2017年8月19日土曜日

あきない世傳 金と銀(四)


 髙田郁 『あきない世傳 金と銀(四) 貫流篇』 
ハルキ文庫 580円+税

 髙田郁は主人公を次々に窮地に陥れる。たぶん、否、きっと性格が悪い! 読者も困難を克服する主人公に肩入れして毎回読んでいるのだが。

 ざっと、あらすじ。江戸中期、摂津武庫郡津門(つと)村の学者の娘・幸(さち)、兄と父が相次いで亡くなり、大坂天満の呉服屋・五鈴屋に女衆(おなごし)奉公に出る。お家(え)さん(三代目の母)と番頭に商売の才能を認められ、四代目店主の後添えになる。こやつが放蕩者、事故死。商才のある次弟が五代目になり、幸を妻にする。順調に繁昌するのだが、五代目は仕入先に迷惑をかけ出奔、呉服仲間に隠居願いと夫婦離縁を申し出る。お家さんは心労で倒れる。

 人の世の荒波に翻弄される幸だが、ただひとつ揺るがない意思がある。五鈴屋の暖簾を守り抜くこと。しかし、女は店主になれない掟。お家さんは幸を養女にする考え。浮世草紙の書き手を夢見て家出していた三弟・智蔵が店を継ぐ決意をする。智蔵は幸を人形浄瑠璃に連れて行き、嫁になってほしいと打ち明ける。

《「何の才もない、木偶の坊の私だす。いっそ人形になりきって、幸の思うように動かしてもらいまひょ。遣い手の幸に思う存分、商いの知恵を絞ってもらえるように」
 それでこそ、私が五鈴屋に戻った意味がおますのや、と智蔵は静かに結んだ。》

 智蔵は9年の作家修行でそれなりに苦労しただろう。六代目継承と兄の妻を娶ることについて呉服仲間の旦那衆に挨拶をし、頭を下げた。兄弟3人に嫁ぐことは世間の好奇の眼に晒される。智蔵は奉公人たちにも、すべて自分が考え、断る幸を無理に説得した、と説明。幸が商いに力を発揮できるよう「人形」としての役回りを果たす。周りの人に気遣いできる、意外に肝が太い。幸をやさしく包んであげている。

 智蔵と幸のお披露目の後、お家さんが幸に言い遺す。

《「五鈴屋を百年続く店にしてくれ――二代目が今わの際に、私の手ぇ取って、そない言うたんだす。三代目を継ぐ栄作にではのうて、女房の私に、この私に、そう言い遺したんだす」(中略)

「創業から百年続いたなら、次の百年、それを越えたらまた次の百年。たとえ、ひとの寿命は尽きても、末永うに五鈴屋の暖簾を守り、売り手も買い手も幸せにする商いを、続けていってほしい――二代目はそう言い遺したかったんやと思う」》

 幸の新しい商いの知恵は、読んでのお楽しみ。
 
 

(平野)今回お江戸で買った唯一の本。東京堂書店特製しおり付き。