2026年8月16日日曜日

世界の書店を旅する

8.10 「NR出版会新刊重版情報」着。1969年、人文・社会科学系の小出版社8社が集まり、「NRの会」を結成。名称は「NR出版協同組合」を経て「NR出版会」。増減しながら現在7社が加盟して、営業活動などを共同で行っている。70年から「NRの会新刊・重版情報」を発行。このたび通巻600号となった。出版情報に加え、出版人・書店人による連載コラムがあり、ヂヂイも何度か書かせてもらった。本号にも2017年イチさんイトさんと並んだ写真が掲載されている。



8.11 図書館でハーンさん調べ。2階のふるさと文庫コーナーで海文堂書店の書皮とチラシ展示中。11月末頃まで。ありがとうございます。

https://www.city.kobe.lg.jp/a09222/kosodate/lifelong/toshokan/event/exhib2f.html

 

8.12 地球温暖化、日本亜熱帯化。関東地方に台風上陸して西に進んできた。あちらは被害大きい。台風のあと線状降水帯発生して豪雨。お見舞い申し上げる。

8.15 敗戦の日。図書館でハーンさん調べ。

 

ホルヘ・カリオン 野中邦子訳 『世界の書店を旅する 増補新版』 白水社 3800円+税 2013年原書初版、2019年邦訳初版。2025年原書版を反映して改訳、解説追加。



 著者はスペインの作家・文芸批評家。各地を旅して、書店を訪問し、佇まいや品揃え、歴史、ゆかりの作家・芸術家、お客と書店人たちの姿を紹介する。国・地域によって本の流通や書店の形態は少し異なる。著名な書店は、新刊・古書を併売し、出版もし、お客たちにコーヒーやワインを提供し、サロンとなる。世界中の読書人に名を知られる書店、最古の書店、最大の書店、世界の果ての書店……、本の歴史、印刷・出版の歴史をからめながら、いろいろな書店とお客、文化人とのエピソードを綴る。

世界レベルで書店がなくなっている。その大きな要因は言うまでもなく、書籍のオンライン販売の普及。画面で在庫がわかり、注文すればすぐに届く。都市部の繁華街は家賃高くで書店の収益では営業できない。書店が減ることでますますオンラインが増える。何より読書人口が減っている。それでも著者は紙の本と書店・書店人の力を信じている。

〈都市を再訪するたび、私はお気に入りの書店へ足を運ぶことにしている。とくに興味を引かれる店、感情や知識と強い絆が結ばれた店。時にはすでに閉店していることを知ったりもするが、ひどくがっかりはしない。というのも、たいていの場合、別の書店がオープンしているからだ。それらがやがて私の人生にとって大事なものとなり、なによりも書店が存在するその街にとって重要になる。都市や図書館や肉体と同じように、書店も層を重ねてゆく。そしてその層は存在と不在の両方でできている。〉

 閉店で「鋭い痛みを伴う」こともある。各地で独立系書店が増え、カフェやホテル、工房など多様な形態を備えて連携している地域もある。進展する通信情報技術、流通ネットワークは一人ひとりの人間とつながって、書店・書店人とも共生して力を発揮する。

〈……紙の本――あの完璧なテクノロジー――はデータベースに登録され、たぶん植物や猫たちに囲まれ、同じく共生関係にある書店員たちに付き添われ、さまざまな存在論をもつ関係性のシステムを構成する。それはやがて読者、支援者、大勢の常連客からなるコミュニティへと広がり、その相互作用は個人に影響を与え、あるいはワークショップや読書会を促し、ソーシャルメディアを通じてデジタル空間にも波及する。紙の本にしか手を出さない読者――私もそのひとりだ――にとってさえ、現代の読書はつねにサイバネティックである。(中略、書店は、21世紀のハイパービューイング・プラットフォーム=視野が広く対応速度の速い環境基盤であり、情報を理解するための中心)だからこそ私たちは書店をつねにアップデートし、大切にするべきなのだ。書店に去られたくなければ、書店を見捨ててはいけない。〉

 本書文中に登場する日本の書店は、リブロ(村上春樹がウェブ上でファンと交わしたやり取りが本になっていて驚く)、丸善(若き日の黒澤明が立ち寄ったが店は閉まっていて、その2時間後に関東大震災で焼け落ちた)。写真、「蔦屋書店」「SHIBUYA PublishingBooksellers」「ロス・パペロテス」。

著者の回想。〈子供時代、とりわけ思春期に、人は書店と恋に落ちる。〉

私が購入した書店で、小冊子「紙はどこで終わり、ディスプレイはどこから始まるのか?――疑問符に満ちたソウルへの旅」をいただいた。

本との偶然の出逢い、などというロマンはもう通用しないのか。私は書店という空間にいることだけで楽しかった。

(平野)