■ 久禮亮太 『スリップの技法』 苦楽堂 1666円+税
久禮は1975年生まれ、フリーランスの書店員。新刊書店の選書や業務の他、書店員研修を担当する。
「スリップ」とは、本1冊1冊に挟み込まれている細長い紙。出版社名・書名・著者・コード番号などが記載されている。読者にはあんまり役立たないが、書店にとって重要な情報が詰まっている。売上の証拠・記録であり、これに店のハンコを押して取り次ぎ会社や出版社に発注する注文書として使う。現在はレジのPOSシステムで売上データが集積され、発注もオンラインで行うから、書店現場ではこのスリップはほとんど利用されていない。しかし、久禮はこのスリップを重要視して活用し、業務に役立てている。
〈売れた書籍のスリップを集めた束は、売れ冊数や売上金額といった抽象的な数字に化ける前の具体的な「売れたという事実」を、個別に、かつ大量に扱いながら考えるための優れた道具です。〉
久禮はこのスリップを在庫管理や発注に使うだけではない。レジ業務をしながらスリップを整理し分析する。発注・関連書・陳列の手直しをするための備忘録、同僚書店員への業務連絡メモ(本の動き、関連本などヒントや注意事項)、他の本へのつながりを考え発注・陳列の参考。それに久禮の真骨頂が、スリップを見てどんな人が買ったのか想像をめぐらすこと。まとめ買いのスリップは輪ゴムやクリップでまとめておくようにしている。それらから想像が広がり、妄想もする。
〈具体的な読者像を描き出し、そのバリエーションを増やしていくことで、書店員ひとりの狭い視野では気づくことのできなかったさまざまな視点から発注や陳列ができます。〉
まとめ買いの数冊から読者の職業・嗜好を想像する。その人が棚をどう回遊したのかを追うことで意外な本のつながりを読み取る。関連本、品揃えをさらに検証する。スリップは《次にやるべき仕事リスト》だ。
久禮は頭の固いスリップ至上主義者ではない。スリップを検証したうえで、POSやWEBの情報と連携させる。
〈スリップに書き込むメモは仮説であり、ときに妄想でもあります。その頭を冷やすブレーキがPOSのデータです。ただ、ブレーキだけでは売上も僕自身のやる気も徐々に減速してしまいます。スリップを見て「次はこんな品揃えならお客様も喜んでお財布を開いてくれるんじゃないか」と期待感を高め、アクセルを踏み、本を実際に仕入れることで、売り場を新陳代謝させ、売上を伸ばしていくことができます。〉
久禮はこれまで培った《スリップの技法》を惜しげもなく披露する。誰でもがすぐにできることではないけれど、本を売ることの楽しさと喜び再発見につながると思う。
写真は、11.24神戸で開催された「勁版会第402回例会 『スリップの技法』著者・久禮亮太さんトークイベント」。実際の売上スリップを使っていつもの作業を見せてくれた。
(平野)私は現役時代スリップ主義者であった、と言ってもご大層なことではなく、POSレジなどない前近代的経営の店だった。働く者も、「そんなもんいらん!」と思っていた。お子さん連れのお客さんが「ピーしてもらおうね」と来られると、レジ担当者が「ピー」と言って手渡していた。