■ 土橋章宏 『チャップリン暗殺指令』 文藝春秋 1400円+税
関東大震災から9年、世界大恐慌による不況に加え、凶作で農村は疲弊。欠食児童があふれ、女子は身売り。政治家の汚職、疑獄事件で、政府要人と財閥が政治結社に狙われる。海軍将校たちは米英主導の軍縮条約にも我慢がならない。
「日露戦争にも世界大戦争(第一次世界大戦)にも勝利したというのに、この困窮はなんだ!」
ちょうど来日する人気俳優チャーリー・チャップリンの歓迎会に合わせ〈革命〉を計画する。
「誅殺する。奴は退廃した米国文化の化身だ」
1932(昭和7)年5月15日、海軍将校たちが官邸で犬養毅首相を襲い、殺害した。いわゆる〈五.一五事件〉。実際にチャップリンも狙撃する計画だった。日本人秘書・高野虎一の綿密な情報収集と滞在計画、それに何よりもチャップリンの気まぐれ行動によって襲撃は免れた。
土橋は1969年大阪府豊中市生まれ、脚本家・作家、『超光速! 参勤交代』(講談社)など。本書は、チャップリン暗殺計画を題材にして事件の進行と哀しい恋を描く。
暗殺指令を受けたのは陸軍士官学校生・津島新吉、青森の貧農出身、母は餓死同然であった。チャップリンの映画を見るところから行動を開始。映画館で知り合った売れない俳優・柳に振り回されながら、彼を手がかりにチャップリンに近づき、弟子入り志願。しかし、チャップリンの人間性に引かれる。一方、高野は日本社会の不穏な空気に危険を感じとり、ボスの命を守るため厳重な気配りと準備をする。ヒットマンはプロの殺し屋と軍人という情報を得る。
(平野)