2024年11月24日日曜日

戦前モダニズム出版社探検

11.18 兵庫県知事選挙結果は県民の審判だけど、ネットの影響らしい。なんか気色悪い。

11.19 早朝のテレビニュース、谷川俊太郎逝去の報。

「二十億光年の孤独」

人類は小さな球の上で

眠り起きそして働き

ときどき火星に仲間をほしがったりする


火星人は小さな球の上で

何をしてるか 僕は知らない

(或はネリリし キルルし ハララしているか)

しかしときどき地球に仲間をほしがったりする

それはまったくたしかなことだ


万有引力とは

ひき合う孤独の力である


宇宙はひずんでいる

それ故みんなはもとめ合う


宇宙はどんどん膨んでゆく

それ故みんなは不安である


二十億光年の孤独に

僕は思わずくしゃみをした


11.20 谷川俊太郎追悼の新聞記事、投稿など続々。

谷川「自己紹介」より。

私は背の低い禿頭の老人です

もう半世紀以上のあいだ

名詞や動詞や助詞や形容詞や疑問符など

言葉どもに揉まれながら暮らしてきましたから

どちらかと言うと無言を好みます (後略)


11.23 午前図書館。古本愛好家(下記の本)に刺激されたわけではないが、モダニズム出版社「第一書房」の本を借りる。『佐藤春夫詩集』(大正15年)、署名入り。

 買い物に出たら、旧知の人たちに連続して遭遇。元町の紳士服の元店主と画家。しばし歩き話、立ち話。

 

 高橋輝次 『戦前モダニズム出版社探検 金星堂、厚生閣書店、椎の木社ほか』 論創社 3000円+税



 フリー編集者で古本の強者。古本探索の成果をまとめる。著者のテーマの一つ、著名作家・文学者で元編集者という人たちの足跡を辿る。本書ではドイツ文学者の種村季弘のエピソードを紹介する。

 本書のメインは書名のとおり大正末期から昭和はじめの西欧の文学・芸術に影響を受けたモダニズム出版。作品と作家たち探索に加え、出版社と経営者、編集者たちに注目する。

 金星堂は1918(大正7)年に福岡益夫が設立。社名は田山花袋の「宵の明星である金星」という案から。川端康成、横光利一らの同人誌「文藝時代」を支援。26年に川端の『雪国』を出版。戦後は語学出版に転換し、現在も継続。

厚生閣書店は1922(大正11)年岡本正一が創業。キリスト教書、教育書中心だったが、昭和に入って安西冬衛、西脇順三郎らの詩集を出版。安西『軍艦茉莉』は「てふてふが一匹韃靼海峡を渡つて行つた」の詩で知られる。現在は恒星社厚生閣として天文や水産の専門書を出版。

 椎の木社は大正末から月刊誌「椎の木」を発行。三好達治、室生犀星、萩原朔太郎、西脇順三郎らが寄稿、詩集を出版した。

 三社にはそれぞれモダニズム出版を推し進めた編集者たちがいた。伊藤整、春山行夫、百田宗治……、彼らも詩人・作家だった。

 高橋の記述はいつも通り探索の過程を記す。とりあえず判明したことを書き終える。しばらく経つと新たな資料を発掘して、追記が123と続き、さらに付記、後日談が重なる。ぼやき、時にボケてそこにツッコミを入れる。高橋自身が文章スタイルをこう述べる。

〈(前略、古本好きの元編集者)そんな私の書き方は、出版社の社史や研究者による社主の評伝、あるいは出版史の学術書のように、時系列に沿って体系的にまとめたものではなく、テーマに沿った探求の成果を日録風に順々に綴ったスタイルであり、話があちこちに飛び、時には古本が古本を呼んで脱線もしている。相変わらず追記や付記も多い。ただ、その探索の過程(ルビ・プロセス)は逐一、正直に具体的に書いているので、臨場感に富んだものになっていると思うのだが、如何だろうか(つまり、著者の楽屋裏をのぞきみる面白さはあるかもしれないと……)。〉

不思議なことに資料が次々手に入る。探索の手を緩めないからだろう。まさに、古本が古本を呼ぶ、という状態。私は密かに「タカハシがテルツグする」と名づけている。文章も「タカハシがテルツグする」。

(平野)

2024年11月17日日曜日

断腸亭日乗(二)

11.14 「朝日新聞」〈声〉欄に元ちくさ正文館店長・古田一晴さん追悼の投稿。「閉店の名物書店と店主を悼む」(愛知県 大川四郎)」

〈古田氏は「教養・文化の本拠地」づくりに大きな足跡を残された。〉

11.16 午前の臨時仕事を終わって、ギャラリー島田DM作業手伝い。例年1112月恒例展覧会、「石井一夫展」(11.2312.3)、「井上よう子展」(12.1412.24)など。

 家人用事で梅田。ついでに「BIG ISSUE3冊買ってきてもらう。

 夕方急ぎの資料コピーのため図書館。

11.17 「朝日俳壇」より。

〈深秋の古書肆(こしょし)に眠る資本論 (大阪市)上西左大信〉

「朝日歌壇」より。

〈ピカソの絵目鼻ちぐはぐなる意味を教へてくれし『名画を見る眼』 〈八尾市〉水野一也〉

(そんな眼をもちたいものと思いしは高階さんの「名画を見る眼」 (逗子市)織立敏博)

〈図書館で泣きだした児に保育士が小さく強く「ここでは泣かない!」 (横浜市)田中廣義〉

 高階秀爾さんは西洋美術史研究者、本年1017日逝去。著書『名画を見る眼』は岩波新書。

 

 永井荷風 『断腸亭日乗(二)大正十五昭和三年』 

中島国彦・多田蔵人校注 岩波文庫 1080円+税



 荷風40歳代終わりから50歳。持病の腹痛、風邪引きなど健康に自信なく気弱に。死後他人に見られたくないから手紙や古い原稿を隅田川に流してしまう。

女性関係は「毒婦」に振り回されるが、若い歌という女性を身請けして借家に住ませる。その家を「壺中庵」と名づけて通う。さらに歌に待合を経営させる。荷風が最も長く付き合った女性。

文壇とは一線を画すが、執筆・出版の依頼はひっきりなし。出版社に悪態をつきながらも、高収入を得る。江戸の漢籍、フランス文学を繙き、森鷗外や上田敏の文章に親しむ。

文学の師・広津柳浪、弟・貞次郎を亡くすが、親しい友との交流は続いている。友と酒を酌み交わし、歌と食事に出て、銀座や浅草を散歩。関東大震災後の復興により、東京の街の風景も風俗も日々変わっていく。

 昭和31231日の記。健康不安はあるが、子孫ないゆえ死んでも心残りなし、文学者の友なきは「わが幸福中の第一」と書く。身体弱く力ないから人を傷つけたことはないし、少し財産あり金銭上で迷惑をかけたこともない、女好きながら乙女に手を出したり道ならぬ恋もない。「五〇年の生涯を顧みて夢見のわるい事一つも為したることなし、是亦幸なる身の上なりと謂ふべし」。

(平野)

2024年11月12日火曜日

昭和問答

11.2 横浜、東京目指して出発。車内の友は『断腸亭日乗(二)』。新横浜駅手前で中国地方集中豪雨のため新幹線しばらく運休。東京駅折り返しの列車が動けないので全部停止。結局40分ほど遅れて品川駅着、山手線で東京駅。

 家人の従姉の孫が通う大学の文化祭見学。従姉の娘(従姪=じゅうてつ、というそう)夫婦と一緒だが、肝心の大学生(従姉の孫)はバイト勤務でいない。解散後、神保町の古本まつりを回遊。本は買わず。

11.3 日枝神社参拝、七五三のお参りで大賑わい。孫姉の誕生パーティー、家族集合。従姪家族も含め合計9名(孫パパ風邪欠席)。

11.4 家人買い物、ヂヂは上野「田中一村展」。午後家人と待ち合わせて横浜の娘宅。

11.5 本日も別行動。家人は墓参り、ヂヂは「英一蝶展」。恒例の神田明神参拝。湯島天神に足を伸ばし、途中の妻戀神社お参り。これも恒例、NR出版会事務局・くらら嬢、新泉社・安さんとランチ。東京駅で家人と合流して帰神。

 帰宅して新聞ザーッと。

「朝日歌壇」(11.3)より。

〈映画館とバス停と書肆(しょし)この町を出でし若きらとともに消えたり(観音寺市)篠原俊則〉

11.6 よその国の選挙。再びあの人がトップに立つ。分断、混乱、差別……、民主主義は時間がかかるし、理不尽なことも起こる。

11.10 「朝日俳壇」より。

〈バイブルも蔵書の一つ鰯雲(いわしぐも) (尾張旭市)古賀勇理央〉

 午前、みずのわ一徳と懇談。彼に苦労をかけた原稿、なんとか目星がつきそう。彼は富山の印刷所に向かう。

 午後、中央図書館。書店トークイベント開講前に進行役のキタダさんを訪ねる。大手書店の店長で出版社も主宰、著書や手がけた本を毎回贈ってくれる。イベントを知った時既に満席になっていた。ヂヂは挨拶のみで失礼し、本を借りて引き上げる。

 買い物がてら元町商店街で県知事選挙期日前投票。

 

 田中優子 松岡正剛 『昭和問答』 岩波新書 1120円+税



 江戸文化研究者と編集のプロの対話、『日本問答』『江戸問答』(共に岩波新書)に続く第三弾。

松岡 ……昭和って最初と最後が七日間しかないんだよね。昭和元年と昭和六四年。前半の「戦前」と後半の「戦後」に別れているけれど、前半の高揚は後半の挫折に巻きとられていった。そういう昭和を扱うには、こんな異様な時代を準備した明治も大正も見ておかないとね。江戸時代が一気に昭和化したわけではないんでね。

田中 ……『昭和問答』といっても、年号としての昭和(一九二六~一九八九年)の六四年間のみを対象にしようというんじゃない。金融恐慌から始まって満州事変、日中戦争、太平洋戦争、原爆投下、GHQ(連合国総司令部)による占領、高度経済成長といった昭和の出来事は、その因果の「因」が日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦とその後の好景気にあるのであって、昭和だけを切り離して考えることはできません。

 田中はこの「問答」でひきつづき語りたいこととして問題を3つあげる。

「私たちはなぜ競争から降りられないのか?」

「国にとっての独立・自立とは何か」

「人間にとっての自立とは何か」

 思索し、本を読み、書き、自分の言葉を見つけ、他者と語り合う。ふたりが読んできた本も紹介する。

 松岡は本書のあとがきを脱稿した直後に病状悪化し、急逝。ご冥福を祈る。

(平野)

2024年11月7日木曜日

駄目も目である

10.29 孫電話。姉が新しい絵本を読んでくれる。読み聞かせのお姉さんさながら。ヂヂバカちゃんりん。週末会いに行く。

10.31 10月終了。ここ数日は涼しくなったが、日本は10月も夏。

 

 『駄目も目である 木山捷平小説集』 岡崎武志編 

ちくま文庫 1000円+税



 木山捷平(190468年)岡山県出身、詩人、作家。姫路師範学校卒、東洋大学中退。兵庫県下で教職の後、上京して文学活動。太宰治らと同人誌を創刊し、日本浪漫派にも参加。作品は私小説だが、不幸な生い立ちやドロドロの恋愛ではなく、身辺の出来事を題材にして創作。病や貧困で苦闘の時代が長かったが、軍隊生活も帰還後の苦労も軽妙に描く。

家探し、お酒を求めての散歩。クズ屋に売った古釘の代金3円を持って何が買えるか町をうろついたり、妻に下半身の検査をしてもらったり、電車内で女性の膝小僧を観察したり。

「下駄の腰掛」

「私」は同人雑誌で男の性器は冷たい方が良いという記事を読んで、妻に調べてもらう。妻もバカ正直に従うが、温かいか冷たいか判断に困る。「私」は他人に見てもらう訳にもいかず、やけっぱちというかせっぱつまって、銭湯に出かける。しかし、営業時間までだいぶある。アイスクリームを食べたいがお金は銭湯代しかない。一度家に戻るのも何だし、銭湯の入口で自分の下駄の上に座って待つ。過去を回想。結婚当初のこと、数年前会った幼なじみの種畜業ことなど。そのうち銭湯開店。裸になってから石鹸を忘れたことに気づく。湯舟に一人だが、長く入っていられない。石けんのない手ぬぐいで体をこすっていると、今の分の有様が過去50年の人生を象徴しているように思う。

〈あと何年生きる――か知らないが、あと何年生きたところで、おそらくはこの調子で過ぎて行くのであろうように思われた。〉

文学回想「太宰治」では太宰の非合法活動や小林多喜二の死に言及して、当時の緊迫を伝える。

書名は囲碁好きの木山がよく色紙に書いた言葉から。駄目とは、黒白どちらが打っても陣地にならないことから、意味がない、役に立たない、という囲碁用語。解説の岡崎は木山をこう評する。

〈「駄目」を自認し、そこから作家人生において新しい「目」を打ち出したのだ。〉

(平野)