■ 瀬戸内寂聴 『諧調は偽りなり 伊藤野枝と大杉栄 上・下』
岩波現代文庫 各980円+税
『文藝春秋』に1981年1月号から83年8月号まで連載、84年同社から単行本、87年同社文庫。
『美は乱調にあり』は大杉をめぐる妻、恋人、そして野枝の恋愛関係がこじれて、恋人神近が大杉を刺すという事件でいったん終わった。本書はその続編だが、執筆再開まで15年かかっている。寂聴は資料を集め続けていたし、調べるだけ調べていた。野枝、大杉、甥の三人が殺されるところまで書くつもりだった。しかし、連載中から殺害実行者の甘粕正彦憲兵大尉について「善人説」が数多く寄せられ、彼の実像をつかみきれなくなった。
寂聴は、別の小説のモデルにした料亭の女将と、その作品舞台化で女将の役をする女優から思いがけなく甘粕との関わりを聞いた。女将は甘粕の恋文を所有している。彼が軍の命令で殺したことを直接聞いていた。女優は満洲脱出の際、甘粕から別れにプレゼントをもらうが、宝石と思っていたら、青酸カリだった。甘粕は翌日自決した。死に方、自殺の方法についても諸説ある。
《様々な伝説が死にまつわる程、甘粕という人間は多角面を持った複雑な人物であったのかもしれない。
その上、甘粕たちの供述だけで、大杉たちの虐殺の模様も、真相は曖昧なままだったのが、当時の死体を検死した医師の診断書なるものが、半世紀ぶりにあらわれるという事件もおこっていた。私は、もう、「美は乱調にあり」の後編を書くべき時が熟したのだと思った。》
神近の服役とその後、辻潤の放浪、有島武郎心中事件、大杉日本脱出、権力による主義者弾圧、虐殺とその真相を書く。理想に燃え、権力に歯向かい、熱く生きた人物たち。
御年95歳の寂聴は青少年に向かって「青春は恋と革命だ!」とアジる。政治の話をして最後に「恋をせよ」と訴える。寂聴と栗原康(『村に火をつけ、白痴になれ 伊藤野枝伝』の著者)の対談収録。
(平野)