1.6 年明け初の本屋さん。目当ての本は売り切れだが、別にぶっとい本見つける。700ページ超の小説。いつ読むの? 読み切れるか?
1.8 年末にお江戸の本屋さんに注文した本が届いて、数日前にお礼ハガキを出したのだけれど、なんと宛名を書き忘れていて戻ってきた。こうして今年も過ごすのでしょう。自分の失敗でせめて他人様に迷惑かけてはいけないようにしましょ。
1.9 孫(姉)がパパ方の祖父に好きな相撲力士を訊かれて、おやつのポテトチップスを割って並べて返答したという写真が送られてきた。こっちのヂヂイは似顔なのか体型なのかどうもわからず。家人が「漢字で正代」と教えてくれて、はいはい納得、感心、孫賢い。ヂヂバカちゃんりん。
1.10 大相撲の番付(新聞記事)をコピーして、孫に送る準備。何やかやと荷物が増えそう。
渡辺京二(1930~2022年)、在野の歴史家。水俣病患者支援活動、編集者として石牟礼道子を支えた。本書は1980年代に熊本で行った講演「京二熟日本近代史講義」をまとめたもので、黒船来航から征韓論まで。渡辺著作の原点と言える。『私の明治時代史』続刊予定。
大きな「歴史」の中に名が太字で刻まれる著名人物もいれば、小さく登場する人、無名の民もいる。渡辺は記録・資料を読み込み、太字の人物の人となり、思想、行動を読み解き、独自の視線で再評価し、外交交渉の実務に携わった役人たちなど中・下級武士、地方の庄屋、農民にも目を配る。また、外国の外交官たちによる日本社会・日本人観察を紹介する。
たとえば尊王攘夷の理論的・精神的指導者「吉田松陰」について、渡辺の評価はこうだ。「狂気」を帯びた人物だが、その「狂」とは、「ただ異常というのではなく、独特の情熱と信念を持って行動するという意味」。
松陰は封建制度の矛盾を感じるヒューマニスト。現代の物差しで天皇主義や侵略主義を批判することは意味がない。若くして亡くなったので大きな業績があったわけではないが、
〈彼が世間に影響を与えたのは、松下村塾を三年やったこと、誰もついてこないなら自分一人で死んでみせようとしたところです。天下国家の動きに参加したくなり、同志や藩主に計画を受け入れられず、それでも自分の志を貫くために「俺は死にたい、死にたい」と思うのです。こういうところが彼の「狂」なのです。しかも、彼がヒューマニストであるのは、「情」と「理」を分けて考えない点にあります。「情が極まると理になる」つまり、人間の感情が純化されると、本当に心から思うことが究極的には理にかなってくるというのです。〉
松陰の「草莽崛起(くっき)」は、朝廷も幕府も藩もどうでもよい、必要なのは自分の身一つだけ、という個人として行動する覚悟。命は絶対惜しい、惜しいからこそなぜ死なねばならないかを考えよう、と自分に問い、弟子に説いた。
松陰を一番評価する点。
〈それは結局、政治的なものを追求する中で反政治主義にならざるを得ないという生き方ではないでしょうか。彼は「政治」の嘘っぱちをひっくり返そうとあえて革命家の道を歩んだのです。この転倒の精神が弟子たちにはわからなかったのです。(中略)尊王攘夷という我々の先祖がやった愚行の中でなにが残っていくかといえば、吉田松陰の馬鹿げていて愚直な「草莽崛起」の志ではないでしょうか。〉
(平野)