9.27 新聞訃報、元西鉄ライオンズの投手、池永正明。高校野球、甲子園での活躍は印象強い。下関商業ユニホーム胸の「S」マークがシンプルでかっこよかった。確かスライディングで左肩を負傷して、三角巾で腕をつって投球した。パ・リーグはテレビ放送なかったからオールスター戦でしか見ていない。1970年八百長疑惑事件で球界を追われた。2005年に解除されたが、気の毒だった。
9.28 また新聞訃報、ノンフィクション作家・佐野眞一。海文堂に何度も来てくださった。週刊誌連載での差別表現事件が悔やまれる。
元首相国葬。テレビ長時間報道。慰霊は死者のため、生きている者のため。政治的利用は死者にも生者にも不幸なこと。
9.30 海文堂書店閉店から丸9年。ご近所のお店もずいぶん顔ぶれが変わった。
良い天気。労働も気分良くはかどる?
孫写真、姉妹並んで仁王立ち。正義の味方!
10.1 訃報、六代目三遊亭円楽。落語家さんの72歳は若い。
図書館で「西村旅館」資料探し。大正13年「神戸新聞」に元従業員「港の街の名物男『峰さん』」の思い出話発見。
夕刻テレビでアントニオ猪木死去ニュース。「猪木ボンバイエ」が鳴り響く。
10.2 新聞訃報、武村正義死去。
「朝日歌壇」より。
〈編むという動詞の主語になれた日の九月の風は光をまとう (奈良市)山添聖子〉
〈ウクライナの翻訳家いふロシア兵に読ませたい本「ビルマの竪琴」 (船橋市)大内はる代〉
〈「若菜集」に初めて会いし青春の杜の都の高山書店 (仙台市)沼沢修〉
今日は2階の本棚移動。家人の指示に従うのみ。子どもたちの不要品もゴミに捨てる。
「西村旅館」横道その2、創業者・西村絹の本家筋「西村履三郎」のこと。1837(天保8)年「大塩平八郎の乱」に加わる。当時絹は12歳。
■ 森鷗外 『大塩平八郎 他三篇』 岩波文庫 740円+税
「大塩平八郎」乱当日と後の関係者処罰のこと。初出は「中央公論」1914(大正3)年1月号。
本書では「西村履三郎」は「西村利三郎」と表記。注解(藤田覚)に「田畑百七十石所持の河内きっての豪農」とある。10歳頃に大塩の洗心洞に入塾。「乱」後、逃走。伊勢、仙台を経て江戸に潜入するが病死。
翌年の裁決は大塩ら10名磔刑、11名獄門、3名死罪、他追放。大塩はじめ捕縛前・執行前に自死した者、牢死した者(当時は牢屋でほとんど死ぬ)の死体(塩漬け保存)も磔柱、獄門台に晒された。
利三郎は既に埋葬され死体は腐乱していたため、墓が壊された。処罰は家族に及び、家財没収、家名断絶、長男と次男は遠島、逃亡を助けた義兄と僧も追放の刑。
(平野)