2020年12月1日火曜日

本並ぶ

  11.29 本日の「朝日歌壇」より。

〈ただ一度われの歌集も並びゐし昔よ寺町三月書房 (大和高田市)河野洋子〉

〈背に数字あるものなきもの並ぶ棚あるものは明日図書館へ帰る (和泉市)星田美紀〉

  三月さんは、拙著も長く並べてくださった。ありがとうございます。

 SNS友人が誕生日当日の本棚写真をあげていて、まさしく「数字あるものなきもの」並んでいた。

  北村薫 『ヴェネツィア便り』 新潮文庫 630円+税

表題作含め全15篇、淡い恋、言葉遊び、愛妻ものなど。文学作品、演劇、落語のエピソードをちりばめた北村薫短篇劇場。本、何冊も登場。

 


「ヴェネツィア便り」。

「わたし」が30年後の「あなた」=「わたし」に送る手紙に、「あなた」=「わたし」が返信。「わたし」はイタリア旅行で、ヴェネツィアは何十年後には沈んでしまうかもしれない、と聞かされた。ヴェネツィアの青年に、またここに来ますか、と問われた。青年は、この街は沈む、と。

「わたし」は30年後の「あなた」に手紙を書く。「あなた」は手紙のことをすっかり忘れていた。30年ぶりのイタリア旅行を前に「わたし」の手紙を見つける。「あなた」は「わたし」の旅をたどり、現在の旅を過去の「わたし」に語る。高校時代に映画「べニスに死す」(映画の題は「べニス」)を一緒に見た同級生と結婚した報告も。ヴェネツィアはまだ沈んでいないことも。

〈思えば、二十代のあなたが、三十年後の自分に手紙を書いたのは、五十代という、得体の知れないものへの恐れからですね。/小説『ヴェニスに死す』は、主人公が五十歳で貴族の称号を得た――と始まっています。どうも彼は、五十代のように思える。/あなたは、ヴェネツィアには光と影が、美と終末があると思った。時の道を歩いて行くことへの怖れがあった。〉

 トーマス・マンが『ヴェニスに死す」を書いたのは30代。彼は50代を「黄昏時」に思ったろう。

〈定点は、常に自分にある。だから老境は、いつも自分より先にあるのです。〉

(平野)