2015年3月26日木曜日

荷風極楽


  松本哉 『荷風極楽』 朝日文庫 
200111月刊 単行本は1998年三省堂より。

松本哉(まつもとはじめ、19432006)、神戸市生まれ。科学書編集者から作家活動に。当欄では『すみだ川気まま絵図』(ちくま文庫)を紹介した。

永井荷風の不思議な魅力を語る。「荷風に親しむ極楽気分」を共感したいと、独自の視点で描く荷風評伝。
 著者によるスケッチ・地図あり。荷風の甥が保管していた写真、撮影した写真も。

目次
『ふらんす物語』のほろ苦さ  明治の二代目  両雄の青春  荷風のいた風景  震災の頃  女のかけひき  骨肉の文学  葬儀の顚末 ……

 好きになってしまうと、その気持ちは誰にも止められない。世間を見渡してみれば、亭主は会社を辞めて道楽のような仕事を始める、娘は変てこな男とくっつく、息子は悪い仲間とつきあい始める、主婦も別の男を作って家を出ていってしまう。こんな例は多い。あたら身を持ち崩したいと思っているわけではない。好きな道を歩みたいという気持ちが人をあらぬ方向へもっていってしまうのである。結果が吉と出るか凶と出るかは死ぬまでわからない。……

 おじさんが世間話・愚痴を始めるのではない。荷風のことを語るのである。

……悪口は批判を書くつもりはない。好き勝手に生きた人物のようだから他人様に迷惑もかなりかけたようであるが、今さらその罪をつぐなってもらう必要はない。「よくそんなことで生きてこられたなあ」とうらやましく思い、その極楽往生を見届けたいのである。

荷風は良家に生まれ、作家より別の生き方ができただろうが、好きな道で成功した。作品は読まれ、死んでも人気がある。上田敏に応援され、谷崎潤一郎を引き立てた。一方、お上からは睨まれ、仲間から憎まれた。

文章が天下一品。荷風の魅力としてこれがしばしば言われる。しかしそれも、ただ文章が上手だったというのではない。名文家というだけなら他に何人もいるのであって、中身と書き方が天下一品の「商品」だったのである。個人の努力とか才能といったことでは片づけられない不思議な魅力、つまり天から与えられた運命のようなものは後からついてきた。

荷風は荷風であり続け、ひたすら好きなことをした。最期は一人で死んだ。

(平野)「ほんまにWEB」【海文堂のお道具箱】更新。http://www.honmani.net/index.html