■ 武井博 『泣くのはいやだ、笑っちゃおう 「ひょうたん島」航海記』 アルテスパブリッシング 1800円+税
NHKテレビの人形劇「ひょっこりひょうたん島」は1964年から5年間週5日放送された。脚本は井上ひさしと山元護久、音楽は宇野誠一郎、人形デザイン片岡昌(あきら)、人形演技ひとみ座、タイトルアニメ久里洋二。声の出演は藤村有弘、熊倉一雄、中山千夏他、芸達者な顔ぶれが揃う。テーマソングを歌った前川陽子は中学生だった(本書で知った)。
武井は担当ディレクター、入社5年目だった。子ども番組の企画・演出をし、勤務のかたわら児童文学を執筆。退職後は牧師になった。武井は新しい人形劇を任され、北杜夫のエッセイ集にあった架空の探訪記「ホラ天国・八丈島」から島を舞台にした物語を思いつく。原作を北に依頼するが、あいにく鬱状態で断られる。原作なしで脚本を書ける若手放送作家として、井上と山元を選んだ。
テーマソングの歌詞は締め切り日当日の電車内でできた。井上・山元・武井は藤沢市の井上宅に泊まり込んでアイデアを出し合うが、一行もできなかった。テレビ局に向かう電車に乗り、一駅過ぎ、二駅過ぎ、井上が遠慮がちに口に出した。
《「武井さん、今、僕の頭に、一つだけ、言葉が浮かんだのですが」
「どんな言葉ですか?」私は身を乗り出しました。
すると井上さんが、「まるい地球の水平線」という言葉をぽつりと口にしたのです。
その言葉を聞いて、私は思わず「それで行こう!」と叫びました。「まるい」という言葉と「水平線」という言葉の結びつき、その映像的イメージが実にいいのです。(後略)》
その後、不思議なほど言葉が出てきて、完成したのはテレビ局のある駅の一つ手前。
はじめは視聴者からの手ごたえはなく、新聞には言葉づかいが悪いという批判記事が出た。登場人物の一人、ドン・ガバチョの歌、「今日がダメなら、あしたにしましょ、あしたがダメならあさってにしましょ~」が一家心中まで考えた経営者の転機になったという記事や、著名人の好意的なコラムなどで、次第に認められた。沖縄がまだ本土復帰前で、ビデオを空輸して放送していたが、その沖縄で人気があった。
《私たち戦後派スタッフの間には、戦前のような軍国主義の時代には絶対に戻りたくない、という感覚が暗黙のうちに共有されていたと思います。自分の国だけが優れていて他国は劣っている、「わが国は神国だ」「だから、いざとなれば、神風が吹く」などと思い上がった結果、とんでもない戦争を始めて、挙句の果てには惨めな敗戦。ナショナリズムはもう御免だ、という気持は皆が共通して抱いていたと思います。》
ストーリーの根底に、ナショナリズム・排他主義ではなくインターナショナリズムがある。漂流する島はどこに漂着してもその国と「共生」する。登場人物は皆、偶然島に来た人たちで運命共同体だが、それぞれ価値観が異なり勝手な主張をする。しかし、子どもたちは知的で個性的で希望と夢と勇気を持っていて、何度も島の危機を救う。当時の世の中を反映し風刺しているが、現代にも通じる普遍性がある。作り手の人たちの理想があった。
(平野)私は小学5年から中学3年。夕方の番組だったので全部を見てはいない。91年に関係者とファンの協力でBS放送でリメイクされた。私は近所の人に録画してもらって見ることができた。脚本もちくま文庫で出版された。