2025年2月27日木曜日

星の教室 他

2.24 髙田郁『星の教室』 角川春樹事務所 1600円+税

 著者が小説デビュー以前、漫画原作を土台にした作品。25年ほど前に大阪市立天王寺中学校夜間学級を長期取材した。

 主人公・さやかはレンタルビデオ店アルバイト中、もうすぐ二十歳になる。中学一年生の時、いじめの標的になり不登校、卒業証書を受け取っていない。アルバイト先で履歴書を求められるたびに退職を繰り返してきた。店で「学校」という夜間中学が舞台の映画を訊ねねられて、その存在を知る。意を決して学校の様子を見に行く。

 生徒たちはそれぞれ事情があって学校に行けなかった。学べなかった。それを自己責任と突き放してはならない。学歴だけの問題ではない。無償かどうかでもない。読み書きから始める人がいる。日本語を学ぶ外国生まれの人もいる。学校という場所、先生・級友・家族や周りの人たち、学ぶことの大切さを改めて知る。

 J堂、この本は文芸書で置いてほしい!



 本屋さん、注文していた『石垣りんの手帳 1957から1998年の日記』(katsura books、3600円+税購入。石垣りん(19202004年)、高等小学校卒業後、日本興業銀行に就職。ずっと働きながら詩作。遺言により、原稿など遺品は故郷の静岡県の南伊豆町立図書館に寄贈。「石垣りん文学記念室」が設置されている。本書は詩人が愛用していた手帳(1957、65、68、71~96、98年)を撮影して公開。毎日の日記とメモ、仕事のこと、家族、買い物、金銭出納、詩の仲間のことなど記録。ここからたくさんの詩が生まれた。

 詩仲間では谷川俊太郎と茨木のり子がしばしば登場。なかよしだった。本書に谷川が寄稿する予定だったが、昨年11月谷川逝去。2005年2月7日、石垣の「さよならの会」で谷川が朗読した詩が掲げられている。

「石垣さん」

〈何度も会ったのに/親しい言葉もかけて貰ったのに 石垣さん/私は本当のあなたに会ったことがなかった/きれいな声の やさしい丸顔のあなたが/何かを隠していたとは思わない/あなたは詩では怖いほど正直だったから〉



2.25 こいしゆうか『くらべて、けみして 校閲部の九重さん 2』 

新潮社 1200円+税

 出版社「新頂社」校閲部(新潮社同部がモデル)を舞台にしたコミック。「くじゅう」さん。「校閲」とは、文字の間違いだけではなく、文章の間違いはないか、歴史的事実の誤認はないか、話の前後でつじつまが合うか、時間のズレはないか、他者の引用文は正確に適切に用いられているか、などなど調べて、誤りがあれば編集者・著者に質す。正す、直す。「校」には比べる、考える、正す、の意味がある。「閲」も、考える、けみする=調べる、改める。

(1)では校閲の仕事内容や苦労が描かれた。本書では編集者、著者との軋轢というか、表現の自由とか人権意識の問題に関わる。


2.26 やりたい放題米国大統領。ロシアのウクライナ侵攻は終結するのか。

「朝日新聞」2025.2.26、エマニュエル・トッド(フランスの人類学者・歴史学者)インタビュー「敗北する米国」より。

「私たちは世界史の転換点を迎えています。米国はロシアに対して、非常に屈辱的な敗北を経験しつつあります。(後略)」

 米国主導の経済制裁が失敗し、ロシアが持ちこたえ、同盟国欧州が深く傷ついた。日本はどうなる? 

「屈辱的な経験をする米国は、本来はより大切な存在になるはずの弱いパートナー国に対して、まるでいじめっ子のような態度に出ることが予想されます。(後略)」

(平野)

2025年2月24日月曜日

パンとペンの事件簿

2.22 20数年前に廃業し、亡くなった元町の古書店店主のことを調べたい。古書業界、愛書家にはよく知られた人物で、伝説のようなエピソードを伝え聞く。図書館で当時の新聞を繰るが、関連する記事なし。

 この連休、家人は孫の家。我が家の古ピアノが届く日に合わせて出かけた。ピアノ搬入の動画届く。

2.23 「朝日歌壇」より。

〈カバーより透けて見えにしゆうすげは清らに咲きて歌集の扉 (水戸市)佐藤ひろみ〉

〈直筆の受講ノートを売っていた六十年前の神田の古書肆 (三浦市)秦孝浩〉

〈虫たちの世界は彩(いろ)にあふれいて冬にたのしむ昆虫図鑑 (蓮田市)斎藤哲哉〉

先週も登場した『歌集 ゆふすげ』は美智子上皇后の歌集。岩波書店刊、解説は永田和宏(「朝日歌壇」選者)。

「朝日俳壇」より。

〈ぼろ市にガリ版刷りの句集買ふ (川口市)青柳悠〉

 午前中、図書館。1936年ジャン・コクトー訪日時、インタビューした小松清(神戸出身のフランス文学者)記事探す。それと南京町にあった古書店の店主のこと。

 


 柳広司 『パンとペンの事件簿』 幻冬舎 1600円+税

 1910(明治43)年、社会主義者・堺利彦が開業した「売文社」。シンボルマークはパンにペンを突き刺す。

 同年5社会主義者らが一斉検挙され、翌年1月幸徳秋水ら12名死刑。本書で堺が「大いに逆さまの事件」と批判するごとく、でっちあげの「大逆事件」。堺、大杉栄、荒畑寒村らは別の事件で獄中にあったため命拾いをした。まさしく社会主義者にとっては「弾圧の時代」「冬の時代」。世間では「極悪非道の徒、悪鬼羅刹、天下の大悪人」。堺は彼らの生活のため今でいう出版プロダクション・翻訳会社を始めた。

〈売文社とは、文字どおり「文を売る会社」である。注文があれば何でもござれ。慶弔(けいちょう)文や手紙の代筆。英語、フランス語、ロシア語、ドイツ語などの外国語の翻訳から、談話演説の速記、写字及びタイプライター。出版印刷代理。各種原稿、意見書、報告書、趣意書、広告文、新聞や雑誌の記事の立案添削。その他、懸賞小説や学生の卒業論文代筆代作に至るまで、およそ文章に関する依頼であれば何でも引き受ける。/料金は通常一枚五十銭。これを「ベラボウに安い」という人もあれば「法外に高い」という人もある。もっとも、料金は文章の長さや内容、難易度、時と場合によっては依頼人の懐(ふところ)具合でも応相談。/壁に掲げられたパンとペンが交叉(こうさ)するポンチ絵はペンを以(もつ)てパンを求めるという売文社の方針を示したものである――。〉

堺はじめ皆外国語ができた。特に大杉は「一犯一語」と、入獄のたびに外国語をマスターした。彼らには警察の監視がつく。堺は当局と「売文社は社会主義の普及活動はしない。その代わり、警察は売文社の商売の邪魔はしない」という協定を結んでいた。

 本書は、堺らに助けられた印刷工の少年を語り手にして、売文社に持ち込まれる暗号解読、労働問題、政治家汚職、人身売買など実際の事件・エピソードを推理小説に仕立てる。公金詐欺事件では売文社が文書を代筆したことで罪に問われる。無罪となった堺が少年に語る。「社会主義の本当の担い手は、きみたちだ」。「僕たちがやっているのは本物の社会主義じゃない、所詮はインテリの道楽だ」。

〈「金儲けのためなら平気で人殺しの武器を作り、それを売り、若い人たちを戦場に送って殺し合いをさせて、新たに戦争をはじめることさえあえて辞さない。すべて金儲けが目的だ。何のために働くのか、どうして金を儲けるのか、多くの人が本来の目的を忘れてしまっている。人も物もすべてお金に換算して、その代償のみで価値をはかるのが当たり前の世の中だ。(中略)何もせず、黙っていたら、ひと握りの金持ち連中と権力者にとってますます住みよい世の中になるだけだ。金持ちはより金持ちに、貧乏人はより貧乏に。それが、彼らの望む社会なのだから。そんな社会がいやなら、いやだと言う。押し返す。その実現のために一歩でも努める。それが僕らの社会主義、それが僕らの道楽というわけだ」〉

「売文社」については黒岩比佐子『パンとペン』(講談社、2010年)という労作がある。

(平野)

2025年2月20日木曜日

書庫をあるく

2.18 寒さぶり返す。雪チラチラ。

 買い物して本屋さん。人文コーナーに上がったら、何年ぶりかで担当さんとお話。

『みすず 読書アンケート 2024』(みすず書房)、小佐田定雄監修『桂米朝が遺した宝もの』(淡交社)。

 帰ったら図書館から留守電連絡。別の図書館から取り寄せてもらった本到着。受け取りに1階と3階行ったり来たり、年寄りに階段上り下りはきついのよ。

2.19 坂上友紀『文士が、好きだーっ!!』読了。キャピキャピ云々と紹介したけど、語るべきところは力入っていて、✩★マーク消えている。(!)は少しある。


 

■ 南陀楼綾繁 『書庫をあるく アーカイブの隠れた魅力』 

皓星社 2300円+税

 日本各地の図書館、文学館や資料館の書庫を探検・取材して、「日本の古本屋メールマガジン」に連載中。本書は15館紹介。

《地域の知を育てる》 長野県立図書館、伊那市創造館など公共図書館の郷土資料。

《遺された本を受け継ぐ》 東洋文庫、大宅壮一文庫など専門図書館や個人の蔵書を基にした図書館。

《本を未来へ》 ハンセン病関連施設三館の図書室、新潮社資料室、日本近代文学館。

〈開架の書棚はその図書館のいわばよそ行きの顔であり、本質はむしろ書庫にこそあるのではないか。そう思うようになった。〉

〈最初のうちは館の方の先導に従って、順番に見ていくが、だいたいの構成が判ると、自分が見たい分野の棚へと足を速める。気づいたら、案内者よりも前に立っている。/その館にしかない稀覯本や珍本を見たい一方で、棚の隅っこに差さっているボロボロの単行本や雑誌、パンフレットにもこころ惹かれる。館の方が「なんでそんなものを」と呆れるような本を見つけては、嬉々として写真に撮る。〉

 先人が遺し、戦争・災害を乗り越えてきた本・資料。現代人はそれらを未来につなげていく責任がある。公の力も必要だし、民間・草の根の人たちの努力も欠かせない。

 著者は本好き、本屋好きのライター、「一箱古本市」の創始者、著書多数。ご苦労はおありでしょうが、本書はアリさんが砂糖壺に放り込まれたようなもの。著者の笑顔を想像できる。

(平野)

2025年2月16日日曜日

文士が、好きだーっ!!

2.12 兵庫県朝来市の本屋(古本・新刊)「本は人生のおやつです!!」店主・坂上友紀(さかうえ・ゆき)さん新刊『文士(ぶんし)が、好きだーっ!!』(晶文社)刊行記念トーク、花森書林にて。聞き手は、大阪阿倍野の「古書ますく堂」増田啓子さん。連載から出版への経緯、編集作業の苦労、大好きな文士たちのこと。

 朝日出版社のWebマガジン「あさひてらす」連載に加筆・修正し、書き下ろしも。〈かわいい系文士 ひとりめ井伏鱒二〉、〈かっこいい系文士 芥川龍之介〉、〈ギャップ系文士 堀辰雄〉ら6人をメインにその周辺の文士たちを独自の視線で紹介。

〈「文士」……それは、なんと心ときめく言葉なのでしょうか✩★✩/文士と聞けばもちろんまずは、「物書き」だなと思うでしょうし、あるいは「気難しそう」で「なんか着物」な認識が、漠然ながらもわれらのなかに生じてくるやもしれません。が、その漠然とした「文士のイメージ」に、できればもひとつ、入れ込みタイ!/文士は断然、「かっこいい」!!〉

〈とにかく鱒二はかわいい! 井伏鱒二は、可愛いのだっ!!〉

〈龍之介のどこがかっこいいって、しょうゆ顔系のシュッとした漢字と、整った目鼻立ち、そして和服が似合ういかにも文士然とした佇まい!!〉

 店主の話し言葉に、びっくりした気持ちを表す「!」「!!」「」「」、愛情あふれる表現。キャピキャピの軽い読み物と侮るなかれ。作品やエピソードからそれぞれの性格・人柄や生きざまを熱く語る。註釈や参考文献が充実していて、新たな読書に進むことができる。また、〈やさしい系文士 神西清〉(じんざい・きよし)2章も割いている。他の文士と比べてあまり知られていない人物だが、店主の愛が伝わる。

 でもね、やっぱりヂヂには読みづらい。

 コロナ禍やら、おふたり共店舗移転し、お会いするのは久方ぶり。元気で何より。

 



2.15 図書館にて。「『みなと元町タウンニュース』の連載終わっていたんですね」と言われる。はい、去年4月リニューアルでヂヂイはクビ。

 午後本屋さん。時代小説文庫シリーズベストセラー作家の新刊単行本が文芸棚に見当たらない。今回は現代小説、夜間中学がテーマ。検索機で調べたら児童書コーナーにある。レジで文句言ったら、上からの指示のよう。本部か仕入れ担当か知らないけれど、現場の人は判断できない仕組みらしい。

BIG ISSUE496号、497号。

2.16 10時から 長田区板宿(いたやど)の井戸書店で〈村上しほり講演会〉。昨年末出版の『神戸――戦災と震災』(ちくま新書)の著者。都市史研究者であり神戸市公文書の専門職員。公文書の整理・保存・公開・活用の役割を担う。

「朝日歌壇」より。

〈スーパーの書肆(しょし)の撤退 無くなって初めて分かる大切なもの (観音寺市)篠原俊則〉

〈行きつけの小さな本屋に注文し重版待ちいる歌集『ゆふすげ』 (埼玉県)中里史子〉

〈年ごとに教科書仕入れの数減ると山峡に聞く本屋の嘆き (名古屋市)磯前睦子〉

(平野)

2025年2月11日火曜日

下垣内教授の江戸

2.6 雛人形お出まし。



 買い物帰り、元町商店街で呑み仲間の弁護士さんとセ~ラ編集長に遭遇して、冗談ばっかりの立ち話。

2.8 図書館で海文堂顧客の学校図書館司書さんとばったり。以前は中学・高校担当だったが、現在は系列の大学図書館勤務だそう。しばし思い出話。

 午後買い物、雪が舞う。いつものパン屋さん、馴染みの従業員さんが間もなく異動と聞く。ヂヂの心にも雪がちらほら。

 青山文平 『下垣内(しもごうち)教授の江戸』 講談社 1900円+税

 時代小説と思っていたが、「教授」とあるし、冒頭は昭和5年、新聞記者・守屋の語り。昭和恐慌の真っ只中、守屋は小説家を目指す。会社を辞めるその日に書いた記事は、映画館の男女席撤廃決定と、年始に亡くなった下垣内邦雄に関するもの。下垣内は東京美術学校、帝室博物館で要職を務め、「当代きっての日本美術の目利き」と評された人物。生前、守屋取材時に同郷=武州多摩近郷とわかる。下垣内がかつて美術品を見せてもらったという家は親類だった。そこから下垣内の昔語りが始まる。

「俺は人を斬ろうとしたことがあるんだよ」

下垣内は名主の家に生まれ、10歳から江戸で剣術修行の他、一流の師匠のもとで書、画、聞香(もんこう)、古琴(こきん)、茶などを学んだ。剣術は北辰一刀流中目録免許を授かる。年の離れた兄が名主を継ぎ、農業経営他、絹を商い、農兵隊の指揮もする。幕末動乱の時代、浪人や無宿、博徒らが村を襲う。兄は武州一揆で3人斬ったと告白する。兄はどんな思いで人を斬ったのか、その後の心情は? 斬ったことのない自分は兄に寄り添うしかないと思った。

兄を含め、名主たちは文化に造詣深い。外国人と交易するし、交際もするから攘夷派に狙われる。下垣内は幼なじみに紹介されたフランス商人に西欧流の美術鑑賞の手ほどきを受ける。

兄は名主の地位を捨て、商いの道に進む準備をしていたところ、鉄砲の手入れ中に暴発して急死。兄の思いを理解するべく、自分も人を斬るため旅に出る。不良の徘徊浪人・中里を追う。

 背景に江戸の経済がある。外国との貿易で経済の指標は米からカネに移っている。カネは金持ちに流れ、一揆の一因である。江戸郊外・関東は大名家が少なく、旗本領地にも武士はほとんど派遣されておらず、治安悪化するも、警察力が足りていない。

 さて、下垣内の人斬り旅、結末は?。 


                                                                           

(平野)

 

2025年2月6日木曜日

梅の実るまで

1.30 朝、図書館。寒いけれど、〈KOBEルミナリエ〉と〈南京町 春節祭〉開催で人出多く、元町界隈も賑わう。本屋さんで家人の雑誌。

2.1 古いピアノを孫の家に送る用意。ついでに部屋片付けの指令。

2.2 ひきつづき家の片付け。家人の雑誌とヂヂの不要本数冊を花森書林に持って行く。食パン代になるか?

「朝日俳壇」より。

〈読初(よみぞめ)の張飛遁走(とんそう)するところ (朝倉市)深町明〉

〈書に倦(う)みて枯野(かれの)のこゑを聞きにゆく (柏市)物江里人〉

2.4 ピアノは横浜に出発。到着は少し先らしい。

孫電話。妹、幼稚園から帰ってきて眠そうなのに相手してくれる。姉は習字の表彰状見せてくれる。ヂヂババ、嬉しくてチャンリンチャンリン。



高瀬乃一『梅の実るまで 茅野淳之介幕末日乗』(新潮社、1800円+税)。幕末の江戸。茅野家は小禄の徒目付だった。父が不祥事の責任を問われ切腹。15歳だった淳之介はその場にいて、介錯に失敗している。茅野家は無役となる。それから12年、淳之介は学問の道に生きるべく漢学塾を営んでいる。「学問は己の為にすべきである」が信条だが、塾生たちはすぐに役立つ蘭学や語学塾に移ってしまう。

〈己と異なる意見を受け入れることは難しい。それでも互いを思いやる「仁(じん)」の心があれば、己だけではなく他者も救われる。淳之介はそう解釈し、常に寛容であることを念頭に人と論ずるよう、門下生に伝えてきたつもりだ。〉

淳之介は剣の腕はダメなのに、幼なじみの八丁堀同心・青柳の探索を手伝わされる。尊皇攘夷の浪人とやむなく戦い、殺めてしまう。門弟も巻き込まれ、喜七少年が死亡、外国と商売する松三郎が重傷を負う。探索活動を続け、仇と狙われ、探索を攘夷の仲間と疑われ投獄されるなど時代の波にもまれる。ついには彰義隊にいた青柳の息子を上野の山から助け出す。

時が経ち、明治11年。茅野家、青柳家、門弟らは息災。庭の梅が実を落とす。梅の木は喜七が箒で素振りをしていた場所に植えたもの。家の修理に来た大工の若者・八郎が喜七の弟とわかる。淳之介は懸命に生きてきたであろう遺族の「寛容」の力を思う。

〈学問を生業(なりわい)とし、多くの弟子を持ちながら、いまだ淳之介はその力を得ていない。いや、この先も、自分はきっと欲深さを消し去ることはできないだろう。/だが、それでも学びたいと思う。次の世に新たな種を残すために。正しい事も誤ちも、すべて包み隠さず伝えていくために。〉

 攘夷運動の背景に日本と海外の金銀交換比率の差がある。日本の金銀が流出し、幕府が小判を改鋳したためカネの価値が下がり物価上昇。今読んでいる別の時代小説でも外国貿易による経済活動から富の流出、さらに貧困拡大による一揆や争乱に触れている。

(平野)