3.2 「戦争反対」発言を鼻で笑い、罵倒する。大国指導者が国際法や国連憲章を無視しても、やった者勝ちの国際政治。理想、批判は許されなくなってきた。
3.3 雨風に負けず、ヂヂイ朝一で映画「木挽町のあだ討ち」。小説と映画は別のもの。それぞれ楽しめる。
バスで神戸文学館、島京子生誕100年記念展示。「渇不飲盗泉水 作家島京子という生き方」。「渇不飲盗泉水」は島の作品、1965年第54回芥川賞候補作。
堀江敏幸 『二月のつぎに七月が』 講談社 4300円+税
2017年から2024年「群像」連載の小説、700ページ超の大作。1970年代初めだろう、東京近郊の青果市場の食堂「いちば食堂」を舞台に、市場関係者や出入りの業者、近所の住民たち、高校生がそれぞれの日常や地域の出来事を語り合う。三人称文体だが、登場人物の発言や思いが「 」ではなく地の文で語られる。中心は食堂の料理人・笛田さん、ホール担当の丕出子(ひでこ)さん、お客の阿見さん。食堂の二人は前職で嫌なことがあって、ここで働く。市場の食堂だから繁忙時間はごったがえすだろうが、阿見さんはじめ常連客はその後の一段落した時間にやって来る。笛田さんは決まったメニュー以外にも工夫をして料理を出す。丕出子さんはお客の会話に立ち入らず給仕をし、さりげなく聞いている。
市場関係者は市場の歴史や敷地の不動産問題、季節のイベントなど。トラック運転手コンビの漫才みたいな会話。タクシー運転手は家庭のことをぼやく。市場の経営者は笛田さんと高校の同級生で、厄介な話や結婚問題。丕出子さんがお客たちの会話を笛田さんに伝えたり、笛田さんが市場の問題を丕出子さんに話したり。丕出子さんは家で父に食堂の話をする。父は高校野球のファン。新聞記事をスクラップしていて、人生論を野球にたとえたり(「渾身の棒球」や逆転のドラマ)、時々の話題も野球に関連付けて解説する(バナナの話から初の沖縄県代表校のことに)。
阿見さんが主役と言っていいだろう。無職、家族なし、年中古いコートで、世捨て人の雰囲気。毎日のように決まった時間に食堂に来て、カレーライスとコーヒー。必要なことだけ声を発し、読書とメモ。繰り返し読んでいるのは、戦場で病死した父親の遺品である文庫本8冊、自分のメモも読み返す。戦場で父はなぜこの本を読んでいたのか、父の書き込みや傍線を頼りに読んでいく。本の記述と今自分が考えていること――育ててくれた叔父のこと、学生時代の珠算塾手伝いとその家族とのこと、仕事時代(先物取引の会社)のこと、体調不良のこと――がつながる。本は、アンリ・フレデリック・アミエル『アミエルの日記』(全八冊、河野與一訳、岩波文庫、1935~1941年)、19世紀スイスの哲学者の30年にわたる日記。
〈……読めば読むほど、なんとなく考えながら書きためただけの断片というこの体裁にこそ、つまり当人が忸怩たる想いを抱きながらもそこに止まろうとする安楽さから逃れられずにいる状態にこそ、心の芯があらわれでているのだ、とあらためて思い知った。〉
〈……このひとは終生ためらいつづけたのだ。日々の内面の記録に根を詰めすぎて、自然や風物との距離をはかり、その隙間に流れるものが熟成し、養分となるのを待てなくなったのである。父が戦地に持っていった文庫のなかに父はいない。母もいない。そして、書いた当人もいない。本は本という物質としてのみある。そこには考えに考え抜いた、手に触れることのできない澄んだ意識だけで自分を成り立たせようとして吐き出した抜け殻が積み重なっている。にもかかわらず、この残骸を、阿見さんは心から愛おしく感じる。彼はきっと、一種の麻痺状態のなかで言葉を凝視しつづけたのだろう。自分が記しているものに大きな価値があり、後世に残るなどとは少しも考えないで、もしくは考えていないと思いなすことでしか書きつづけられなかったのだろう。大きな墓を建てるように、彼はノートを重ねていった。若くして老い、老いてなお深く老いる、どんなに過去を掘り下げても、忘却の力に負けて消えていく。〉
阿見さんの本とメモ、丕出子父のスクラップ、食堂の人たちの話、それぞれが語ること、すべてが「世の中の大きな記憶の欠落と、先人が支えてきた記憶の柱の倒壊を防ごうとする突っかい棒」。
書名のこと。花見シーズンが終わって汗ばむ時期、阿見さんはアミエルの日記に、
「信じられないほど澄んだ輝きのある暑い天気が続く。夜の十時に開けひろげた窓際でシャツのまゝ書いている。二月の次に七月が来たのだ。……昼は鳥の声、夜は星で充たされてゐる。自然は上機嫌になつてその好意は光輝を帯びてゐる」
とあるのを見つける。
〈……ついこのあいだまで身体をいかに冷やさないかに注意する日々だったのに、花を散らせた星の運行はあたらしい季節に向けて動きはじめている。なるほど、三月、四月、五月、六月をひと息に駆け抜け、二月のつぎに七月がきたに等しい気温の変化だった。季節はいつもこんなふうに時間の飛び領土をつくっては、あとからそこに立ち返るような動きを繰り返しながら前に進む。(後略)〉
未来は予測不可能、現在は揺らいでいる、確かなのは過去だが、これも歪める輩がいる。過去を振り返り確かめ、記憶を継承することが大切。
帯に、「停泊地となる居場所を見つけること。老いの過程を肯うこと。戦争の記憶を引き継ぐこと」とある。
(平野)