■ 紀田順一郎 『蔵書一代 なぜ蔵書は増え、そして散逸するのか』 松籟社 1800円+税
序章 〈永訣の朝〉
第Ⅰ章 文化的変容と個人蔵書の受難第Ⅱ章 日本人の蔵書志向
第Ⅲ章 蔵書を守った人々
第Ⅳ章 蔵書維持の困難性
本にも出会いがあり、別れがある。
紀田は書誌研究の他、幻想文学・ミステリ創作も手がける。シニア環境としてのマンションに転居するため、膨大な蔵書を処分しなければならない。古書店に引き取ってもらえば簡単だが、散逸してしまう。公共機関に寄贈しようにも現在は引き取り手がない。保管サービスにはそれなりの料金がかかる。結局大部分の本は最寄りの大型古書店に引き渡す。
《いよいよその日がきた。――半生を通じて集めた全蔵書に、永の別れを告げる当日である。砂を噛むような気分で朝食をとっていると、早くも古書業界のトラックが到着し、頭に手ぬぐいをかぶった店員が数人、きのうまでに梱包作業を終えていた約三万冊の書物の搬出にかかった。》
自動車1台、4トントラック2台、運び出しに2日間で8人。がらんどうになった書棚を眺めて、「書籍なき家は、主なき家のごとし」というキケロのことばに実感をもつ。作業終了。本を見送る気はなかったが、店主に挨拶する。
《いまにも降りそうな空のもと、古い分譲地の一本道をトラックが遠ざかっていく。私は、傍らに立っている妻が、胸元で小さく手を振っているのに気がついた。/その瞬間、私は足下が何か柔らかな、マシュマロのような頼りないものに変貌したような錯覚を覚え、気がついた時には、アスファルトの路上に俯せに倒れ込んでいた。(中略、近所の人が心配して駆け寄ってくる。立ち上がろうとしてまた転ぶ)/小柄な老妻の、めっきり痩せた肩に意気地なくすがりながら、私は懸命に主なき家へと階段をのぼった。》
家族や愛する人との別れではない。相手は「本」。愛書家にとっては自分自身との別れなのかもしれない。
(平野)
冊子いただく。『人文会ニュース NO.127』 非売品
毎号営業さんが送ってくださる。感謝。時事性のある問題を解説して参考文献を紹介する〈15分で読む〉は「LGBT(Q)――セクシャル・マイノリティと教育、学校」(吉谷武志)。
〈書店の現場から〉は鳥取・定有堂書店の奈良さん寄稿。
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