2.22 20数年前に廃業し、亡くなった元町の古書店店主のことを調べたい。古書業界、愛書家にはよく知られた人物で、伝説のようなエピソードを伝え聞く。図書館で当時の新聞を繰るが、関連する記事なし。
この連休、家人は孫の家。我が家の古ピアノが届く日に合わせて出かけた。ピアノ搬入の動画届く。
2.23 「朝日歌壇」より。
〈カバーより透けて見えにしゆうすげは清らに咲きて歌集の扉 (水戸市)佐藤ひろみ〉
〈直筆の受講ノートを売っていた六十年前の神田の古書肆 (三浦市)秦孝浩〉
〈虫たちの世界は彩(いろ)にあふれいて冬にたのしむ昆虫図鑑 (蓮田市)斎藤哲哉〉
先週も登場した『歌集 ゆふすげ』は美智子上皇后の歌集。岩波書店刊、解説は永田和宏(「朝日歌壇」選者)。
「朝日俳壇」より。
〈ぼろ市にガリ版刷りの句集買ふ (川口市)青柳悠〉
午前中、図書館。1936年ジャン・コクトー訪日時、インタビューした小松清(神戸出身のフランス文学者)記事探す。それと南京町にあった古書店の店主のこと。
柳広司 『パンとペンの事件簿』 幻冬舎 1600円+税
1910(明治43)年、社会主義者・堺利彦が開業した「売文社」。シンボルマークはパンにペンを突き刺す。
同年5月社会主義者らが一斉検挙され、翌年1月幸徳秋水ら12名死刑。本書で堺が「大いに逆さまの事件」と批判するごとく、でっちあげの「大逆事件」。堺、大杉栄、荒畑寒村らは別の事件で獄中にあったため命拾いをした。まさしく社会主義者にとっては「弾圧の時代」「冬の時代」。世間では「極悪非道の徒、悪鬼羅刹、天下の大悪人」。堺は彼らの生活のため今でいう出版プロダクション・翻訳会社を始めた。
〈売文社とは、文字どおり「文を売る会社」である。注文があれば何でもござれ。慶弔(けいちょう)文や手紙の代筆。英語、フランス語、ロシア語、ドイツ語などの外国語の翻訳から、談話演説の速記、写字及びタイプライター。出版印刷代理。各種原稿、意見書、報告書、趣意書、広告文、新聞や雑誌の記事の立案添削。その他、懸賞小説や学生の卒業論文代筆代作に至るまで、およそ文章に関する依頼であれば何でも引き受ける。/料金は通常一枚五十銭。これを「ベラボウに安い」という人もあれば「法外に高い」という人もある。もっとも、料金は文章の長さや内容、難易度、時と場合によっては依頼人の懐(ふところ)具合でも応相談。/壁に掲げられたパンとペンが交叉(こうさ)するポンチ絵は“ペンを以(もつ)てパンを求める”という売文社の方針を示したものである――。〉
堺はじめ皆外国語ができた。特に大杉は「一犯一語」と、入獄のたびに外国語をマスターした。彼らには警察の監視がつく。堺は当局と「売文社は社会主義の普及活動はしない。その代わり、警察は売文社の商売の邪魔はしない」という協定を結んでいた。
本書は、堺らに助けられた印刷工の少年を語り手にして、売文社に持ち込まれる暗号解読、労働問題、政治家汚職、人身売買など実際の事件・エピソードを推理小説に仕立てる。公金詐欺事件では売文社が文書を代筆したことで罪に問われる。無罪となった堺が少年に語る。「社会主義の本当の担い手は、きみたちだ」。「僕たちがやっているのは本物の社会主義じゃない、所詮はインテリの道楽だ」。
〈「金儲けのためなら平気で人殺しの武器を作り、それを売り、若い人たちを戦場に送って殺し合いをさせて、新たに戦争をはじめることさえあえて辞さない。すべて金儲けが目的だ。何のために働くのか、どうして金を儲けるのか、多くの人が本来の目的を忘れてしまっている。人も物もすべてお金に換算して、その代償のみで価値をはかるのが当たり前の世の中だ。(中略)何もせず、黙っていたら、ひと握りの金持ち連中と権力者にとってますます住みよい世の中になるだけだ。金持ちはより金持ちに、貧乏人はより貧乏に。それが、彼らの望む社会なのだから。そんな社会がいやなら、いやだと言う。押し返す。その実現のために一歩でも努める。それが僕らの社会主義、それが僕らの道楽というわけだ」〉
「売文社」については黒岩比佐子『パンとペン』(講談社、2010年)という労作がある。
(平野)