2019年8月20日火曜日

本屋がアジアをつなぐ


 石橋毅史 『本屋がアジアをつなぐ 自由を支える者たち』 ころから 1700円+税
 
 

 著者は、本屋・出版を中心に取材するジャーナリスト。『「本屋」は死なない』(新潮社、2011年)が韓国・台湾で翻訳出版され、現地の本屋さんとつながりができた。
 石橋は「本屋」と「書店」を区別している、こだわりがある。

……「書店」は書籍や雑誌を売っている小売店。「本屋」は、その書籍や雑誌を売ることを生業(なりわい)にする人、その仕事に就くことが宿命であったかのような人に対する呼称としている。〉

 翻訳では石橋の考えは十分には伝えられない。でも、それはたいした問題ではないことがわかった。どこの国・地域でも、情報をインターネット、スマホで得る人が大半。紙媒体は、出版不況だし、書店も減っている。なのに日本でも海外でも本屋を始める人たちがいる。

〈巷ではスマホ漬けが進んでいるというのに、なぜ本屋は出現しつづけるのか? ある種の人たちを本屋へと駆り立てるものはなにか? 世の中に本屋が必要なのだとしたら、その理由はなにか?〉

 韓国も台湾も80年代後半まで言論や報道・表現の自由がなかった。本屋が民主化運動の拠点だった。現在、香港は中国政府の脅威で揺れている。2015年に出版社・書店経営者、役員、店長らが当局に連行された。書店店長・林榮基(リンロンチー)は中国の指示に従わず、現在台湾にいる。〈中国の抑圧に抵抗する香港を象徴する存在〉になっているが、石橋が会いたいと思ったのは運動家の彼ではない。

〈長年にわたって小さな書店を営んできた、町なかの党外人士――ひとりの本屋としての林榮基だった。〉
 
〈韓国、台湾、香港、あるいはかつて存在した本屋たちは、いまの日本の本屋たちとまったく同じように、本を売ることで日銭を得る日々を送っていた。そして日本とはちょっと違って、常に言論の自由に直面していた。〉

日銭稼ぎの商売で禁書を扱うこともあるかもしれない。日本はいまのところ言論・表現の自由が保障されている。でもね、書店にはヘイト本が並ぶ。権力が美術展にイチャモンをつける。

〈どの国も、根本的には同じではないだろうか。/本屋は、人を自由にする。本を介して、その町に暮らす人びとの自由を支える。一見すると豊かで平和な島国・日本でも、僕はこの役割を担う本屋に何人も会ってきた。〉

目次から
身の丈の本屋にできること 「1冊は買って」メッセージボードの意味 ヘイトも呑みこむ闘技場(アリーナ) 100年前の本屋に出逢う 「ことば」から入る沖縄 隣国に届いた曖昧な言葉 揺れる香港を歩く
(平野)
8.18 元町駅前で『ビッグイシュー』。販売員さんは日陰で猛暑を避けていて、飛んで来はった。「走ってこんでええのに」。商店街に下りたら、同級生(なかよし夫妻)と鉢合わせ。
「うみねこ堂書林」店主と雑談。「最近読んだ本」を訊かれ、「イベント関連で須賀敦子を読んだけどもうひとつイタリアに興味がわかない」と言うと笑われた。でもね、須賀さんの『こころの旅』(角川春樹事務所ランティエ叢書)を購入。
トンカ改め「花森書林」、ここでは入店した途端店主に笑われた。なんでや? 昔の梅田コマのパンフレットが出ていて、「がしんたれ」(菊田一夫作・演出、昭和36年)があった。それと、ちんき堂店主・戸川昌士『あなもん』(Pヴァイン)、おまけ特製缶バッチもらう。田舎の出版社の新刊営業(頼まれてもいないのに、おせっかい)。商談まとまりそう