2024年12月31日火曜日

谷根千文学傑作選

12.20 孫電話。姉妹ともカゼ回復。妹は自分をアニメのプリンセスと思っているが、腕まくりして半パン。この格好が好きらしい。姉はたし算ひき算のくりあがり、くりさがり、それにかな遣いを教えてくれる。

12.22 「朝日歌壇」より。

〈図書館は有益資料の書庫なれど無料貸本屋と呼ぶ人もおり (津市)伊藤智司〉

〈図書館に入りてまづ心いたむかな新刊書棚に防犯カメラ (加東市)藤原明〉

12.24 仕事は臨時出勤。夜、孫電話。サンタのプレゼント楽しみ姉妹。ヂヂババにはサンタ来ないけれど、年末年始一緒に過ごせそうなので、それが何よりのプレゼント。

12.25 休み取って鵯越墓参り。いつものことだがお参りしているのは高齢者ばかり。ヂヂはまだ若手の部類。

午後図書館調べ物。お世話になっている司書さんから本の進行具合を訊ねられるが、毎度「遅れてまして」の言い訳。すべてヂヂの責任。

ヂヂババ、孫帰省に備えて掃除、布団干しなど準備。

アリス福岡から郵便物着。秋に亡くなった古本屋さん店主のお供養品を言付かって転送してくれた。喪主様にお礼状。

12.26 朝から家人の指令をこなすのに忙しい。明日用の料理を仕込み、買い物、家人の雑誌購入。

駅まで孫たちのお迎え。駅に元海文堂スタッフがいて挨拶。よそ様のヂヂババさんたちもたくさんお迎えにいらっしゃっている。孫姉はご機嫌、妹は地下鉄内で突然「パパー」と泣き叫ぶ。パパさん到着は年末ギリギリになりそう。

12.27 『谷根千(やねせん)文学傑作選』(森まゆみ編、中公文庫)。「谷根千」とは東京都台東区上野から文京区、荒川区、北区にまたがる地域。本書編者・森らによる地域雑誌「谷中・根津・千駄木」(19842009年)の略称から「谷根千」の名称が広まった。上野公園、美術館、芸大、東大など文教地区であり、寺町、広大な墓園、住宅地、職人の町とさまざまな顔を持つ。かつては遊郭もあった。山手と下町をつなぐ多くの坂道に抜け道、袋小路が絡む。高台では学者や芸術家が邸を構え、谷の若者たちは貧しくとも夢に向けて懸命に生きた。本書はゆかりの作家・著名人の28作品を収録。幸田露伴「五重塔(抄)」、樋口一葉「日記(抄)」、森鷗外「サフラン」、寺田寅彦「イタリア人」、永井荷風「日和下駄(抄)」、江戸川乱歩「D坂の殺人事件」、伊藤晴雨「文京区絵物語(抄)」どなど。

〈広小路から上野公園へ入る桜並木の坂は東京北限の大地への登り口なので、谷中・日暮里・田端・飛鳥山から果ては秩父連山へと尾根道は遥かにつづく、はずだ。おのずから気分は雄大に、花見時などドンチャンここで浮かれるのもむりはないのだ。/尾根道の両側に、坂なんか腐るほどにあります。ただし明治十六年(一八八三)の上野駅開業このかた、東側は鉄道線路にあらかた削られてしまい、いきおいご案内は西に偏する。〉(小沢信男「上野 むかしを偲ぶ坂めぐり」)



 ヂヂは十七八年前に上野からぶらぶら歩いて回った。今は年に一二度上野の美術館や家人先祖の墓参りに行くくらい。

12.29 孫のお供でデパート、本屋さん。注文品・手帳など今年最後の買い物。

読書は、京極夏彦『書楼弔堂 霜夜』(しょろう とむらいどう そうや、集英社)に取りかかる。シリーズ最終巻。

12.30 マンション最終勤務日。帰省する人、帰省してきた人、いつもと変わらない生活の方、それぞれの年末年始。

12.31 デパート買い出し。地下食品売り場やおせち予約受け取り場所は大行列。楽しい嬉しいお正月を過ごせる人たち。一方、地下道のベンチで寒さをしのぐ人たちも。

(平野) 

2024年12月19日木曜日

神戸――戦災と震災

12.12 古書タカさんからハガキ届いて電話。ちょうど本屋さんの担当者と彼の新刊書の話をして帰ってきたところだった。それを伝える。

12.13 会社の会議の後、仕事仲間と忘年会。体調悪い人が多く、参加7人のみ。

12.14 午前中臨時仕事、約1年ぶりのマンション。担当者が代わって、見違えるほどきれいなっている。管理室内も整理整頓行き届いていて、感服。

 急いで帰って、家人と新開地の喜楽館昼席。中堅・若手の熱演楽しむ。新開地を歩くのは久しぶり。独特の風情というか、ちょっとゴミゴミしてタバコ臭くて、ざっくばらん。昔ながらのお店、パチンコちんじゃら、立ち食い・立ち飲みに古本屋に、教会や保育園も並ぶ。

12.15 「朝日歌壇」より。

〈駅前の書店主(あるじ)は新聞の書評、広告みな頭の中 (相模原市)石井裕乃〉

〈プレゼント交換会に持つてゆく谷川俊太郎さんの本 (相馬市)根岸浩一〉

 ほかにも谷川俊太郎追悼歌。

「朝日俳壇」より。

〈詩人青星へ人類まだ孤独 (塩尻市)田原章弘〉

〈再読に若き傍線冬銀河 (仙台市)柿坂伸子〉

12.17 午前中臨時仕事。帰宅して家人指令の用事あたふたと済ます。本屋さんに寄って顔見知りの担当さんを探すが、見つからない。レジの人に伝言お願い。

12.18 元町駅前に「BIG ISSUE」の新しい販売員さんがいらして、ありがたい。家人に頼んで493号購入。

 村上しほり『神戸――戦災と震災』(ちくま新書)読み終わる。新書判ながら360ページ超。1868年神戸開港からの神戸の歴史を公文書に基づき繙く。特に阪神大水害、大空襲、阪神淡路大震災の被災と復興を大きな柱とする。著者は1987年生まれ、神戸育ち、阪神淡路大震災を経験。神戸市職員(公文書専門職)、大阪公立大学特任准教授、都市史・建築史が専門。著書に『神戸 闇市からの復興――占領下にせめぎあう都市空間』(慶應義塾大学出版会、2018年)ほか。

〈神戸はふりむかないまち、と昔から言われてきた。また、新しい文化や技術を進んで受け入れてきた「進取の気風」を継承してきた。/しかし、ふりむかない傾向と進取の気風とは、決して同義ではない。歴史に興味を持って史実を理解したうえで、ノスタルジーに浸(ひた)ることなく現在を見つめ、未来を目指して進むことはできる。〉(おわりに「神戸」を語るのは誰か)より。



(平野)

2024年12月12日木曜日

上林暁 禁酒宣言

12.5 林真司『民際学者、アジアをあるく』(みずのわ出版)。経済学者・中村尚司(1938年生、龍谷大学名誉教授)と師、仲間たちの人となり、研究と活動を紹介。中村はアジア経済・農業調査、環境問題など「生命系の経済学」を提唱。「民際学」とは聞きなれない言葉。国同士の関係ではなく、人間同士の交流を社会活動の中心にフィールドワークを重要視する。「循環性の永続」「多様性の展開」「関係性の創出」を柱に次世代社会を考える。外国人労働者の支援にも尽力。

 大阪の編集工房ノアからPR誌「海鳴り 37届く。例年1回刊行だけど、今年は2冊目。

 京都の編集グループSUREから新刊書、鶴見俊輔『アメリカ哲学』2008年こぶし書房版復刊)着。




12.6 隣国権力者強権発動するも、市民は民主主義擁護の行動。軍も冷静。

12.7 本屋さん、家人の雑誌が目的。ちくま新書の新刊も出ていた。村上しほり『神戸――戦災と震災』2025年は神戸大空襲から80年、阪神淡路大震災から30年の節目。

12.8 「朝日歌壇」より。

〈半年で本の貸し出し五十回賢治に挟む褒美の栞 (相模原市)宮崎清美〉

〈十六歳の吾子の棺に忍ばせし『二十億光年の孤独』四十年過ぐ (成田市)鈴木喜代子〉

「朝日俳壇」より。

〈しゆんたらうくしやみをひとつゆきにけり (八王子市)額田浩文〉

12.9 孫電話。妹の幼稚園お遊戯動画でなごむ。姉はカゼ回復。

12.11 『新版 禁酒宣言――上林暁・酒場小説集』(坪内祐三編、ちくま文庫)1999年初版、再編集。

〈小生、この度感ずるところあって、酒を止めることにしました。断然止めたいと思います。〉

 表題作「禁酒宣言」の冒頭。上林は病妻もので知られる私小説の作家。戦後妻を亡くし、自らの酔いどれ生活を題材に連作。中央線最寄駅から家まで何軒も馴染みの飲み屋があり、都心で飲んでも帰り道にはしご酒。お店の女将に恋心を抱いたり、愛読者に遭遇したり。泥酔、乱酔、飲んで騒いで、醒めたら宿酔、自己嫌悪。飲んべはどなたも身に覚えあり。上林はすべてを告白するが、モデルのお店や女性たちはどう思ったのだろう。



(平野)

2024年12月5日木曜日

象徴天皇の実像

12.1 師走とはいえ、季節感が混乱。すぐ日は過ぎる。

12.2 漢文入門の新書を読む。円満字二郎『四字熟語で始める漢文入門』(ちくまプリマー新書)。四字熟語を題材にして漢文読解の基本ルールを学ぶ。身近な熟語でも自分の理解と微妙に意味が違うことを改めて知る。本屋時代、自分で「大器晩成」と言っていた。大器は完成まで時間がかかる、と自嘲気味に。原典は『老子』、未完成のものほど偉大、という意味。このまま未完成で過ごそう。

12.3 天気良し。兵庫和田岬の和田神社にお参り。祭神は、天御中主大神(あまのみなかぬし、天地創造の神)、蛭子大神(ひるこ、えびす様)、市杵嶋姫大神(いちきしまひめ、弁天様)。神使・白蛇の「巳塚」も祀られている。年賀状用に絵馬(白蛇)を写す。

 

 原武史 『象徴天皇の実像 「昭和天皇拝謁記」を読む』 

岩波新書 960円+税



2021年から23年、岩波書店から『昭和天皇拝謁記――初代宮内庁長官田島道治の記録』(全7巻)が出版されている。田島道治(みちじ、18851968年)が昭和天皇と交わした会話や書簡、彼の日記など貴重な資料。表に出ることのなかった昭和天皇の日々の姿・言動(肉声というべき口調まで)が詳細に記録されている。国際情勢、占領下での日本社会の出来事、国内巡幸など、時に饒舌に意見を述べ、愚痴をこぼす。皇室内の家族問題、やんごとなき身分だからこその複雑な事情がある。

政治について、憲法について、自身の戦争責任や歴史観、家族・政治家・軍人らについても詳しく語っている。その発言には戦後民主主義をまだ理解し得ていないと思われるものもある。初の「象徴天皇」であるが、最後の「大日本帝国憲法」の天皇だった。平成の明仁天皇が戦争に対する反省を繰り返し述べた姿とはかなりずれる。

(平野)

2024年12月1日日曜日

『モダニズム出版社の探検』余話

11.24 「朝日俳壇」より。

〈晩年や本を旅する芭蕉の忌 (愛知県阿久比町)新美英紀〉

〈小春日やはらぺこあおむし読む夫 (大阪市)藤田富美恵〉

〈古書街に探す青春枯葉(かれは)舞ふ (北本市)萩原行博〉

11.25 「朝日新聞」夕刊、「伝説のジャンプ」記事。東日本大震災後、仙台市の個人書店・塩川書店五橋店がお客さんからもらった「週刊少年ジャンプ」の最新号を子どもたちに読ませてあげようと「少年ジャンプ読めます!!」の貼り紙を掲げる。物流が止まり、いつものマンガを読めずにいた子どもたち。順番に読むことができた。週刊誌はボロボロになった。震災から13年。今年831日、残念ながら塩川書店は閉店する。その最後の日の動画〈「伝説のジャンプ」が生まれた本屋 最後の日〉、YouTubeでご覧いただける。

11.29 孫動画着。姉編、夕暮れの公園で逆上がり練習、できたー! 妹編はディズニーアニメのプリンセスのマネ。歌いながら歩く、姉が茶々入れて高い声で歌う。ヂヂババちゃんりん、大笑い。

11.30 早起きして臨時仕事。湊川神社に巳年絵馬登場。

 

 高橋輝次 『「モダニズム出版社の探検」余話』 著者出版 頒価1300



 先日紹介した『戦前モダニズム出版社探検』補遺。高橋は原稿校生中、校了の後も探索を続けた。「タカハシがテルツグする」は終わらない。著書刊行よりこの冊子が先に完成。

種村季弘の東大新聞時代、亀山巌のエッセイ集、ラリー・シーモン(無声映画時代のアメリカの俳優、谷崎潤一郎や稲垣足穂らが注目した)のこと、「椎の木」のことなど。

それらに加えて、高橋の探索テーマ、文才のある俳優の本(大友柳太朗、松村達雄)紹介、神戸文学史の一端も。

(平野)

2024年11月24日日曜日

戦前モダニズム出版社探検

11.18 兵庫県知事選挙結果は県民の審判だけど、ネットの影響らしい。なんか気色悪い。

11.19 早朝のテレビニュース、谷川俊太郎逝去の報。

「二十億光年の孤独」

人類は小さな球の上で

眠り起きそして働き

ときどき火星に仲間をほしがったりする


火星人は小さな球の上で

何をしてるか 僕は知らない

(或はネリリし キルルし ハララしているか)

しかしときどき地球に仲間をほしがったりする

それはまったくたしかなことだ


万有引力とは

ひき合う孤独の力である


宇宙はひずんでいる

それ故みんなはもとめ合う


宇宙はどんどん膨んでゆく

それ故みんなは不安である


二十億光年の孤独に

僕は思わずくしゃみをした


11.20 谷川俊太郎追悼の新聞記事、投稿など続々。

谷川「自己紹介」より。

私は背の低い禿頭の老人です

もう半世紀以上のあいだ

名詞や動詞や助詞や形容詞や疑問符など

言葉どもに揉まれながら暮らしてきましたから

どちらかと言うと無言を好みます (後略)


11.23 午前図書館。古本愛好家(下記の本)に刺激されたわけではないが、モダニズム出版社「第一書房」の本を借りる。『佐藤春夫詩集』(大正15年)、署名入り。

 買い物に出たら、旧知の人たちに連続して遭遇。元町の紳士服の元店主と画家。しばし歩き話、立ち話。

 

 高橋輝次 『戦前モダニズム出版社探検 金星堂、厚生閣書店、椎の木社ほか』 論創社 3000円+税



 フリー編集者で古本の強者。古本探索の成果をまとめる。著者のテーマの一つ、著名作家・文学者で元編集者という人たちの足跡を辿る。本書ではドイツ文学者の種村季弘のエピソードを紹介する。

 本書のメインは書名のとおり大正末期から昭和はじめの西欧の文学・芸術に影響を受けたモダニズム出版。作品と作家たち探索に加え、出版社と経営者、編集者たちに注目する。

 金星堂は1918(大正7)年に福岡益夫が設立。社名は田山花袋の「宵の明星である金星」という案から。川端康成、横光利一らの同人誌「文藝時代」を支援。26年に川端の『雪国』を出版。戦後は語学出版に転換し、現在も継続。

厚生閣書店は1922(大正11)年岡本正一が創業。キリスト教書、教育書中心だったが、昭和に入って安西冬衛、西脇順三郎らの詩集を出版。安西『軍艦茉莉』は「てふてふが一匹韃靼海峡を渡つて行つた」の詩で知られる。現在は恒星社厚生閣として天文や水産の専門書を出版。

 椎の木社は大正末から月刊誌「椎の木」を発行。三好達治、室生犀星、萩原朔太郎、西脇順三郎らが寄稿、詩集を出版した。

 三社にはそれぞれモダニズム出版を推し進めた編集者たちがいた。伊藤整、春山行夫、百田宗治……、彼らも詩人・作家だった。

 高橋の記述はいつも通り探索の過程を記す。とりあえず判明したことを書き終える。しばらく経つと新たな資料を発掘して、追記が123と続き、さらに付記、後日談が重なる。ぼやき、時にボケてそこにツッコミを入れる。高橋自身が文章スタイルをこう述べる。

〈(前略、古本好きの元編集者)そんな私の書き方は、出版社の社史や研究者による社主の評伝、あるいは出版史の学術書のように、時系列に沿って体系的にまとめたものではなく、テーマに沿った探求の成果を日録風に順々に綴ったスタイルであり、話があちこちに飛び、時には古本が古本を呼んで脱線もしている。相変わらず追記や付記も多い。ただ、その探索の過程(ルビ・プロセス)は逐一、正直に具体的に書いているので、臨場感に富んだものになっていると思うのだが、如何だろうか(つまり、著者の楽屋裏をのぞきみる面白さはあるかもしれないと……)。〉

不思議なことに資料が次々手に入る。探索の手を緩めないからだろう。まさに、古本が古本を呼ぶ、という状態。私は密かに「タカハシがテルツグする」と名づけている。文章も「タカハシがテルツグする」。

(平野)

2024年11月17日日曜日

断腸亭日乗(二)

11.14 「朝日新聞」〈声〉欄に元ちくさ正文館店長・古田一晴さん追悼の投稿。「閉店の名物書店と店主を悼む」(愛知県 大川四郎)」

〈古田氏は「教養・文化の本拠地」づくりに大きな足跡を残された。〉

11.16 午前の臨時仕事を終わって、ギャラリー島田DM作業手伝い。例年1112月恒例展覧会、「石井一夫展」(11.2312.3)、「井上よう子展」(12.1412.24)など。

 家人用事で梅田。ついでに「BIG ISSUE3冊買ってきてもらう。

 夕方急ぎの資料コピーのため図書館。

11.17 「朝日俳壇」より。

〈深秋の古書肆(こしょし)に眠る資本論 (大阪市)上西左大信〉

「朝日歌壇」より。

〈ピカソの絵目鼻ちぐはぐなる意味を教へてくれし『名画を見る眼』 〈八尾市〉水野一也〉

(そんな眼をもちたいものと思いしは高階さんの「名画を見る眼」 (逗子市)織立敏博)

〈図書館で泣きだした児に保育士が小さく強く「ここでは泣かない!」 (横浜市)田中廣義〉

 高階秀爾さんは西洋美術史研究者、本年1017日逝去。著書『名画を見る眼』は岩波新書。

 

 永井荷風 『断腸亭日乗(二)大正十五昭和三年』 

中島国彦・多田蔵人校注 岩波文庫 1080円+税



 荷風40歳代終わりから50歳。持病の腹痛、風邪引きなど健康に自信なく気弱に。死後他人に見られたくないから手紙や古い原稿を隅田川に流してしまう。

女性関係は「毒婦」に振り回されるが、若い歌という女性を身請けして借家に住ませる。その家を「壺中庵」と名づけて通う。さらに歌に待合を経営させる。荷風が最も長く付き合った女性。

文壇とは一線を画すが、執筆・出版の依頼はひっきりなし。出版社に悪態をつきながらも、高収入を得る。江戸の漢籍、フランス文学を繙き、森鷗外や上田敏の文章に親しむ。

文学の師・広津柳浪、弟・貞次郎を亡くすが、親しい友との交流は続いている。友と酒を酌み交わし、歌と食事に出て、銀座や浅草を散歩。関東大震災後の復興により、東京の街の風景も風俗も日々変わっていく。

 昭和31231日の記。健康不安はあるが、子孫ないゆえ死んでも心残りなし、文学者の友なきは「わが幸福中の第一」と書く。身体弱く力ないから人を傷つけたことはないし、少し財産あり金銭上で迷惑をかけたこともない、女好きながら乙女に手を出したり道ならぬ恋もない。「五〇年の生涯を顧みて夢見のわるい事一つも為したることなし、是亦幸なる身の上なりと謂ふべし」。

(平野)

2024年11月12日火曜日

昭和問答

11.2 横浜、東京目指して出発。車内の友は『断腸亭日乗(二)』。新横浜駅手前で中国地方集中豪雨のため新幹線しばらく運休。東京駅折り返しの列車が動けないので全部停止。結局40分ほど遅れて品川駅着、山手線で東京駅。

 家人の従姉の孫が通う大学の文化祭見学。従姉の娘(従姪=じゅうてつ、というそう)夫婦と一緒だが、肝心の大学生(従姉の孫)はバイト勤務でいない。解散後、神保町の古本まつりを回遊。本は買わず。

11.3 日枝神社参拝、七五三のお参りで大賑わい。孫姉の誕生パーティー、家族集合。従姪家族も含め合計9名(孫パパ風邪欠席)。

11.4 家人買い物、ヂヂは上野「田中一村展」。午後家人と待ち合わせて横浜の娘宅。

11.5 本日も別行動。家人は墓参り、ヂヂは「英一蝶展」。恒例の神田明神参拝。湯島天神に足を伸ばし、途中の妻戀神社お参り。これも恒例、NR出版会事務局・くらら嬢、新泉社・安さんとランチ。東京駅で家人と合流して帰神。

 帰宅して新聞ザーッと。

「朝日歌壇」(11.3)より。

〈映画館とバス停と書肆(しょし)この町を出でし若きらとともに消えたり(観音寺市)篠原俊則〉

11.6 よその国の選挙。再びあの人がトップに立つ。分断、混乱、差別……、民主主義は時間がかかるし、理不尽なことも起こる。

11.10 「朝日俳壇」より。

〈バイブルも蔵書の一つ鰯雲(いわしぐも) (尾張旭市)古賀勇理央〉

 午前、みずのわ一徳と懇談。彼に苦労をかけた原稿、なんとか目星がつきそう。彼は富山の印刷所に向かう。

 午後、中央図書館。書店トークイベント開講前に進行役のキタダさんを訪ねる。大手書店の店長で出版社も主宰、著書や手がけた本を毎回贈ってくれる。イベントを知った時既に満席になっていた。ヂヂは挨拶のみで失礼し、本を借りて引き上げる。

 買い物がてら元町商店街で県知事選挙期日前投票。

 

 田中優子 松岡正剛 『昭和問答』 岩波新書 1120円+税



 江戸文化研究者と編集のプロの対話、『日本問答』『江戸問答』(共に岩波新書)に続く第三弾。

松岡 ……昭和って最初と最後が七日間しかないんだよね。昭和元年と昭和六四年。前半の「戦前」と後半の「戦後」に別れているけれど、前半の高揚は後半の挫折に巻きとられていった。そういう昭和を扱うには、こんな異様な時代を準備した明治も大正も見ておかないとね。江戸時代が一気に昭和化したわけではないんでね。

田中 ……『昭和問答』といっても、年号としての昭和(一九二六~一九八九年)の六四年間のみを対象にしようというんじゃない。金融恐慌から始まって満州事変、日中戦争、太平洋戦争、原爆投下、GHQ(連合国総司令部)による占領、高度経済成長といった昭和の出来事は、その因果の「因」が日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦とその後の好景気にあるのであって、昭和だけを切り離して考えることはできません。

 田中はこの「問答」でひきつづき語りたいこととして問題を3つあげる。

「私たちはなぜ競争から降りられないのか?」

「国にとっての独立・自立とは何か」

「人間にとっての自立とは何か」

 思索し、本を読み、書き、自分の言葉を見つけ、他者と語り合う。ふたりが読んできた本も紹介する。

 松岡は本書のあとがきを脱稿した直後に病状悪化し、急逝。ご冥福を祈る。

(平野)

2024年11月7日木曜日

駄目も目である

10.29 孫電話。姉が新しい絵本を読んでくれる。読み聞かせのお姉さんさながら。ヂヂバカちゃんりん。週末会いに行く。

10.31 10月終了。ここ数日は涼しくなったが、日本は10月も夏。

 

 『駄目も目である 木山捷平小説集』 岡崎武志編 

ちくま文庫 1000円+税



 木山捷平(190468年)岡山県出身、詩人、作家。姫路師範学校卒、東洋大学中退。兵庫県下で教職の後、上京して文学活動。太宰治らと同人誌を創刊し、日本浪漫派にも参加。作品は私小説だが、不幸な生い立ちやドロドロの恋愛ではなく、身辺の出来事を題材にして創作。病や貧困で苦闘の時代が長かったが、軍隊生活も帰還後の苦労も軽妙に描く。

家探し、お酒を求めての散歩。クズ屋に売った古釘の代金3円を持って何が買えるか町をうろついたり、妻に下半身の検査をしてもらったり、電車内で女性の膝小僧を観察したり。

「下駄の腰掛」

「私」は同人雑誌で男の性器は冷たい方が良いという記事を読んで、妻に調べてもらう。妻もバカ正直に従うが、温かいか冷たいか判断に困る。「私」は他人に見てもらう訳にもいかず、やけっぱちというかせっぱつまって、銭湯に出かける。しかし、営業時間までだいぶある。アイスクリームを食べたいがお金は銭湯代しかない。一度家に戻るのも何だし、銭湯の入口で自分の下駄の上に座って待つ。過去を回想。結婚当初のこと、数年前会った幼なじみの種畜業ことなど。そのうち銭湯開店。裸になってから石鹸を忘れたことに気づく。湯舟に一人だが、長く入っていられない。石けんのない手ぬぐいで体をこすっていると、今の分の有様が過去50年の人生を象徴しているように思う。

〈あと何年生きる――か知らないが、あと何年生きたところで、おそらくはこの調子で過ぎて行くのであろうように思われた。〉

文学回想「太宰治」では太宰の非合法活動や小林多喜二の死に言及して、当時の緊迫を伝える。

書名は囲碁好きの木山がよく色紙に書いた言葉から。駄目とは、黒白どちらが打っても陣地にならないことから、意味がない、役に立たない、という囲碁用語。解説の岡崎は木山をこう評する。

〈「駄目」を自認し、そこから作家人生において新しい「目」を打ち出したのだ。〉

(平野)