■ 安住洋子 『み仏のかんばせ』 小学館文庫 570円+税
安住は1958年尼崎生まれ、時代小説作家。3年ぶりの新作。人情物が得意だが、本書では主人公が修羅場をくぐる。
志乃は女郎に売られ、逃げ、男と偽って首斬り役人・山田浅右衛門に中間奉公する。主人の側に使えて剣術も学んで10年、役目の途中、大事な罪人の肝を強奪され辞職する。針売りになって女として生き直す。志乃は主家出入りの大工・壮太と再会、志乃は壮太が自分のことを覚えていないと思った。中間時代、壮太の笑顔に癒されていた。
ふたりとも人には言えない身の上、壮太は志乃を襲った盗賊一味。互いに秘密を隠し、家庭を持つ。壮太は訳ありの観音像を志乃に見せる。いっしょになっても、志乃は浅右衛門に危ない仕事を手伝わされ、壮太も盗賊を続けていたが、過去の事件を解決する。子どもが生まれ、観音像に手を合わせ平穏な生活を送る。そこに因縁が蘇る。家族が支え合い、良い方向に持っていこうと懸命に努める。
強奪事件で壮太は刃を交え、志乃が女だと気づいていた。壮太が回想する。
〈肌のきめがなめらかで毅然とした顔つきだった。男でも女でもなく、この世のものとは思えない、肌の内側から発光するように輝いていた。そこに志乃の生き方が現れているような気がしたんだ。(後略)〉
ふたりの秘密は大きすぎるが、誰にも小さな秘密はあるだろう。ふたりはささやかな幸せを大切にしようと前を向く。過去のしがらみさえも受け入れていく。
(平野)