■ 花房観音 『恋地獄』 メディアファクトリー 1600円+税
山村美紗は京都中で殺人事件を起こしたが、観音は京都のあっちこっちでエッチ。歴史・伝説・歳時記を折り込み、物語を紡ぐ。
本書は官能&怪談。哀しくて怖い人間の情念。
鷹村妃(きさき)、作家37歳、京都の町家――涸れ井戸がある――に移り住む。愛しい男は妻子ある映画監督。京都は彼が生まれ育ち初作品を撮影した土地。
編集者が幽霊話を依頼してくる。一緒に代々「墓守」を生業としている老婆・志乃に会う。
志乃は18歳の時、恋に落ちた。自分は婿を取って「墓守」を継ぐ身、男は老舗旅館の長男・勝介。周囲の猛反対に、彼は志乃の家の鳥居で首を吊る。彼の首が今も床の間で自分を見ていると、志乃は言う。19歳で嘉太郎と結婚。彼はすべてを承知、仲睦まじく暮らした。勝介の首はずっと見ていた。その前で愛し合った。21歳の時、そろそろ子供がほしいと思っていた頃、嘉太郎が鳥居で首吊り。志乃は勝介が殺したと感じる。30過ぎて恋した男の時は首吊り寸前で止めることができたが、すぐに別れた。次の男はどんなに遅くなっても泊めなかった。40歳頃の話。
……
春は、桜をふたりで見に行ってん。
ここに来る手前に、お寺あったやろ、上品蓮台寺いうねん。じょうひんて書いて、じょうぼんな。桜がきれいや。枝垂れ桜がな。……ゆうらゆうら揺れて、のどかやわ。
まるで首吊りした男たちみたいに、ゆれるねん。
嘉太郎さんも勝介もね、鳥居にぶらさがって、揺れとった。うちが惚れた男たちが首を吊るして揺れるように、桜も揺れとった。(略)
先生、六波羅に住んではるんやったら、ほら、珍皇寺さん、あるやろ。あそこには小野篁が地獄に通った井戸があるやろ。えんま堂には、閻魔さんがいはるわ。
あとな、あそこには紫式部の供養塔もあるねん。
紫野には、小野篁公と紫式部の墓もならんでんねん。なんでこのふたりがって話やけねん、生きてた時代も違うし。
紫式部は男女の愛欲を描いた罪で地獄へ落とされて、それを小野篁が救ったって話があるんや。
愛欲を描いたぐらいで罪になって、地獄へ落とされたらなぁ、うちも絶対に、死んだら地獄に行くの間違いなしやな。
先生もなぁ。小説書いてはるから、地獄行き、やな。
先生は自ら地獄へ行きたがってはるやろ。
なんで好きこのんで、厄介な男に惚れて、地獄を目指すんやろうなぁ。
あんたは地獄に会いたい人があるから、それを望んではるんやろ。
好きな男がおらん極楽より、男がおる地獄か。難儀なことやなあ、あんたも。
けど恋をした時に、もう人間は地獄へ足を踏み入れとるんや。
……
妃の恋人は自殺した。彼女は志乃同様死んだ彼に見せつけるように編集者を誘う。編集者は
「あなたは、まだ彼を追っているんですよね。……」
彼女は幽霊でもいいから彼に会いたいと京都に来た。この街が地獄につながっていると思った。幽霊は見えない。
庭の涸れ井戸を覗き込む。闇の中へ身体を……。
……
ああ、やはりこの先は、地獄なのだ。
私が望んだ地獄なのだ。
恋に溺れた者を罰する鬼たちがいる、地獄。
誰かが恋に死ぬ私の愚かさを嗤っている声が聞こえたが、悔しがる暇もなかった。
私は奈落へ落ちると共に快楽も孤独も恐怖も全て失って、消えた。
……
(平野)