■ 大江健三郎 古井由吉『文学の淵を渡る』 新潮文庫
520円+税 単行本は2015年同社
1993年から96年、2010年、14年、15年に行われた対談集。
目次
明快にして難解な言葉百年の短篇小説を読む
詩を読む、時を眺める
言葉の宙に迷い、カオスを渡る
文学の伝承
漱石100年後の小説家
最初の対談で古井が、自分たち内向の世代と呼ばれる作家たちが「難解」と非難されたことについて語る。
〈私自身としては、自分が抱え込んだものの中から、できる限り明快に、律儀なぐらいに書いているつもりで、難解という非難をこうむるのは、未熟なせいもあるけれども、不本意であったわけです。〉
大江は、古井の作品を「明快で難解」と言い、こう応える。
〈文学は言葉で書かれる。僕たちは、言葉のかたまりに向かっていく。その道筋が難解でも、ついに明快に、確実に、ある言葉にたどり着くことができれば、愉快な気がする。(中略)さて、一番はっきりと形を持っている、明快でかつ難解な言葉はどこにあるかというと、やはり聖なるものではないでしょうか。(中略)……明快なある形を持った言葉があって、人間のある一瞬の命のようなものとしてやってくる。あるいは一瞬の天光のきらめきのようなもので、それは二度とあらわれないし、ほかのことばに置きかえることはできない。しかし、そういうものは確実にあって、それがある人々に共有されていることを感じることがある。(後略)〉
問いかけ、説明し、確認し、理解しあう。私小説の〈わたくし〉について話すとき、大江は古井のある「一瞬」の表現に感謝する。「〈I〉であり〈someone〉である」。
〈(大江)小説家というのはいい職業だったと思います。極端に言えばとにかく本を読んでれば、そしてそのことを話しているとなんとかなるという職業でした(笑)。
(古井)で、本を読むだけじゃ職業にならないから小説を書いている(笑)。(大江)そして、結局は自分が小説を書くほか何もできない人間であったこともわかって来ています。(後略)〉
私にはかなり「難解」なやり取りのなかで、笑ってしまったところがある。87年に古井が川端康成文学賞を受賞したときのスピーチ。大江は選考委員の一人。
〈私の小説を皆さん難解だというけど、自分では明快だと思っています、大江さんに劣らず〉
(平野)
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