■ 出久根達郎 『万骨伝 饅頭本で読むあの人この人』 ちくま文庫 950円+税
「饅頭本」は、古書業界で追悼文集のことをいう。「葬式饅頭」をもじり、忌日に縁ある人に配る追悼本・記念本をこう呼ぶ。意外な大物が文章を寄せていることがあり、それが全集に収録されていない場合もある。少部数で、作家が本名で寄稿していたり、戦前のものなら当局の検閲がないなど、「掘出し物」が多いそう。
尚、本書では自伝や研究本も含まれている。出久根は書名について、「一将功成りて万骨枯る」という漢詩から説明する。
《上役の手柄は、多くは部下の犠牲によるもの、という意味である。つまり、縁の下の力持ちに支えられて、大将の功績が生れたのだ。スポットライトを浴びる大将の身の上は、誰でも知っている。人知れず枯れた「万骨」のプロフィルを知りたい。(中略)
もとより、「万骨」に甘んじている人だから、自らを宣伝しない。資料が少ないのが難点である。あえて人物評は避けた。面白く、ユニークな人柄、あるいは現代人の参考になる生き方を通した、感銘する言葉を残した、等々の尺度で任意に選んだ。(後略)》
「縁の下の力持ち」の話から、出久根が小学生時代に後者の縁の下にもぐり込んで宝探しをしたことを語る。使い古しの鉛筆などを見つけた。お金はなかった。様々な鉛筆をながめて楽しんだ。
鉛筆から「トンボ鉛筆」の創業者夫人・小川とわの自伝『蜻蛉(せいれい)日記』(朝日書院、昭和39年刊)の話になる。出久根はこの本で鉛筆業界のことやトンボという虫について知る。トンボをマークにした理由、トンボのアルファベット表記を「TOMBOW」にした理由もわかった。夫人が図案や宣伝、製品開発でも大きな役割を果たしたことも。出久根は、この本を古典『蜻蛉(かげろう)日記』の研究書だと勘違いして目録で注文したらしい。実業家、文化人など50人(スポーツ選手、花柳界の女性、犯罪者もいる)が登場する。歴史に名を残す人もいるが、ほとんどが一般には無名の人。それぞれに異色の「人生」があった。
(平野)