■ 山崎ナオコーラ 『昼田とハッコウ』 講談社 1900円+税
東京の西、中央線の幸福寺にある「アロワナ書店」。
察しのいい方は吉祥寺のあの本屋さんを思い浮かべるだろう。私は行ったことないんですが、まあいろいろ知人がいて。
昼田とハッコウふたりのキャラは「彼」のことでしょうし、恋愛はその「彼」と「作家」自身のことでしょう。秋めいてきましたが、おアツイこと。
語り手・昼田、本屋の3代目ハッコウ(白虹)と従兄弟同士、ともに25歳。ふたりの祖父が創業者で、ハッコウの父・公平が2代目。昼田は公平の妹の子ども、家庭の事情で公平夫婦が親代わりとなり、ハッコウ兄弟(兄=世界放浪、弟=美大生)といっしょに育つ。今は六本木ヒルズのIT企業に勤めていて、ひとり暮し。
「アロワナ書店」の名前は公平が飼っている巨大魚「アロワナ」に由来する。それにまつわる伝説もあるらしい。
ハッコウは名前だけの店長。
……ハッコウは本嫌いだ。おそらく、小説というものを生まれてこの方読んだことがない。国語の教科書は無視して育った。勉強をしないで授業中に何をしていたかというと、奇声をあげたり、走り回ったり、先生のあげ足取りだ。 ……
「えーと……」
と朝倉は口ごもる。
「いいよ、ゆっくり考えて。返事は、何週間後でもいいよ」
ハッコウは悠然としている。おれはむっとした。
「そんなにアロワナ書店が気になるなら、昼田が公平の跡を継いだらいいじゃん? 有能な人 がやったらいいよ」
「あのさ、今、ハッコウがオーナーになっているのは、公平の遺志を継いでのことじゃないの? 能力が高い人がやるってポジションじゃないでしょ? できる人がやるんじゃなくて、やってもらいたいと思われている人がやるんだよ」
「なにそれ。うける」
「ハッコウって、何かに愛着を持つってことが、ないの?」
「『アイチャク』ってなんだっけ? 心がくっ付くってこと?」
「そう、そう。アロワナ書店のこと好きでしょ?」
「べつに」
あくまで好きという言葉は使いたくないハッコウだ。
「街はハッコウのことが好きだよ。ハッコウも街のことが好き?」
オレは畳みかけてみた。
「うーん。『いつか幸福寺の街も消える』って想像すると、胸がきゅっとなるな」
手を左胸にあてて、ハッコウがつぶやいた。 ……
……なんの注意もしなくても、ハッコウはオレの気持ちなんて読み取らないだろう。恋愛の「れ」の字も知らない男なのだ。(ふたりは家族や社会について話し合う)
「オレが作りたいのは、家族じゃないんだ。社会なんだよ。……座敷わらしになることで妻と子どもを得たいわけじゃないんだ。夜沢さんの隣りにいると社会に関われそうな気がしたからいようと思っただけなわけ。夜沢さんとは、どんな関係でもいいし、直接的な子孫を作れなくてもいいんだ。文化や雰囲気を、時間に乗せたいんだ。社会を作りたいんだ」
それに「アロワナ書店」の象徴が死ぬ。町の本屋の辛い現実も出てくる。
アロワナ書店の意義は、開け続けるところにある。毎日、開くということ。今年の三月に知った。書店員は、お客さんが読書を終えるのを、見届けることができない。だから、お客さんの大きな笑顔を感じられない。しかしリアクションを受け取れなくても、店は開ける。そこに意味があると信じたい。
問題児。電車に乗れない、車もダメ、遠出はできない、町内を歩くだけ。仕事をしない、アルバイト任せで部屋に閉じこもっている。
公平が正月に餅を詰まらせ急死。本屋はハッコウが継いで社長になるのだが、相変わらず人任せ。「ハッコウ判断」=サイコロで決めたりもする。
昼田とハッコウは他店のイベントに参加、作家と知り合い、参加者と話も。ハッコウは、あまり仕事に向いていないと思われる若者・朝倉をスカウトする。昼田が彼に聞く。
「朝倉くんは、どうしても本を作る人になりたいんですか? 本を売る役割には興味なの? そもそも、正社員で働きたいって気持ちは、本当にあるんですか?」
とオレが矢継ぎ早に聞くと、「えーと……」
と朝倉は口ごもる。
「いいよ、ゆっくり考えて。返事は、何週間後でもいいよ」
ハッコウは悠然としている。おれはむっとした。
「そんなにアロワナ書店が気になるなら、昼田が公平の跡を継いだらいいじゃん? 有能な人 がやったらいいよ」
「あのさ、今、ハッコウがオーナーになっているのは、公平の遺志を継いでのことじゃないの? 能力が高い人がやるってポジションじゃないでしょ? できる人がやるんじゃなくて、やってもらいたいと思われている人がやるんだよ」
(ハッコウは仕方なくやっているんだと答える。今は店をつぶせないが、いずれはビルごと売ればいい、と)
「愛はないの? 本屋に対して」「なにそれ。うける」
「ハッコウって、何かに愛着を持つってことが、ないの?」
「『アイチャク』ってなんだっけ? 心がくっ付くってこと?」
「そう、そう。アロワナ書店のこと好きでしょ?」
「べつに」
あくまで好きという言葉は使いたくないハッコウだ。
(昼田は重ねて、街や建物や人やなんやかやに愛はないのかと訊ねる)
「街がなくなったら、オレの歩ける場所がなくなるからな。困る。でも、それだけだよ。街で歩ける理由は、この街の人がみんな、『アロワナ書店のハッコウくん』ってオレのことを知ってるからかもしれないな」「街はハッコウのことが好きだよ。ハッコウも街のことが好き?」
オレは畳みかけてみた。
「うーん。『いつか幸福寺の街も消える』って想像すると、胸がきゅっとなるな」
手を左胸にあてて、ハッコウがつぶやいた。 ……
昼田は会社を辞めてハッコウを手伝う。店長になる。
昼田が好意を持っていた女性作家・夜沢とハッコウが手をつないでいるところを見た。3.11の夕方、ハッコウは彼女と偶然出くわし、そばにいてあげた。「いるだけで、仕事がはかどる」と彼女が言った。
昼田が茶化す。それは「夫」ではなく「座敷わらし」だと。そして「頑張れ」と、自分の失恋を悟られないように伝えた。
……なんの注意もしなくても、ハッコウはオレの気持ちなんて読み取らないだろう。恋愛の「れ」の字も知らない男なのだ。(ふたりは家族や社会について話し合う)
「オレが作りたいのは、家族じゃないんだ。社会なんだよ。……座敷わらしになることで妻と子どもを得たいわけじゃないんだ。夜沢さんの隣りにいると社会に関われそうな気がしたからいようと思っただけなわけ。夜沢さんとは、どんな関係でもいいし、直接的な子孫を作れなくてもいいんだ。文化や雰囲気を、時間に乗せたいんだ。社会を作りたいんだ」
本屋の話、仕事でつながる人たちとの話、家族、恋愛、幸福寺という町の話が綴られる。
昼田は元彼女に子どもを押しつけられたり、実の父親が生きていたり。
それに「アロワナ書店」の象徴が死ぬ。町の本屋の辛い現実も出てくる。
アロワナ書店の意義は、開け続けるところにある。毎日、開くということ。今年の三月に知った。書店員は、お客さんが読書を終えるのを、見届けることができない。だから、お客さんの大きな笑顔を感じられない。しかしリアクションを受け取れなくても、店は開ける。そこに意味があると信じたい。
店を開ける=商売を続けることが大事。
店を閉じた者がエラソーなことは書けない。
【海】閉店に際して、「ルーエ」Hさんとナオさんが訪問してくれ、ナオさんはサインを、Hさんはフリーペーパーを制作してくれました。
カバー写真、3冊。似てるでしょ? ふたつは「閉店」記念本。
どうか「ルーエ」は末永く。
写真、『書肆アクセスという本屋があった』(右文書院)、『海文堂書店の8月7日と8月17日』(夏葉社)、それに本書と帯。
(平野)「海文堂書店日記」が引っ越して来ました。今、アルバイトで【海】の残務整理を【奥】でしています。それにちょいと原稿書き。難しいことは「くとうてん」ゴローちゃん任せで、多分彼が過去の日記を見られるようにしてくれるはず。ではでは。