度か繰り返して、やがて熟睡。うつつと夢の境目がわからん。全部夢か。

1.24 みずのわ社主から「第67回全国カタログ展〈目録〉」(日本印刷産業連合会・産経新聞社主催)届く。年末お伝えしたように、同展において『神戸元町ジャーナル』(みずのわ出版発行、山田写真製版所出品)が経済産業大臣賞【カタログ部門】を受賞。山田写真製版所出品作品は【図録部門】でも経済産業大臣賞はじめ、15作品が受賞。製版・印刷技術、企画・デザインの制作意図・創造性、情報メディアとしての将来性・社会的役割などが高く評価されている。

 せっかくなので、「審査講評」を転載。

〈近代の新興都市神戸。海文堂書店の閉店を機に本にまつわる人と街の記憶を本にしたもの。モノクロームの写真が都市の深い闇を刻み、半透明のカバーがそれを覆う。安井仲治の写真作品に一字たりとて文字をのせてはいけないという装幀者の意図。文字の逆転した裏面カバーも秀逸。本文の新聞のような文字組みも心がざわつく。小さな文字でぎっしりと語りかけている。全てにおいて、これは歴史的事件だと訴えかけているようだ。〉

 優秀な人たちが本を作ってくださった。改めて感謝申し上げます。

 



1.26 ウエブサイト「Best Kobe」に、2.11ジュンク堂書店トークイベント「神戸にかつてあった、本屋のはなし」記事。掲載ありがとうございます。

https://bestkobe.net/events/2026/events-kobe-bookstore-talk-20260211/

 

 同じくYahoo!ニュースも。https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/9034571bf85606e76096c5f306f95c0fe01a9b36

 

(平野)いらぬ心配ですが、申し込み多数の場合は立ち見(立ち聞き)の恐れあり。

2026年1月21日水曜日

森鷗外集 鼠坂

1.19 みずのわ柳原社主に探して送ってもらったメール=私の古い原稿がパソコンから消えてしまった。ヂヂイ操作ミスだろうけれど、先月もメールが消えて、先方に送り返してもらった。今回も捜索をあきらめ、再度お願いした。忙しいのに、ごめんなさい、です。

1.20 毎度のことだけれど、政治家の言葉はずるい。サナエ首相は「消費税ゼロ」にするとは言っていない。「検討を加速する」と言っただけ。簡単に消費税減税をできると思えない。野党の言い分も同じ。

 朝、図書館で古い書店組合資料閲覧。その足で買い物。本屋さんで予約品受け取り、同店創業50周年記念のQUOカードを購入。

 読んでいる本は文豪怪談傑作集 森鷗外集 鼠坂』(東雅夫編、ちくま文庫、2006年)。



 鷗外創作怪談とヨーロッパの怪奇小説翻訳を収録した短篇集。幽霊、怪物、催眠術、殺人、予知夢……、メルヘンもある。

 表題の「鼠坂」は鷗外作。東京都文京区に実在する「鼠坂」。「鼠でなくては上がり降りが出来ないという」急な坂。その坂上に満洲成金・深淵が屋敷を新築し、親しい通訳と記者を招く。酒を飲みながら深淵が通訳に、記者が中国で女性に乱暴して殺害したことを暴露。その夜、記者は被害者の亡霊を目撃し脳溢血を起こす。

「百物語」は、夏の初めにお江戸の趣味人が集まって怪談を披露しあう会。鷗外は明治29725日に出版社の招待で参加。明治44年にそれをもとに書いた小説。豪商が主催する隅田川の川開きの催し。化け物屋敷の仕掛けや料理の趣向、参加者の様子を語る。鷗外は豪商の沈鬱な表情が気になり、怪談話が始まる前に引き上げる。あとで聞いた話では、豪商は怪談の途中で寝間に入ったそう。彼こそが不思議。

(平野)

2026年1月18日日曜日

今は何時ですか?

1.17 阪神淡路大震災から31年。あの時、我が家は少し壊れたけれど、家族・知人は無事だった。近隣で火災起こらず、職場もなんとか残った。元の生活に戻ることに専念できた。多くのご支援をいただいた。感謝申し上げる。大きな被害を受けた方々・地域の皆さんと比べ、自分を「被災者」と言うのは憚られた。「頑張ろう」「頑張ってください」とは言えなかった。

1.18 「朝日俳壇・歌壇」より。

〈死ぬまでに読む本並べ年の暮れ (東京都府中市)古川泰〉

〈魯迅(ルーシュン)と藤野先生ならび居て視線を受けつつ入る図書館 (仙台市)浅川照夫〉

 東北大学附属図書館に魯迅像と恩師・藤野厳九郎像が設置されている。

 

丸谷才一 『今は何時ですか?』 新潮社 2300円+税



丸谷才一(19252012年)、小説家、翻訳家。芥川賞、谷崎潤一郎賞、川端康成賞ほか受賞。文藝春秋から全集(全12巻)が刊行されている。昨年は生誕100年にあたり、本書はその記念出版。単行本未収録の短編作品4編。

 表題作は、作中で主人公が書く小説のタイトルでもある。ロシア人がロンドンの街で「今は何時ですか?」と訊こうとして、「時間とは何ですか?」と言ってしまったという笑い話から。時間と主人公の意識の流れと作中小説の物語とが進行する。主人公は時代小説で直木賞受賞の人気作家・浜谷百合子。恋人の進藤は百合子の作品を上手に批評してくれる。彼が突然行方不明(殺されたらしい)になる。12年後、週刊誌で20年前の殺人事件の犯人が警察に出頭した記事を読む。ゆきずりの犯行で、百合子は彼もその様にして殺されたのではないかと思う。彼の遺族は生存を信じて葬儀をしていないし、百合子も弔いをしていない。彼に詫び、自分にふさわしいのは小説を書くこと、と鎮魂の物語を執筆する。その作品がまるまる後半。

他の作品も幽霊話や過去の回想、作中小説が張り巡らされている。

(平野)

2026年1月15日木曜日

神戸にかつてあった、本屋のはなし

1.11 「朝日歌壇」より。

〈教科書を繰(く)る少年の凛とみゆあまたスマホをみつめる車内 (盛岡市)山内仁子〉

 朝、郵便を出しに出たら、近所の民泊から若者20人ほどが出てきた。そんなたくさん宿泊できるの? ここを含め町内に民泊3軒あるが、みな普通の民家。

1.12 ジュンク堂書店三宮店のイベント告知。

「神戸にかつてあった、本屋のはなし」

2026年2月11日(水・祝日)15:0016:30 同店5階

 福岡宏泰(元海文堂書店店長)+平野義昌 

海文堂ジイサンズがボケボケウダウダ語ります。参加無料ですが、予約しとこうか~、という方はジュンク堂書店三宮店(078-392-1001)まで。立ち見ならぬ立ち聞きの可能性ありますので、ご了承のほど。

honto店舗情報 - 神戸にかつてあった、本屋のはなし

 

1.14 衆議院解散に知事・市長ダブル選挙に口ぽか~ん!。これも民主主義のコストか? 

 

いしいひさいち 『剽窃新潮』 新潮社 1500+



 いしいマンガのキャラクターたちが文壇・出版業界を舞台に大笑い。主役の純文学作家・広岡達三、担当編集者・安田らは「ガンバレ!!タブチくん!!」の重要人物。「ののちゃん」の藤原先生、タブチ先生(そもそも「ガンバレ!!タブチくん!!」の主役)が小説家、大人になったののちゃんが編集者に。

 偏屈、ケチ、嫉妬、ひねくれ、プライド、哀愁……、人間的、あまりに人間的なキャラクターたち。作家たち原作小説を漫画化という構成。純文学風あり、ミステリーのパロディあり、歴史ものあり。いしいひさいちに拍手。

(平野)

2026年1月11日日曜日

私の幕末維新史

1.6 年明け初の本屋さん。目当ての本は売り切れだが、別にぶっとい本見つける。700ページ超の小説。いつ読むの? 読み切れるか?

1.8 年末にお江戸の本屋さんに注文した本が届いて、数日前にお礼ハガキを出したのだけれど、なんと宛名を書き忘れていて戻ってきた。こうして今年も過ごすのでしょう。自分の失敗でせめて他人様に迷惑かけてはいけないようにしましょ。

1.9 孫(姉)がパパ方の祖父に好きな相撲力士を訊かれて、おやつのポテトチップスを割って並べて返答したという写真が送られてきた。こっちのヂヂイは似顔なのか体型なのかどうもわからず。家人が「漢字で正代」と教えてくれて、はいはい納得、感心、孫賢い。ヂヂバカちゃんりん。

1.10 大相撲の番付(新聞記事)をコピーして、孫に送る準備。何やかやと荷物が増えそう。

 渡辺京二 『私の幕末維新史』 新潮選書 1600円+税



 渡辺京二(19302022年)、在野の歴史家。水俣病患者支援活動、編集者として石牟礼道子を支えた。本書は1980年代に熊本で行った講演「京二熟日本近代史講義」をまとめたもので、黒船来航から征韓論まで。渡辺著作の原点と言える。『私の明治時代史』続刊予定。

 大きな「歴史」の中に名が太字で刻まれる著名人物もいれば、小さく登場する人、無名の民もいる。渡辺は記録・資料を読み込み、太字の人物の人となり、思想、行動を読み解き、独自の視線で再評価し、外交交渉の実務に携わった役人たちなど中・下級武士、地方の庄屋、農民にも目を配る。また、外国の外交官たちによる日本社会・日本人観察を紹介する。

 たとえば尊王攘夷の理論的・精神的指導者「吉田松陰」について、渡辺の評価はこうだ。「狂気」を帯びた人物だが、その「狂」とは、「ただ異常というのではなく、独特の情熱と信念を持って行動するという意味」。

松陰は封建制度の矛盾を感じるヒューマニスト。現代の物差しで天皇主義や侵略主義を批判することは意味がない。若くして亡くなったので大きな業績があったわけではないが、

〈彼が世間に影響を与えたのは、松下村塾を三年やったこと、誰もついてこないなら自分一人で死んでみせようとしたところです。天下国家の動きに参加したくなり、同志や藩主に計画を受け入れられず、それでも自分の志を貫くために「俺は死にたい、死にたい」と思うのです。こういうところが彼の「狂」なのです。しかも、彼がヒューマニストであるのは、「情」と「理」を分けて考えない点にあります。「情が極まると理になる」つまり、人間の感情が純化されると、本当に心から思うことが究極的には理にかなってくるというのです。〉

松陰の「草莽崛起(くっき)」は、朝廷も幕府も藩もどうでもよい、必要なのは自分の身一つだけ、という個人として行動する覚悟。命は絶対惜しい、惜しいからこそなぜ死なねばならないかを考えよう、と自分に問い、弟子に説いた。

 松陰を一番評価する点。

〈それは結局、政治的なものを追求する中で反政治主義にならざるを得ないという生き方ではないでしょうか。彼は「政治」の嘘っぱちをひっくり返そうとあえて革命家の道を歩んだのです。この転倒の精神が弟子たちにはわからなかったのです。(中略)尊王攘夷という我々の先祖がやった愚行の中でなにが残っていくかといえば、吉田松陰の馬鹿げていて愚直な「草莽崛起」の志ではないでしょうか。〉

(平野)