■ 獅子文六 『バナナ』 ちくま文庫 880円+税 2017年刊
『バナナ』は1959年読売新聞に連載、同年単行本中央公論社。
昭和30年代初め東京、横浜。台湾華僑の息子が神戸の叔父からバナナ輸入のライセンスを譲られる。バナナをめぐる大騒動が始まる。
華僑父親は人格鷹揚、食いしん坊、名誉職をいやいや勤めている。母親はいまだに恋に恋してシャンソン歌手に言い寄られる。息子のガールフレンドは歌手志望ながら輸入事業を応援、その父・青果仲買人はバナナ利権がほしくてたまらない。息子は車を買う金がほしいだけで事業を始めるが、意外な金額を手にすると、別の消費欲が出る。他に、ガールフレンドをデビューさせて一発当てたい喫茶店主、息子を罠にはめる悪役華僑。いろいろな欲が絡んで、テンポよく話は進む。青春ドラマであり、家族の物語。
華僑父は台湾生まれなのに、バナナ嫌い。小さい頃バナナでエキリにかかった。日本人のバナナ好きが理解できない。そのバナナに息子がすべってころんで、不正輸入疑惑で逮捕される。父決断。
彼が守りたいのは「個人の和平」。日本に帰化したくないし、大陸側にも台湾側でもない「海の上に浮かんでいる中国人」の立場をとる。息子の時代には国籍などなくしてもらいたいと思う。今は「留置場という不自由な国から、一刻も早く、脱出させなければ」の思い。自分が代わって取り調べを受けるため警察に出向く。妻に差し入れをリクエスト。
〈「今晩は、神田のテンプラ屋の天丼でいいよ。明日の昼は、千葉田に頼んで、洋食にして貰いたいな。ロースト・ビーフの厚切りに、添え野菜を沢山つけてな。カラシも忘れずに……」〉
神戸華僑偉人の話、今はなき名店、健在のお店も紹介。
(平野)睡眠導入読書の河盛好蔵随筆集に「家庭小説としての獅子文学」があった。爽快でリズムのある文章、内容明快、複雑な人間心理や社会機構にメス、会話の名手、洗練された都会文学、美食家などの批評、納得。