2017年11月6日月曜日

銀河鉄道の父


 門井慶喜 『銀河鉄道の父』 講談社 1600円+税

 宮沢賢治の生涯を父・政次郎の視点で描いた作品。
 

 政次郎は花巻の裕福な質屋の主で地元の名士。熱心な浄土真宗檀家であり、経典を読み込み、賢治が日蓮宗系の団体に入会して論争を挑んでも受け止めた。
 私は賢治の父に、封建的、わからず屋というようなイメージを持っていたが、この小説ではまったく違う。真面目で頭脳優秀、文化に理解があり、厳格であるが子どもたちに優しい。特に賢治は政次郎の大きな愛に包まれて育った。
 賢治は学校を出た頃から、飴を製造するとか、人造宝石を研究するとか、夢ばかり追っていた。政次郎は賢治に質屋を継がすことはあきらめたが、堅実な道を歩んでほしかった。教師になることができて、息子が「ふつうの、大人になれた」と思った。
 賢治も自分が「甘ったれ」だとわかっている。経済的にも精神的にも独立できない自分を責めた。俗物的野心はあるが、父の望むような生活は嫌なのである。家出して東京の印刷屋で働いていたとき、現実の自分に悲観し、将来の展望もないことを宗教者に相談したが、たいした応えはない。たまたま見つけた文房具屋で原稿用紙が目に入った。

《「あっ」/声が、家々の壁にひびいた。/胸腔内の熱い岩漿(マグマ)がガスを吹き出し、頭蓋を割った。/(これだ)/思うまもなく、頭蓋から、噴水のように溶岩がほとばしった。/溶岩とは、ことばだった。手でつかまえなければ永遠に虚空へ消えてしまうだろう一瞬の風景たち、どうぶつたち、人間たち、せりふたち、性格たち、比喩や警句たち、話の運びたち。》

 賢治は店にあるだけの原稿用紙を買い、下宿で万年筆を走らせた。1日で300枚の塔ができていた。内容は童話。走り書きだし、消した箇所も多いが、「質的にもこれまでで最高」だと思った。なぜ童話だったのか。小学校で先生が『家なき子』を朗読してくれたこと、妹に童話を書いてとせがまれたこと、自分が大人と良い関係を作れなかったこと、それは大人の世界からの「逃避」だったことなど、さまざまな考える。何よりも根本的だったのは、

《「お父さん」/賢治はなおも原稿用紙の塔を見おろしつつ、おのずから、つぶやきが口に出た。/「……おらは、お父さんになりたかったのす」/そのことが、いまは素直にみとめられた。/ふりかえれば、政次郎ほど大きな存在はなかった。自分の命の恩人であり、保護者であり、教師であり、金主であり、上司であり、抑圧者であり、好敵手であり、貢献者であり、それらすべてであることにおいて政次郎は手を抜くことをしなかった。》

 賢治は父のようになれないことはわかっている。健康不安もある。それでも「父」になりたいのなら方法はひとつ、「子供(わらす)のかわりに、童話を生む」、活字になれば読者もまた、「おらの、わらす」になる。花巻に帰らず、父とも顔を合わせず、東京でやってみようと決意した。ところが、妹の病状(結核)が悪化し、賢治帰郷。まもなく妹は死去。
 賢治も肺を冒され、またも政次郎が看病する。賢治が机に向かえないと嘆くと、政次郎は「あまったれるな」と叱咤。

(平野)M&J書店文芸担当者の推薦帯付き。
 賢治の死後、政次郎は孫たちに賢治の詩を読んで聴かせる場面、感涙。