2021年5月18日火曜日

曲亭の家

   5.16 薫風を感じる間もなく梅雨入り。外で遊べない。

 5.18 孫と散歩、元町5丁目の走水神社お参りして、スーパー買い物。アーケードにツバメ、巣作り中あり、子育てカップルも。

ギャラリー島田DM作業、先月は参加できず。今日伺ったら、WAKKUN展と上村亮太展が始まっていた。遅ればせながら紹介。

 WAKKUN展 もらった種とまいた種


 

 上村亮太展 前庭ヴァカンス

 


両方とも515日(土)~526日(水) ギャラリー島田

 

 西條奈加 『曲亭の家』 角川春樹事務所 1600円+税



 うすぼんやりと、馬琴の息子の嫁が馬琴晩年の「八犬伝」完結部分の代筆をしたことは聞いたことがある。

 主人公は曲亭馬琴(滝沢馬琴)の息子に嫁いだ女性・お路。

 舅は稀代の戯作者、その性格は横暴。お金に細かく万事うるさい、目下には厳しいが、人づき合いは苦手。本人、姑、夫も病持ち・癇癪持ち。この家に女中は居着かない。

お路も負けていない。あまりの理不尽に嫁入り3ヵ月半で家出する。そりが合わなくても家風に馴染むしかない。夫は肉体的にも精神的にも虚弱。彼も偉大な父の犠牲者。お路は夫の暴力で流産するが、次第に自分のやり方で家庭で確固たる立場を築いていく。

〈表向きは嫁として仕えているものの、その実、上でも下でもない。むしろこの家の扇の要となっているのは、いまやお路である。これはお路だけではない。世の嫁や妻は、おしなべてその立場にいる。〉

 夫病死。馬琴は眼を病み、お路に口述筆記を頼む。お路は固辞するが、版元が派遣する筆耕者は誰も務まらない。馬琴は何人も辞めさせる。彼らの誤字・誤記を確かめる術がない、と。他人を信用しない馬琴がお路を信頼した。難解な漢字、ふりがな、言い回し。馬琴の嫌味に説教、感謝の言葉もない。なかなか進まず、互いに苛立つ。

〈舅への不満ばかりではない。できないことが悔しく情けなく、人前で滅多に泣かないお路が、歯を食いしばりながら何度も涙をこぼした。目の前にいる舅には気づかれぬよう、嗚咽を堪えたつもりだが、馬琴も察していたに違いない。むっつりとした顔で、しばし黙り込み、そのような気遣いすら癪に障った。〉

 お路は馬琴の叱声に精神的にも肉体的にも限界。これまで馬琴のために家族たちが犠牲になったのだ、と不満・恨み爆発。気晴らしに買い物に出ると、市井の読者たちが「八犬伝」の続きを楽しみにしている声を聴く。馬琴が半生を費やした作品を読者が待っている。

〈ふいに天啓のように、お路は悟った。/読物、絵画、詩歌、あるいは芝居、舞踊、音曲――。/衣食住に全く関わりのないこれらを、何故、人は求めるのか?/それは心に効くからだ。精神(こころ)にとっての良薬となり、水や米、炭に匹敵するほどの生きる力を与える。〉

 馬琴の物語を受け止め、書き留められるのは自分しかいない、とお路は家に戻る。

 (平野)