2022年9月8日木曜日

山之口貘全小説

9.3 家人はタカラヅカ。ヂヂ図書館で「光村利藻」調べ。1909明治42年利藻印刷事業破綻、神戸区北長狭通5丁目の豪邸は三菱・岩崎家所有となる。その後経緯は不明だが、料亭「菊水楼」に。27昭和2)年発行の『神戸市商工年鑑』(市役所商工課)には記載あり。肉料理と座敷の造作・調度品の豪華さで知られた。谷崎潤一郎が『細雪』で、海野十三が『敗戦日記』で言及。神戸空襲で焼失した。利藻は、「俗悪なる造作」「趣味低き人の間に評判」と厳しい。お客の意見も様々あったようで、「菊水楼」はPR冊子『菊のかをり』を発行(出版年不明)。店名の由来、経営方針、座敷意匠を説明。写真は、表紙(変態仮名)と玄関、見取り図。

 




午後買い物。「BIG ISSUE438号、家人の雑誌、食料。仕事より大汗。



NR出版会「新刊重版情報」583号着。連載「本を届ける仕事」は磯前大地さん(くまざわ書店八王子店)「二項対立をずらし、『応答可能性』を探る」。

http://www.nrpp.sakura.ne.jp/top.html

「みなと元町タウンニュース」361号、Web更新。拙稿は光村利藻の雑誌「智徳会雑誌」のことなど。

 https://www.kobe-motomachi.or.jp/motomachi-magazine/townnews/

9.4 「朝日歌壇」より。

〈人間ものせたらいいのかもしれないきけんゆうどく生物図かん (奈良市)山添聡介〉

周防大島から農作物いただく。でっかいナスとカボス。

9.5 新聞広告に前日紹介の聡介くん一家の本が出ている。山添聖子・葵・聡介『歌集 じゃんけんできめる』(小学館)。母、小学生姉弟、430首収録。

9.7 姉孫がヂヂババに、どうして電話に出ないのか? と怒る。何回もかけていたよう。ヂヂババ気づかず、あやまる。でもね、ほとんど妹が発声、叫ぶ(本人は会話しているつもりらしい)。姉は本を読んでいる。ヂヂババ放置。

 

 山之口貘 『山之口貘全小説 沖縄から』 河出書房新社 

2900円+税



 沖縄返還50記念刊行。山之口貘(19031963年)は沖縄県那覇区出身、本名重三郎。中学を退学して、1922年上京。美術学校入学、すぐに退学。23年筆名「貘」使用。さまざまな職業を経験し、貧乏、借金生活。

「詩人便所を洗う」

 貘さんはビル管理をしている「佐藤さん」のおかげで空室に住まわせてもらっている。「佐藤さん」は貘さんが「食えない詩人」であるのは、貘さんが詩人だから、と言う。詩人をやめろ、と。貘さんは、詩人をやめると僕は死にますよ、詩人をやめると食いたくもなくなるんですよ、と言い返す。

……これは嘘みたいにきこえるかも知れないが、なんでこれが嘘だろう。佐藤さんに限らず、世間のあるところ至る所でかような目にあって、恥を浴びるにはすっかり馴れてしまったこの僕が、嘘でこんなに詩人顔して生きているもんか、とにかく僕には、詩人をやめてまで食わねばならない理由がないのであった。〉

「佐藤さん」は詩人をやめろといいながら、貘さんが食えるように仕事を回す。食えなければ何でもするだろう、と。俐巧というか、ずるい。それが「おわい屋」。ビルのトイレ浄化槽清掃。本編で貘さんは浄化槽の構造、清掃法を詳しく描写。

〈くさいと思えば、切りもなくくさいのであったが、生きねばならぬ人間のつもりで生きるんだから、生きると言うことさえも既に遅いくらいで、それと同じく、くさいと言うにも既に遅すぎる食えない詩人のことだと思って見れば、さほどくさい思いも僕はしなかった。(後略)〉

「佐藤さん」は貘さんたち作業員が仕事をすればするほど儲かった。

 貘さんは戦前の沖縄人差別を経験。戦後沖縄祖国復帰を訴え、復帰運動として沖縄舞踊の会を実施。

……戦禍であらゆる文化財を失くしてしまった沖縄に、たった一つ生き残っているのが、舞踊というこの無形文化財なのだ。〉

貘さんは大きな借金をしない、その日必要なお金のみ。なのに娘を私立大学の付属小学校に入学させ月謝を滞納するのには呆れる。詩人として名を知られるようになっても質屋通い。楽天的で、それが愛される。家族はたいへんだろうけど。

(平野)貘さん、貧乏なのに女性が寄ってくる。写真を見ると、確かにハンサム。