2025年5月8日木曜日

立ち読みの歴史

5.4 買い物がてら〈親子で楽しむ落語会〉(こうべまちづくり会館)観覧。桂惣兵衛「手水廻し」、笑福亭笑利は紙切り芸と「味噌豆」。「親子で~」なのに老夫婦、しかも無料。申し訳ないけれど、たくさん笑う。

5.7 「波」2025.5月号(新潮社)。[新発見 遠藤周作未発表作品]あり、[阿刀田高ミニシアター完成記念特集]で太宰治、カフカ、坂口安吾の掌篇小説あり。ヂヂイが面白く読んだのは、吉川潮「退屈指南 色川武大先生のこと」。吉川は「師匠」と仰ぐ色川武大(19291989年)の命日410日に毎年墓参りをする。思い出の一駒、色川と寄席を一緒に見て、

……「順子・ひろしと川柳師匠以外にはたいして面白い芸人が出ていなかったので、退屈しませんでしたか」と尋ねたら、先生はこともなげに言った。/「寄席はね、退屈を楽しむところなんだよ」〉

 色川は「退屈を楽しむにはもってこいの寄席が名古屋にある」と吉川を連れて行く。吉川が知っている出演者は一組もいないし、漫才は笑えない、曲芸は失敗して謝ってばかり、「とにかく、退屈極まりない」。色川は微笑みながら見ていたが、そのうち目を閉じた。帰りの新幹線車内で色川が「退屈指南」。吉川は色川の芸人たちに対する思いを想像する。

吉川(1948年生)が退屈を楽しめるようになったのは古希をすぎた頃から。



5.8 近所のご婦人が敷地内を掃除中に自転車が突っ込んできて大怪我、救急搬送。お気の毒。

 

 小林昌樹 『立ち読みの歴史』 ハヤカワ新書 1200円+税



 著者は国立国会図書館レファレンス業務を経て、書誌学・出版史を研究する近代出版研究所所長。著書に『調べる技術』(皓星社)など。

 本屋さんに入ると、大勢の人が本を選んでいる。探している。調べている。熱心に読んでいる人もいれば、ただパラパラめくっているだけの人もいる。いわゆる「立ち読み」。本屋側から言えば「タダ読み」、買うかどうか不明。お客から言えば、必要なことが書いてあるのか、買うかどうか、お金を払う値打ちがあるか吟味している。

江戸時代の本屋では「座売り」、お客は目的の本は蔵から出してもらう。お客が自由に本を探して選べるようになったのはいつごろのことか。「立ち読み」という行為は可能だったのか。

〈立ち読みの歴史を語る上で最大の問題は、いつ頃、どのようにしてこの習慣が始まったのか、ということがわからないことである。この問題を明らかにするためには、今現在に残されている資料(証拠)から、仮説と検証を繰り返して探っていくことになる。〉

 立ち読みは黙読、江戸時代は音読が当たり前。庶民も多くは読み書きができたが農村ではまだ。本屋の販売方式座売りで、そもそも和装本は本棚の陳列されることを考えて作られていない。

〈「立ち読みの歴史」を考えることは、現代の私たちにとっては当たり前の「本」や「読書環境」のあり方が、いかにして誕生したのかを問うていくことにもなるのだ。〉

 海外の本屋に「立ち読み」はないは事実か。「立ち読み」と「万引き」。江戸の「絵草紙屋」、本屋ではない「雑誌屋」。立ち見、冷やかし、タダ見の違いは。

書き手や版元、書店など「作る側」「売る側」の歴史を語るとともに、「立ち読み」という行為から「読む側」の歴史を繙く。読書の歴史、読者の歴史。

(平野)ヂヂイが最初に勤めた本屋はデパート内。マンガコーナーを設置して「立ち読み歓迎」。出版社は、いくらでも配本するからどんどん読ませてあげて、と全面協力。デパートは話題になるし、人が集まる。子どもたちは喜ぶ、親はゆっくり買い物できる。みんなハッピー、のはず。子どもたちは全員フロアに坐ってしまい、通路も占領。近隣売り場にも入る。満員だから本を元の場所に戻せない。担当者は毎日整理整頓がたいへん。本は汚れてコテコテ。買うお客さんは棚にたどり着けない。売り上げは大きなものではなかった。

2025年5月3日土曜日

美しい人

 4.26 神戸華僑歴史博物館で貴重な資料を見せていただく。関係者皆さんのご配慮ありがたいこと。

4.27 「朝日歌壇」「朝日俳壇」より。

〈本を読みネットを開き旅をする知る喜びのなかで老いたし (大田市)安立聖〉

〈短編の起承転結春の昼 (所沢市)高橋裕見子〉

 アリス福岡から年一度仕事で来神する岩さんとの飲み会案内メール。アリスは虎トラ快調でご機嫌の様子。

 花壇のさくらんぼ、ここ数年は収穫前に雨で落ちたり、野鳥に食べられたりで、ほとんど口に入らなかった。今年も鳥は来ているようだが、実はたくさん残った。ご近所さんに少しずつ配る。

4.29 家人は実家墓参を兼ねて親戚の集まり。ヂヂイ留守番、食事番。

5.3 黄金週間、ヂヂイの用事は飯炊きのみ。

 佐久間文子 『美しい人 佐多稲子の昭和』 芸術新聞社 

3000円+税



 芸術新聞社Webサイト連載した作家評伝に加筆、修正。2024年は佐多稲子(19041998年)生誕120周年にあたる。佐久間は『キャラメル工場から 佐多稲子傑作短篇集』(ちくま文庫)も編集。

〈本や雑誌に掲載された佐多稲子の写真を見ると、その美しさはきわだっている。/どの年齢の彼女も美しいが、眉のあたりに煙るような憂いをたたえた若いときの美貌と、老年の、眼鏡をかけて、きりっと口を結んだ凛とした美しさには、別人と言っていいほどの隔たりがある。この変貌を遂げるまでにいったい何があったのだろう。〉

 実母の死、家計のため小学校退学、工場や料亭勤め、丸善の女子店員、結婚と破綻、自殺未遂、心中未遂、出産、離婚、党活動。堀辰雄、中野重治、窪川鶴次郎らに応援されて作家デビュー。窪川と再婚するも、彼は浮気を重ね、稲子と親しい作家とも関係する。戦時下、「プロレタリア文学」作家たちは逮捕される者もあり、活動を制限される。人気作家の稲子は戦争中何度も従軍。戦後そのことで仲間から戦争責任を追及された。党から除名された。

〈一度や二度の挫折ではない。何度も何度もつまずき転んで、そのつど立ち上がり、顔を上げて曲がりくねった道を再び歩き出した。転ぶたびに内省を深めて歩幅を確かめ、自分の傷を核にして作品にふくらませていった。〉

 稲子の作家生活は65年に及ぶ。佐久間は稲子を「自分で自分の顔をつくりあげていった人」と語る。

(平野)

2025年4月26日土曜日

文品

 4.20 「朝日歌壇」「朝日俳壇」より。

〈もう一度「鬼の研究」読みたくて図書館の本予約して待つ (船橋市)大内はる代〉

〈読み返す「鬼の研究」朧(おぼろ)の夜 (名古屋市)山田邦博〉

「鬼の研究」は3月をもって「朝日歌壇」選者を退任した歌人・馬場あき子の本。

 買い物の無人レジやらスマホやらヂヂイの操作機械は拒む (神戸市)よおまる

4.21 拙著出版予定を知る人たちが応援の言葉をくださる。ありがとさん。でもね、まだまだ直しが必要、図書館調べやら関係先に問い合わせ。お世話をかける。

4.23 地元編集さんから須磨区にあった本屋さんについて質問あり。ヂヂイ分からず、元経営者Kさんに面識あるものの、連絡先も知らず。遠方にいる書店員先輩に教えてもらって、直接お話を聞くことができた。人の縁は大事。

4.25 『近代出版研究 第4号』〈特集 書物百般・紀田順一郎の世界〉(近代出版研究所発行、皓星社)を読んでいる途中。出版・書籍全般に詳しい評論家、愛書家、作家、翻訳家、近代史に映画に日本語研究……、武芸百般ならぬ「書物百般」の人物。その紀田(1935年生まれ)の卒寿を記念する特集。荒俣宏の35千字寄稿はじめ多彩な執筆陣、60余名のアンケート回答など大特集。他に「片山杜秀ロングインタビュー」も。個人的には、神保町のオタ「夜の蔵書家が狙う発禁雑誌」がうれしい。昭和初めの雑誌『夜の神戸』を発掘、紹介する



 

 後藤正治 『文(ぶんぴん) 藤沢周平への旅』 中央公論新社 

2400円+税



 時代小説・歴史小説の作家、藤沢周平(19271997年)の生涯をたどりながら、年代順に作品鑑賞をする。装幀・間村俊一。

……作家として藤沢が出発して以降、転機、展開、成熟、深化、練達、枯淡……へと流れ進んできた歳月を、私の好みの作品を解析しつつ辿ってみたものである。〉

 藤沢の言。

〈作家にとって、人間は善と悪、高貴と下劣、美と醜をあわせもつ小箱である。崇高な人格に敬意を惜しむものではないが、下劣で好色な人格の中にも、人間のはかり知れないひろがりと深淵をみようとする。小説を書くということは、この小箱の鍵をあけて、人間存在という一個の闇、矛盾のかたまりを手探りする作業にほかならない。/それが世のため人のために何か役立つかといえば、多分何の役にも立たないだろう。小説を読んでも、腹が満たされるわけでもないし、明日の暮らしがよくなるわけでもない。つまりは無用の仕事である。ただやむにやまれぬものがあって書く。まことに文学というものは魔であり、作家とは魔に憑(つ)かれた人種というしかない。そして、それだけの存在に過ぎないのだ。〉

「人品骨柄」という言葉がある。行動や言動だけではなく、文章にも書く人の品性が現れる。作品、文章には藤沢の生活体験、家族・故郷への思いが込められている。戦争、敗戦、闘病、働きながら執筆、妻の死……、挫折しても、失意の底にあっても、健気に懸命に生きてきた。同じ立場の人たちに優しい眼差しを向ける。

〈藤沢は、時代(歴史)小説を舞台に、人の世に存(あ)り続けるものを主題とした作品を書いたが、〈品性〉に欠く者を主人公にはしなかった。私にとって人・藤沢周平とその作品は、長く、何ものかであり続けてきた。〉

(平野)

2025年4月19日土曜日

古本屋の誕生

4.14 「現代詩手帖」4月号特集〈モダニズム詩再考〉。季村敏夫・高木彬編『一九二〇年代モダニズム詩集――稲垣足穂と竹中郁その周辺』(思潮社、2022年)は著名な稲垣・竹中周辺の多彩な詩人たちを取り上げている。その編者二人の対談(202412.21 神戸文学館)他、大正から昭和初期の詩人たちを取り上げる。



4.16 家人が買い物ついでにBIG ISSUE500号、501を買ってくれる。ヂヂイが元町駅を通る時には販売員さんに会えない。

4.17 ギャラリー島田DM作業お手伝い、ヂヂイにとってはボケ進行減速リハビリ。島田社長の孫ちゃん(昨年12月誕生)と初対面、抱っこさせてもらう。愛想よくて笑ってくれてヂヂイは幸せ。個展開催中の画家さんは拙著で触れる元町の喫茶店と深い縁のある方と知る。帰りに本屋さん寄って、『近代出版研究 第4号』(近代出版研究所発行、皓星社)〈書物百般・紀田順一郎の世界〉

 

 鹿島茂 『古本屋の誕生 東京古書店史』 草思社 2200円+税


 フランス文学の先生。文化・風俗、古書蒐集、評論と守備広範囲。書評アーカイブ主宰、共同書店開業、古書店研究など出版業界にも貢献。

「本屋はなぜ新刊本屋と古本屋に分かれたのか」の疑問から始まって、出版、写本、印刷など本の歴史から、出版ビジネスの歴史にも話が及ぶ。歴史資料に残る最古の書物売買と移動に関する証言は平安時代の書家・藤原行成の書状。経師(きょうじ、写経に従事する者)の妻が不要になった手本や古書を売りに来た、とある。17世紀初めポルトガル人宣教師が著した『日葡辞書』には「経師屋」の項目に「経開き、拵へ、綴づる家。印刷所または本屋」と記されている。鹿島は「経師が広い意味での本屋の起源であることを示している」と。

出版、取次、新刊販売、古本販売という業態の発生、成立から現在の古書店業界にいたるまでを詳細に解説する。そして、古書業界の未来を考える。

 神田神保町の古書店街は世界的な遺産と言ってよい。この街が永続していくためには、「超専門性と超大型性という二つの方向性を失わないようにすることが肝要」。そのためにはどうすればよいか。鹿島は二つ提案する。これは本書を読んでちょうだい。

そのうえで最終結論。神田神保町の古書店街を守る「究極のパワー」は「神田神保町の古書店主であることの誇りなのであり、それ以外にはありえない」。

(平野)

2025年4月15日火曜日

墳墓記

4.9 勤務先事務所に留守電録音。携帯電話会社から電話使えなくなるという音声あり、連絡するよう誘導する。テレビの情報番組で取り上げていた詐欺。先日は自宅に健康保険医療費還付の電話あり。警視庁を名乗るのもあった。メールもたくさん届く。クレジット会社、金融、宅配、通販……。詐欺の罠が日本中、世界中にばらまかれている。気をつけましょう。

4.11 相変わらず留守電録音。今日のは総務省を名乗る。

4.12 家人と〈パウル・クレー展〉(兵庫県立美術館)。館内ほとんどの作品が写真撮影可となっていて、あっちでもこっちでもパシャパシャカシャカシャ。カップルがそれぞれ撮影していたりして、うるさい、邪魔。図録とかポストカード買えば~。「撮影可」のサービスいらない。

 帰りに〈ワールドエンズ・ガーデン〉に寄って、拙著案内チラシ手渡す。

4.13 「朝日俳壇」より。

〈花冷えや本屋の消えた文化都市 (三郷市)木村義熙〉

2025年日本国際博覧会 大阪・関西万博 2025」開幕日。お天気悪くて観覧者お気の毒。在阪放送局はおべんちゃら報道しているけど、関係者は盛り上がっているのかな? ヂヂイはめんどくさいので行かない。

 

 髙村薫 『墳墓記』 新潮社 1900円+税



 意識不明、重態の「男」が仮死状態のなかで考える、夢を見ている。名は不明。素性がだんだん明らかになる。能楽師の家に生まれたが、小学生の時、祖父が狂気から面をつけ能衣装のまま自死する。粗暴な父を嫌い、能楽師にならず、法廷速記者として長く働く。娘は飛び降り自殺。「男」は古稀を期に家族親族友人知人一切と縁を切り出奔。数年経ち自身も自殺を図り、いま生死の境にいる。

「男」の脳内に浮かぶのは幼少期から親しんだ古典文学。記紀万葉はじめ、歴史書、和歌、物語の数々、能、猿楽。日本文学史に表現された生と死の世界をさまよう。かつて見た映画や舞踏、それに音楽、家族との生活を思い出す。

能楽から逃走した「男」は改めて祖父と父の芸能を理解する。「男」にはもう身体感覚はない。意識だけの夢幻の世界にいる。祖父と父が演じる死者と生者、亡霊、鬼。その墳墓の舞台を見つめている。

(平野)

2025年4月8日火曜日

断腸亭日乗(三)

4.2 花冷え長引く。ヂヂイは原稿最終直し大詰めで図書館通い。目当ての資料以外にも目が行く。詩の雑誌に神戸の詩人対談あり、しばし閲覧。これは買って読まねば。

 買い物から帰ったら郵便着。

「NR出版会新刊重版情報 595号」、連載企画「本を届ける仕事」は、熊本市・長崎書店の児玉真也さん、〈これからも、地域の本屋であれるよう〉。

蔦屋書店のキタさんから郵便届く。                       「BFC BOOK FAIR CHAMPIONSHIP」(書店員がフェアの腕を競い合う王座)の公式マガジン。彼が企画し創設。出版業界、印刷会社、紙商社、の協賛、個人・他業種からクラウドファンディング支援を得、さらにプロレス団体も参加。この3月初代チャンピョンが決定した。企画から王座決定までのイベント、舞台裏の活動など記録とその後を報告する。

https://book-fair-championship.com/

 初代チャンピョンは久保田理恵さん(MARUZEN&ジュンク堂書店新静岡店)。

〈新社会人応援フェア Working girl Routine #本庄静子の一日〉。新社会人・本庄静子(架空の人物)を設定。一人暮らし、仕事の悩み、美容、趣味など彼女の新生活を応援する。

2回防衛戦が組まれる。

キタさん、仕事多忙のうえに次々と大きな企画を実行する。それも自分の店・会社だけではなく出版業界全体を見据えたもの。



4.5 朝、版元と本の打ち合わせ。いつもはメールで間違いを叱られるが、今日は顔を合わせて。まさに面罵!

4.6 本で取り上げる〈三菱・川崎労働争議〉の写真。古本屋店主の祖父にあたる方が写っていて、お話を聴く。約束するのに、週末の昼間は野球観戦ゆえ午前中になる。トラキチだった。

 会談すんで、近所の友人夫婦=同級生を訪ねる。話の中身は持病に家族関係の︎ホニャララ。

4.8 久々の臨時出勤。桜舞い散るなか、小学生たち登校時間。

 

 永井荷風 『断腸亭日乗(三)昭和四七年』 岩波文庫

中島国彦・多田蔵人校注  1150円+税



 不況、戦争の足音、政治家や経済人に対するテロなど社会不安。東京の賑わいは郡部に向けて膨張していく。この頃、荷風は軍が中国に侵略することを憂う一方で、要人テロには理解を示す。のちの軍国主義批判に至るまでの気持ちの揺れ。

繁華街で友と歓談し、街の風俗の変化を感じ取る。郊外を散歩しては古い町並みや古社寺の跡を懐かしむ。私生活では愛人が病み、別れを決意するが、愛情も残る。

(平野)

 

2025年4月1日火曜日

ウスバカ談議

3.25 家人と京都大谷本廟墓参り。平日朝、通勤ラッシュ終了して電車楽チン。春休みだし、観光客はたくさん。

花粉舞い黄砂たなびく墓参り  よおまる

3.27 福岡アリスメール、早速拙著予約してくれた由。

3.30 「朝日歌壇」より。

〈図書館に陽がさして来てしずかなり受験シーズン終わりし日曜 (橋本市)秋月晶江〉

 拙著に掲載する写真の人物の名前不明。ずーっと前のミニコミ誌「ほんまに」古本屋店主さんの寄稿を思い出し、ご教示願う。感謝いたします。

 図書館で知人に遭遇、立ち話。お子さんご一緒、ヂヂイはしゃぐ。

 

 梅崎春生 『ウスバカ談義』 解説・荻原魚雷 ちくま文庫 

1000円+税



梅崎生誕110年、没後60年。第一次戦後派の作家、戦争小説で知られる。ユーモア小説もあり、本書はその短編集。画家で定時制学校の教師・山名が小説家の家に出入りしていろいろ世話を焼き、雑用を引き受ける。小説家と奇妙珍妙な会話、やりとりを繰り返す。

表題作は、駅でのサラリーマンの口喧嘩。足を踏んだ、踏まれたから、「大バカ野郎」「ウスバカ野郎」と応酬。「ウスバカ野郎」と呼ばれた方が激昂し、鞄を捨て相手の胸ぐらをつかむ。

「すると相手も怒って取組合いになるのかと思ったら、意外にもしゅんとなって、うん、なるほどウスバカは言い過ぎだった、取消そう、と言ったもんですからね、いきり立った男も気を抜かれたらしく、相手の胸ぐらから手を離し鞄を拾い上げ、これから言葉に注意せよと捨てぜりふを残して、こそこそと人混みの中に逃げて行ったですな。(後略)」

 山名が言うには、

「大バカよりウスバカの方がののしり方としてきついんですよ」

「大バカてえのはね、バカの大なるものですから、箸にも棒にもかからない手合いのことです」

互いがののしり合いの言葉とわかっている。

「ところがウスバカの方はそうは行きませんや。ウスバカというと、バカの程度が浅いやつで、普通人よりちょっと知能程度が低い手合いです。社会生活もできるが、どこか釘が一本抜けているという感じのものです」

お互いに自分が「ウスバカ」という気持ちが胸の奥底にとぐろを巻いていて、一番痛い真実をついてしまった、つかれてしまった。

「口喧嘩にもルールがありましてね」

 山名には実在のモデルがいて、梅崎作品にたびたび登場する。梅崎自身の姿も投影されている。

(平野)