2015年3月1日日曜日

家の中の広場



 鶴見俊輔 『家の中の広場』 編集工房ノア 19824月刊(手持ちは8352刷り)
 70年代後半からのエッセイを中心にまとめた。夫人の病気で家事を引き受けるようになった。
 
 頭の中ではずっと前から「男が主婦業をやる」といった役割転換が必要だ、と思っていましたがね。(略)日ごろ考えていたことが実現したので、生きがいを感じて勇躍、任務についたというところかな。
 
 買い物に行くのに、献立を考え、メモを持ってその原案どおりの買い物しかできなかったが、慣れると店頭でうまそうなもの、安いものを見つけ、原案を修正する面白さを発見する。現場で想像力を刺激する仕事だと思う。
 買い物をすると情報をくれる。クリーニング屋さんが「これは自分で洗濯したほうがトク」と助言。神社に奉納するお神酒を買うと、酒屋さんが置き場所によってお神酒の配分先が違うことを教えてくれる。地域の運動会で住民が共同して赤飯を炊いて売り、学校の収入にする。
 地域に根ざす小売屋さんが売る立場だけでなく、買い手の立場で情報をくれ、地域住民として対応する。
 
……地域という単位を壊しちゃって、全国の市場を相手にするような射程の長い小売業が出てくると、分業は固定してしまう。流通機構の全体を一にぎりの委員会みたいなものに管理させれば、合理的ではあるけれど、買い物の根元にある売り手と買い手の生きがいは壊される。人間的といえないのじゃないかな。(略、組合も住民運動も「よりよく管理されたい」が目立つ。それはファシズムではないか?)不能率、不合理であっても、自主管理できる手がかりっていうのを、自分の暮らしや、まわりの人たちとの関係に持ちたいっていう気がするの。その手がかりっていうのは、買い物ということでいえば、射程の短い小売屋さんとの、ちょっとしたやりとりから生まれてくると思うわけね。
 
(平野)【海】はそんな店だっただろうか。近いところもあったと思う。
 
家人にもらった台湾高雄市のイベント情報冊子「文化高雄」。
日本ものでは、草間彌生「夢」展(市立美術館)、「アルプスの少女ハイジ」展(山海奇幻大冒険樂園)。映画「ミラクル デビクロくんの恋と魔法」と小津作品「おはよう」上映中。