角川春樹事務所 ハルキ文庫 600円+税
髙田郁作家生活10周年記念作品。大ヒット作「みをつくし料理帖」完結から4年、主人公はじめ登場人物たちの《その後》4篇。情けと縁、精進、それに食が人を幸せにする。
花だより――愛しの浅蜊佃煮
涼風あり――その名は岡太夫
秋燕――明日の唐汁
月の船を漕ぐ――病知らず
物語も4年後。澪は大坂に戻り、料理屋を開いて繁盛。夫・源斉は診療所をかまえ、医学塾で教鞭を取る。澪の幼馴染み・野江も大坂で生家淡路屋を再興。江戸で澪を支えた人たちは彼女を懐かしみつつ、それぞれ新しい日々をおくっている。
澪にはいつも災厄が訪れる。今回は疫病で夫が忙殺される。患者を救えなかったことで心身ともに疲弊、食事も喉を通らない。暗い闇の海で船を漕ぐ夢ばかり見る、と告白する。さらに店の大家がその病で亡くなり、遺族に立ち退きを求められる。まさに「闇の海を行く船」が「絶望の淵をただ廻るばかり」のようだが、澪はへこたれない。どんな苦労があっても、食の道に精進する。夫や友がそばにいて、親しい人々やお客の応援がある。きっかけは義母の手紙、味噌作り。
源斉は澪の手料理で快復。次世代に繋げられるような努力をすると、気持ちを新たにする。
〈丸みを帯びた月は船にも似て、少しずつ位置をずらす。煌々と輝く月に負けて、星影は目立たない。/源斉先生、と澪は夫を呼んだ。/「先生が夢の中で漕いでおられたのは、きっと新月の船です」/新月は自ら輝くことなく、ただひとり夜を行く。闇の海を漕ぎ進めば、月の船は暁に出会う。絶望の淵を抜けて、朝の光の海へ。〉
澪も新しい店を開くことができ、料理人として再スタートする。
〈澪の人生を「雲外蒼天」だと予言した易者の声を思い出す。/これから先も、艱難辛苦に遭い、厚い雲に行く手を阻まれることがあるかも知れない。それでも、顔を上げ、精進を重ねて行こう。自身にそう誓って、澪は空色の暖簾を掲げた。〉
(平野)版元WEBサイトに、著者サイン会予定なしとあった。毎回全国を飛び回るのに、心配していた。本書《作者より御礼》に「思いきって眼の手術に踏み切る」とある。どうかご養生なさってください。