2019年10月24日木曜日

体温


 『多田尋子小説集 体温』 書肆汽水域 1800円+税
 
 

 私、エエ歳なのにこの作家のことは知らず。歴代最多、芥川賞候補に6度なった人。
 多田尋子(ただ ひろこ)、1932年長崎県生まれ。85年、短篇小説「凪」を発表してデビュー。86年、「白い部屋」で芥川賞候補。その後、「単身者たち」「裔の子」「白蛇の家」「体温」「毀れた絵具箱」でも候補に。単行本は全て品切れ状態。 
 本書では、「体温」(「群像」916月号)、「秘密」(「群像」9210月号)、「単身者たち」(8811月号)を掲載。孤独なアラフォー女性たちが主人公。挟み込みの冊子に「あなたの温もり、あなたとの距離」とある。
 
「体温」の率子は親のすすめで結婚。娘が生まれるが、親密な結婚生活とはいえないまま、夫が事故死。実家で暮らして、両親を見送る。娘との生活の糧は遺された不動産。夫の命日にお参りに来た元同僚が協力してくれる。率子も頼る。思い合ってしまう、触れ合ってしまう。プロポーズされ、いい妻ではなかった、と告白する。

 
「秘密」の素子は高校受験の際に両親から養子であることを明かされる。兄も養子だった。家族を大事に思うが、自分は結婚もしないし、子どもが生まれるような行為もしない、と決める。大学進学で家を出て、そのまま就職。年下の同僚に思いを寄せられ、二人の秘密のメモでデートはするが、結婚は拒む。後輩女性との仲を取り持ち、二人の結婚後も子どもの祝い事など交際は続く。10年ほど経って、彼はかつての秘密のメモを復活させる。

 
「単身者たち」の計子は母娘依存状態、就職(さ)せず結婚(さ)せず。母は元教師、独身のまま計子を生み、実家で暮らした。母が亡くなり一人きり。買い物ついでに、古い商店街の古道具屋を覗く。そこの店員募集の貼り紙を見て応募。店主に、ただ坐っているだけで、と言われるが掃除したり料理したり。店主は商売より絵に熱心。店主と話し、コーヒーを飲み、食事をすることが楽しい。事務仕事や客の相手にも慣れる。店主の離婚した妻が現れる。

 寂しい男たち、哀しい女たちがいる。幸せそうな人でも孤独を抱えているだろう。「温もり」は性愛だけではない。そばに誰かがいてくれること。その「距離」をどこまで縮めていいのか、どれくらい離れるべきか。あと一歩の戸惑い。

 多田が「あとがき」に書く。
〈こんな歳になって、こんなおもしろいことに出会えるなんて、想像したこともなかった。〉
 版元社主は作品復刊のために多田に長文の手紙を書いた。多田は「まさかあ!」と本気にしなかった。また手紙。社主は書店員でもある。多田の著作を古書店で買い集め、販売した。その実績を報告して、再度復刊を願った。書肆汽水域はこちらを。
(平野)
 私も、こんな歳になって、未知の作家に出会える。社主のおかげ。自分から絶対読まない。「須賀敦子」もそうだった。
 10.20 朝日歌壇・朝日俳壇より。
〈本棚に麟三宏泰淳と並べてたどる戦後のこころ (調布市 豊宜光)〉
〈夜長かなああこの本のこのページ (東京都 河野公世)〉
 同じく「朝日」文化・文芸欄に村上春樹イタリアのグリンザーネ文学賞受賞記念講演の記事あり。
〈小説家は「洞窟の語り手の末裔」〉
 作家の矜持。「1960年代のカウンターカルチャーを経ていたので、大学を出て企業に勤める気はありませんでした」の言葉に納得得心。
 10.22 テレビは新天皇即位の儀式ばっかり。ご本人が、国民のため、世界平和、象徴天皇制、憲法、とおっしゃっている。静かに祝おう。
 図書館で「島崎藤村と神戸」調べ。
 10.24 「みなと元町タウンニュース」編集長から電話。原稿督促かと思ったら、海文堂の東日本大震災フェアのことだった。彼はコラムで海文堂のことを書いてくれている。どんなフリーペーパーかと思われる方は、こちらを。