2016年12月20日火曜日

土の記


 髙村薫 『土の記 上・下』 新潮社 各1500円+税

 舞台は奈良県の山村・大宇陀漆河原。

主人公・伊佐夫は70歳過ぎ、東京育ち、大学で地質学を学ぶ。関西の大手電機メーカー奈良工場勤務時、上司の勧めで旧家の娘と見合い、婿入りした。妻昭代は美しく明るく、料理上手で働き者であったが、交通事故で植物状態になり、長く寝込んで亡くなった。事故は他の男に会いに行く途中だった。

伊佐夫は一人田んぼや茶畑の世話をしながら、集落の人たちと交流。農作業は肉体労働のうえ、知識と細かい配慮がいる。アメリカ帰りのバツイチ娘と孫が東京にいる。実兄、義妹久代の夫が亡くなる。鯰が田んぼに迷いこんでくる。稲刈りの手伝いに来た親戚が犬を置いていく。集落出身の娘が帰って来て出産。夏休み孫が来る。娘と孫は渡米、娘はアイルランド出身の獣医と再婚。久代に付き合ってフラダンス観賞。3.11被災地に思いを寄せる。頭の中をボケが行き来する。一人暮らしでも忙しい。

伊佐夫は自分の手で夫婦の墓石をつくろうと、揖斐川産出の石を買う。農作業の合間、自分で碑文を刻む。石を彫り続ける感触は、子どもの頃の武蔵野の国分寺崖線探索、大学時代の関東周辺の地層観察、岩盤掘りの記憶につながる。兄が教えてくれた旧石器時代の洞窟壁画の夢想も。大晦日、久代と年越し。酒を飲みながら、彼女の少女時代の話、集落の話、娘婿の話、フラダンスの話を聞いている。

《しかし、意識はときどきあらぬ方向へ流れ出し、数秒あるいは数十秒、天井から抜け出して集落や杉山を一回りし、囲炉裏端に戻ってくると、なおもワヒネカヒコのメレだの、ワヒネウアナの某だの、久代のフラの話が続いているのだ。そして、伊佐夫の意識もまた揖斐川石の内部から国分寺崖線のハケへ、房総半島の隧道へ、ラスコーの洞窟へ、墓所の近くの斜面の穴へと巡り続け、自分が生きているのか死んでいるのかも定かでない薄闇に溶け出してゆく。》

 土の中には動植物・微生物の生と死が重なり、近くの墓所には先祖が眠っている。山間部の集落では、まだ生と死が身近にある。
 高齢化した山村の淡々とした生活が描かれて、ラストは20118月の集中豪雨。奈良県山間部では土砂災害が発生し大きな被害。漆河原でも死者2名。その名は書かれていない。

(平野)
 伊佐夫夫婦はたびたび神戸に来ている。元町で買い物、食事、キャバレーでダンス、オリエンタルホテル宿泊。妻を恨んでいるわけではないが、夢に出てくる。