■ 内田隆三 『乱歩と正史 人はなぜ死の夢を見るのか』
講談社選書メチエ 1950円+税
社会学の先生。2014年『ロジャー・アクロイドはなぜ殺される?:言語と運命の社会学』(岩波書店)で本格ミステリ大賞(評論・研究部門)受賞。
江戸川乱歩と横溝正史を中心に、「日本における本格探偵小説の創造過程を明らかにする」。
《本格的な探偵小説では、殺人は一つの難問、つまり、一種の不可能図形のかたちを取って現れる。探偵の推理によって、不可能図形は空中楼閣のように消えていくが、その図形が現れ、消えていくのに重なって、誰かが人知れず冷血になっていた情景が浮かんでくる。不可能図形が孤独な冷血のかたちであるのを知るとき、人は息をのむ絵模様のような、死の夢を見ている。探偵小説はそんな死の夢を描いた精巧な設計図である。》
目次
第一章
江戸川乱歩――探偵小説の創造第二章 乱歩の無意識――疑惑とメタ・トリック
第三章 乱歩と正史――戦争の前夜を生きる
第四章 乱歩と正史――敗戦への時代を生きる
第五章 横溝正史――本格探偵小説の創造
《乱歩が探偵小説を書きはじめる時代の社会的な背景をいえば、一九一〇年代、つまり大逆事件(一九一〇~一一)以降、犯罪への関心や探偵趣味は、必ずしも一部の好事家だけのものではなくなっていた。大逆事件の取り締まりとその報道は、日本の政治だけでなく、佐藤春夫、森鴎外、永井荷風、徳富蘆花らの反応を介して文学や思想の領域にも深刻な影響を与えたが、それはまた、日本社会には不穏な要素=秘密が潜在しており、東京という大都市も犯罪者の陰謀と警察による探偵ゲームが展開される舞台だと人々に想像させる契機の一つとなったからである。大正時代(一九一二~二六)は、日露戦争後にはじまる〈消費と欲望〉の文化と、大逆事件を表徴とする〈抑圧と監視〉の社会との微妙な均衡の上に成立したのである。》
乱歩は密室トリックから猟奇もの、さらに名探偵もの、少年探偵ものと作品を広げる。そして、戦争の時代、探偵小説は発表できなくなり、乱歩作品はほとんどが絶版、休筆状態。戦争協力に動員される。
正史は、『新青年』編集者から作家に転身。結核療養生活をしながら捕物帳シリーズで人気。戦中は疎開生活。敗戦後、地方の旧家、習俗を題材に本格探偵小説を発表する。
(平野)
そもそも乱歩が神戸の薬剤師・正史を探偵小説の世界に引っ張った。ふたりは探偵小説を愛する同志であり、時に反発・衝突しながらも、その友情は終生続いた。ふたりのなれそめは、古書うみねこ堂書林店主『探偵小説の街・神戸』(エレガントライフ)を。