2026年3月1日日曜日

焔に手をかざして

2.25 花壇のさくらんぼが咲き始めた。毎年花開き、実る。ありがたいと思う。いつまで咲いてくれるだろう。



2.27 『読書アンケート 2025』(みすず書房)をめくっている。地学の先生がアメリカ人作家の大著を紹介。1947年生まれの人物(作家も同年生まれ)があったかもしれない4通りの人生を紡ぐ。作家自身の体験、歴史、文学、映画などが重なる。地学先生、たまたま手にした本――政治学者が書いた科学史・進化学をふまえた「偶然」論を先の小説着想の解説と思える――を読みながら、中村草田男の俳句を思い出す。

〈春の闇幼きおそれふと復(かえ)る〉

俳句解説書だと、夜中子どもが目覚めて一人取り残された恐怖の体験。地学先生の解釈は、

〈「私はどうして私なのか」「何かが違っていたら私は私だったのだろうか」といった幼年期の恐れずにはいられぬ問いに私には思える。「私は……」はまた、六億年前に三葉虫が出現しなかったら私はいたのだろうかという問いにつながる。〉

私=ヂヂイの個人的思い出。小学二年だったか、家でひとり遊んでいて、ふと「じぶんはなに?」と頭をよぎった。

2.28 春、戦争がまた始まる。

 

石垣りん 『焔に手をかざして 新版 』 ちくま文庫 900円+税

『別冊太陽 石垣りん 鍋とお釜と燃える火と』 平凡社 2500円+税

『焔に手をかざして』、1980年筑摩書房から単行本、1992年ちくま文庫。

石垣りん(19202004年)、東京生まれ、詩人。高等小学校時代から詩作。卒業後銀行に就職し、定年まで勤めた。詩は福田正夫に師事。H氏賞、田村俊子賞、地球賞など受賞。本書はエッセイ集、定年退職があと五,六年に迫ってくる時期のもの。

 表題作は子ども時代の読書の思い出。童話より少女雑誌、講談本を読んでいた。母の実家からもらって来たアンデルセン童話集のこと。

〈〝マッチ売りの少女〟は、いろいろな本で何べんも逢うことができた、そのたびに絵姿の少しちがう身すぼらしい少女でした。あのマッチ棒ほどに短い物語は、文章であることさえ焔にしてしまったのではないか、と思われます。私は、こごえた両手でその火を感じるしかありません。読者もやがて、オハナシのほとりで、少女のように冷たくなるでしょう。/童話は、子供に夢を与えるのでしょうか。私がいちばん多く受け取ったのは、かなしみだったような気がします。かなしみを知って、それから生きてきたのではないか、と。〉

 りんには母が四人いる。実母と二人目の母は若くして病死、三人目は離婚。戦争が終わるまでに少なくとも家族六人が死亡。戦後、無職の父、病気の祖父、四人目の母、障害のある弟の生活を支えてきた。

生涯独身。若い頃、りんは「自分が子供を残して早く死ぬかもしれない母、というものにはなりたくない」と考えた。適齢期が戦争の時代だったこともあるだろう。家族を養う責任もあったろう。

少女時代、女学校進学可能な経済状態だった。父に月謝を出させるより、「早く社会に出て働き、その収入で好きな勉強だけしたほうがいい、自分にはそれが出来ると、へんな自信を抱いて」、高等小学校、就職の進路を選んだ。

 関東大震災時は二歳だが、実母はこの時の傷が原因で亡くなったようだ。家族の死、戦争を乗り越えてきた。悲しみ、寂しさ、会社での苦労など、ユーモアを交えて詩作した。勁い人。

 東京大空襲の後、りんは埼玉まで買い出し。駅前で統制違反の取り締まりがあると聞いて、そばの男性に確かめたら刑事だった。警察署で調べを待つ間、文庫本を読んでいたら、先の刑事が書名を言い当てた。買い物品のうち米だけ没収、あとは持たせてくれた。そんな刑事がいたことに驚く。

『別冊太陽 石垣りん』より 「私の前にある鍋とお釜と燃える火と」

〈それはながい間/私たち女のまえに/いつも置かれてあったもの、//自分の力にかなう/ほどよい大きさの鍋や/お米がぷつぷつとふくらんで/光り出すに都合のいい釜や/劫初からうけつがれた火のほてりの前には/母や、祖母や、またその母たちがいつも居た。

(後略)〉

(平野)

2026年2月23日月曜日

通天閣 (下)

2.21 ジュンク堂書店三宮店5階の海文堂ジイサンズ選書コーナー。



2.23 寝床から出る。暖かい。上着着ず朝刊取りに出る。季節が進んだと感じる。例年我が家では冬と春の境目を「彼岸まで」とか「天神さん終わらんと」(家人の出身地では2月末天神まつり)と言い合っているが。

 

酒井隆史 『通天閣 決定版 下巻――新・日本資本主義発達史』 ちくま文庫 1500円+税

第四章 無政府的新世界  

補論1 外骨の白眼  補論2 蜂の巣、蜘蛛の巣、六道の辻

第五章 飛田残月  

文庫版補論



 通天閣それ自体の歴史ではなく、その足元の街と人々の活動、歴史の細部に踏み込む。パリのエッフェル塔をモデルにした「通天閣」、建設当初は東洋一の高さを誇ったが、初代75メートル、二代目103メートル。エッフェル塔は330メートル。

〈……しかし、ポイントは高低だけではない。大阪は膨張に膨張を重ねたスプロール都市である。それゆえ、拡張していく都市の特権的な視覚的象徴として超越的位置を占めようとしても、いずれは野放図なスプロールのなかで失墜する運命にあった。この塔は、そもそもエッフェル塔のような超越性をもちえぬ不能性をはらみ、また、それゆえに愛されてもきたのである。(中略)上町台地西の断崖下に位置するという新世界の地理的条件は、日常的にこの塔を水平にみる位置に人々をおいたのだった。『王将』にはじまる数々の演劇や映画における表象をみてもあきらかなように、最も好まれてきた通天閣のイメージの一つは、夕陽丘(上町台地)から眺められたそれなのだ。〉

下巻では、大阪における貧民救済活動や労働運動の歴史、ジャーナリスト・宮武外骨の反骨精神、行政のディープサウス環境浄化作戦と庶民のゲリラ活動、飛田遊郭と私娼たちなど。

〈……本書に登場するのは、いくつかの例外をのぞいて、ふつうの大阪史をかざる有名人たちではない。怪しげな投機家、人道主義者の極道もの、悪評だらけの企業家、単独決起する車夫、わがもの顔でのし歩く博徒、警察に追われるアナキスト、野宿する私娼たち、ハッタリめいた運動家、あるいは嫌われ者のジャーナリスト、など。かれらはこの町の秘密の主たちである。なぜここにこれがあるのか、なぜ、こうなっているのか、異例だらけの町の謎の鍵を持つ人々である。(後略)〉

 上下巻で千ページを超える大著。文献・資料、年表、註、補論も充実している。けれど、これだけの本だからこそ人名・事項索引がほしい。

(平野) 私の記憶にある天王寺公園は朝からカラオケの音楽が鳴り響く陽気な場所。異世界だった。そこを通って美術館や動物園に行く。新世界は知っているけれど、飛田や釜ヶ崎には行ったことがないまま、年を取った。本書にあるような街はもうないのだろう。「きれいはきたない、きたないはきれい」、水清ければなんとやら。

2026年2月21日土曜日

BIG ISSUE ますむらひろし

2.13 少し暖かいと、飲兵衛が飲み会画策。芸術鑑賞と立ち飲みをセッティング。飲み仲間よ、連絡を待て。

2.15 日曜緊急呼び出しでギャラリー島田DM発送作業。3月の展覧会案内と「島田誠社長逝去のお知らせとギャラリー島田のこれから」を送付。37日から31日、島田誠メモリアル展「神戸に生きて」開催。



https://gallery-shimada.com/cn1/2026-02-072.html

画家さんたちやら文化団体会長やらお越しで、作業しながらギャラリースタッフみたいな顔してご挨拶。

2.17 朝図書館。ハーンさん神戸時代の著作・論説を閲覧。

 11日ジュンク堂書店三宮店イベント登壇者二人が「一箱新刊」を選書。5階人文新刊コーナーにしばらく並べてくださっている。人文・タニさんはじめスタッフ皆さん、ありがとうございます。『読書アンケート2025』(みすず書房)と文庫2冊。

2.19 BIG ISSUE521。表紙とインタビューはますむらひろし。特集「知られざるネコ」。



ますむらは1952年山形県米沢市生まれ、漫画家。猫を描くことで知られる。でも、猫は苦手だった。妹が飼い始めて観察すると、身勝手さやダラダラぶりが自分にそっくりと気づく。上京してグラフィックデザイナーを目指すが、利益優先の社会風潮の歪み(テレビの水俣病調査実験で苦しむ猫たちを見て)に怒りと恐怖を覚える。夢を漫画家にシフトする。

宮沢賢治作品も猫で表現する。小学生のころから賢治を読んでいたが、

〈『淋しい話ばかり書く人だべな』という率直な感想しかなく、寒々しい冬の東北の描写も、地元民からすればあまりに普通すぎて、なぜ賢治が評価されているのかも理解できなかったんです。〉

あこがれの作家たちが賢治の魅力を語る。

〈なぜ、いまさら宮沢賢治なのかと思い、半信半疑で読み返すと、これまで見えてこなかった魅力が、″都会のうすら寒い三畳で″沁みわたってきた。どうっと吹きつける東北の強風や、ざわざわ揺れる葉音。当時、すでにますむらさんの実家は故郷にはなく、帰りたくても帰れない懐かしさも胸にこみあげてきた。/「漫画を描くなら、賢治のように、自分にとって当たり前の世界を掘り下げて描こう」と思った。〉

 賢治作品を調べていくと、新たな発見があり、仕掛けや設定に「思わず鳥肌が立つ」。賢治を描き始めて40年、作業の面白さと魅力から離れられないと語る。

(平野)

2026年2月12日木曜日

神戸にかつてあった 本屋のはなし 終了

2.11 15時からジュンク堂書店三宮店5階にて、「神戸にかつてあった 本屋のはなし」トーク会。井上涼店長とスタッフさんたちに助けていただいて、福岡宏泰(海文堂書店の最後の店長)と平野がくっちゃべりました(ここだけの話ですが、二人は「アリス」「ハイジ」と呼び合っております)。寒い中、雨模様の中、40名を超える方々が来てくださいました。海文堂のお客さんやサポーター、本好き・本屋好きの皆さん、ジュンク堂哲人・福さん、本屋業界盛り上げ実行委員長(仮称)・北さん、案内を告知してくださった方々、ありがとうございます。

本年はジュンク堂書店創業50年にあたり、その話から福岡・平野の本屋思い出話をいたしました。マイクなしで後ろの方にはお聞きづらかったかもしれません。本屋を引退した(敗退・退場)爺さんが悔やみごとを言ってもしようがありません。今もお商売を続けておられる本屋さん、通っておられる本屋さん、なくなったら困る本屋さんを大事にしてあげてください。それから、ジュンク堂さん・働く書店員さんには、しんどいこともありましょうが、日々の努力に感謝すると同時に、ますますの繁栄を祈念いたしております。

写真の果実はみずのわ出版提供の「酢橙」、参加の皆さんにおみやげ。海文堂ジイサンズも参加のGFたちからプレゼントもらいました。






それからそれから、私が最後に海文堂のことを書いてくださったクラフト・エヴィング商會・吉田篤弘さんの本を紹介し、一部読みました。『おかしな本棚』(朝日新聞出版、2011年)に書棚写真、海文堂のブックカバーがついたままの本2冊(林喜芳『兵庫神戸のなんどいや』、『わいらの新開地』共に冬鵲房)が写っている。『神様のいる街』(夏葉社、2018年)では神戸でも旅の思い出とともに「海文堂書店」の名が出てくる。

〈……古本は神保町で購めたが、新刊書店に並んでいる現役の本は神戸で買うことにしていた。具体的に云うと、東京でも買える本を、元町の〈海文堂書店〉で買っていた。それは、そうした決まりを自分に課していたのではなく、ひとえに〈海文堂書店〉が、どこか古本屋のような新刊書店だったからである。/本の並びの妙だった。二十四色の色鉛筆を、どんな順番で並べていくかという話である。(中略、古本屋の並びの巧まざる「奇異」や「妙」のよう)そうした絶妙さを小さな店構えの棚に見つけたのではなく、〈海文堂書店〉という、それなりの広さを持った二階建ての新刊書店の棚から感じとった。稀有なことだった。海にほど近い場所の力もあったかもしれない。海の近くの本屋で、刷り上がったばかりのあたらしい本や、見過ごしていた本を手に入れる喜び――。〉

 後藤書店、元町ケーキ、エビアン、明治屋神戸中央亭、丸玉食堂、オリエンタルホテル、コットン、生田神社、六甲山……。神戸と東京神保町=「神様のいる街」を書いたエッセイと小さな物語。デザイナー・作家の若き日のこと。

〈神戸にいると、僕は神様の声が聞こえるのだ。〉



 終了後、有志で飲み会。昨今の社会問題についても話が出たけれど、どうも全員左自由村の少数民族。迫害を受けぬようひっそり生きねば。

(平野)

2026年2月11日水曜日

通天閣(上)

2.8 「朝日俳壇」より。

〈図書館へ寝に来る人の冬帽子 (入間市)西村幸一〉

 ボケの症状だと思う。夢と現の境目があやふやになっている。友人から病の知らせが来て、お大事にと返信したのだけれど、それが現実かどうか確信持てない。友人に訊ねるべきか、「あんた病気?」。「おまえが病気や!」

 朝、新聞取りに出たとき雪はなかった。昼過ぎ外出、一面真っ白。滑らんように転ばんように。

 ジュンク堂書店、11日イベントの打合せ。店内の改装終わって、3階が万博グッズ売り場になり、実用書が2階と4階に移動。営業しながらの作業、お疲れ様。

2.9 衆議院選挙、与党圧倒的勝利、野党無惨。日本国民はサナエ首相に白紙委任状を手渡した。やりたい放題やで。国民皆さん、覚悟はあるんか?

 

酒井隆史 『通天閣 決定版 新・日本資本主義発達史』上巻・下巻 ちくま文庫 各1500円+税



 初版は2011年青土社より。大幅に加筆、補論と年表を加え2分冊にして文庫化。

大阪のランドマーク「通天閣」とその足元に広がる空間・街と人々のコテコテの歴史。街と人はさらに南へ広がっていく。

 上巻の内容。

第一章・ジャンジャン町パサージュ論 

第二章・王将――坂田三吉と「デープサウス」の誕生 

第三章・わが町――上町合地ノスタルジア

「新世界」と呼ばれる界隈。もともとは1903(明治36)年大阪南区天王寺今宮で開催された第五回内国勧業博覧会の跡地を公園にする計画。「東洋一の商工業中心地をもって任じている一三〇万都市大阪」が「理想的娯楽機関」を作ろうとした。そのシンボルがパリのエッフェル塔を模した「通天閣」。公園、動物園、音楽堂、噴水池、休憩所が立ち並ぶ。公園の塔と通天閣の間にはロープウェイが走る。まさに「新世界」だが、時間が経つにつれ料理屋、茶屋ができ色街の雰囲気に。人と金が集まるとなれば、資本による開発、侠客の出番。

 帯より。〈暗躍する資本家、暴れる侠客、徘徊する詩人、将棋の天才。 百年を疾走する一大パノラマ〉。

(平野)

2026年2月8日日曜日

エデンの裏庭

2.4 家人買い物ついでにBIG ISSUE520買ってくれていた。販売員さんとすっかり顔なじみ。ヂヂイはまだ覚えてもらっていないと思う。表紙写真とインタビューはスティーヴン・キング、特集〈「空飛ぶ微生物」のはなし〉。 



2.5 古本屋さんで岡本綺堂文庫2冊。

2.7 朝、図書館。昔の神戸の本屋調べとヘルン先生神戸時代の作品読む。

 ジュンク堂書店でのトークイベントが来週に迫り、ヂヂイのお尻に火がついているのだけれど、あせっても仕方ない。もう一度お知らせ。

ジュンク堂書店三宮店のイベント告知。

「神戸にかつてあった、本屋の話」

2026年2月11日(水・祝日)15:0016:30 同店5階

 福岡宏泰(元海文堂書店店長)+平野義昌 司会・井上涼店長 

海文堂ジイサンズがボケボケウダウダ語ります。参加無料ですが、予約しとこうか~、という方はジュンク堂書店三宮店(078-392-1001)まで。立ち見ならぬ立ち聞きの可能性ありますので、ご了承のほど。

honto店舗情報 - 神戸にかつてあった、本屋のはなし

 

 吉田篤弘 『エデンの裏庭』 岩波書店 1900円+税



ファンタジー物語を題材に「物語の舞台袖」という創作と書評をミックスした4篇、プラス自作の小説『エデンの裏庭』。

「物語の舞台袖」。子ども時代の妄想――文字となった物語の「余白に目を凝らせば、舞台上で語られなかったことが浮上してくるかもしれない」。大人になった自分がその「余白」を覗き込んでみたらどうなるか? 

『不思議の国のアリス』『ガリヴァー旅行記』『星の王子様』『モモ』の「余白」を題材に創作。すると、また新たに「余白」が生まれる。

 たとえば『不思議の国のアリス』。著者は三月ウサギの時計に注目して創作する。それはアリスがお茶会に参加する前の話。では、お茶会が終わった後はどうなるかとか、登場人物たちの素性とか、時間と時計のこととか……、「余白」はまだまだいっぱいある。著者は書評として「報告」をする。お茶会の日付はいつか、その日付についての謎ときも。

『エデンの裏庭』は作家デビュー前の未完作品のタイトル。作中で主人公が書いている同名の小説を下敷きにして完成させた。また「余白」が生まれて、物語は続くよう。二重三重どころかどんどん物語が連なる。クラフト・エヴィングワールド。

(平野)

2026年2月3日火曜日

私の明治時代史

1.31 本屋さん、さんちかタウンの古書市覗いて、衆議院選挙期日前投票。別に選挙のせいではないけれど、慌ただしく一月終了。

2.1 「朝日歌壇」より。

〈赤電話電報夜汽車木賃宿 清張読みつつ昭和を旅す (松山市)三島誠以知〉

2.2 ジュンク堂書店でのイベントが近づき、「ギャラリー島田」と「ひょうご部落解放・人権研究所」それぞれの媒体で案内を掲載してくださる。感謝いたします。


渡辺京二 『私の明治時代史』 新潮選書 1650円+税



『私の幕末維新史』に続く連続講義録の二冊目。後の著作の原点。

 明治維新を革命と見るか絶対王政と見るか、戦後日本で論争があったが、渡辺はどちらの側にも立たず、当事者たちの立場になって考える。倒幕の武士たちは「最初から封建制度を打倒しようと思っていたわけではけしてありません」。新政府は、幕府が西洋列強と締結していた条約を放棄せず、開国。不平等や軍隊の駐屯などに反発はあるものの、それらを打破するために「強力な中央集権政府の構築と西欧的な強い軍隊の育成」が急務と考えた。近代的な社会制度や産業、科学の導入が必要で、封建制は大きな障害だった。封建制の第一は「身分的な差別の撤廃」=藩体制廃止。実務を担う中・下級武士たち(大久保、木戸、西郷ら)は殿様たちを権力の座から華族に棚上げる。そして財源確保のため地租改正。抵抗あり、反乱あり、困難なことをやり遂げる。士族反乱、明治憲法、大アジア主義、日清・日露戦争、頭山満ら浪人……、その時代を生きた人たちの言葉・行動をつぶさに見て、長所も短所も、矛盾した思想・行動も合わせて理解しようと努める。

 明治という時代は「日露戦争」まで、と言う。日露戦争に勝って近代的資本主義国として形を整え、国際的地位を向上させた。

〈……そのため日露戦争後、特に思想界・文芸界で懐疑的な風潮が生まれてきます。やはりそこには国家的な目標の喪失があるわけですね。大逆事件が起こったのが明治四十三(一九一〇)年です。これは日露戦争から五年経って起こりました。〉

(平野)