2016年6月12日日曜日

村に火をつけ、白痴になれ


 栗原康 『村に火をつけ、白痴になれ 伊藤野枝伝』 岩波書店 
1800円+税

 伊藤野枝(18951923)福岡県生まれ。辻潤、大杉栄との関係をスキャンダラスに取り上げられることが多いが、本書は野枝の執筆活動を中心に、彼女の思想・行動に焦点をあてる。結婚、性、売買春など社会道徳にペンで立ち向かった。

目次
はじめに  あの淫乱女! 淫乱女!/野枝のたたりじゃあ!/もはやジェンダーはない、あるのはセックスそれだけだ
第一章      貧乏に徹し、わがままに生きろ  お父さんははたらきません/わたしは読書が好きだ (略)
第二章      夜逃げの哲学  西洋乞食、あらわれる/わたし、海賊になる/ど根性でセックスだ (略)
第三章      ひとのセックスを笑うな  青鞜社の庭にウンコをばら撒く/レッド・エマ/野枝の料理はまずくて汚い? (略)
第四章      ひとつになっても、ひとつになれないよ  マツタケをください/すごい、すごい、オレすごい (略)
第五章      無政府は事実だ  野枝、大暴れ/どうせ希望がないならば、なんでも好き勝手にやってやる (略)
あとがき  いざとなったら、太陽を喰らえ/はじめに行為ありき、やっちまいな

 目次をざっと書き出したが、これで著者の文章の調子がわかっていただけるか。岩波が本書を出すことが面白い。それでもやはり、大杉栄、野枝、甥宗一の最期は辛い、酷い。
 著者は1979年埼玉県生まれ、東北芸術工科大学非常勤講師、専門はアナキズム研究。『大杉栄伝――永遠のアナキズム』(夜光社)、『はたらかないで、たらふく食べたい――「生の負債」からの解放宣言』(タバブックス)など。

〈あとがき〉では著者自身の近況を書いて、野枝のことに。
……いざとなったら、なんとでもなる。おさないころから、そういう実感をもっていた。なにがなんでも、好きなことをやってやる。本がよみたい、勉強がしたい、文章をかきたい、もっとおもしろいことを、もっとするどいことを。それをやらせてくれるパトロンを、友人を、恋人をじゃんじゃんつくる。代準介、辻潤、平塚らいてう、大杉栄などなど。恋人だってほしいし、セックスだってたのしみたい。子どもだってつくってやる。うまいものをたらふく食べることだって、あきらめない。これすごいのは、ふつうどれかひとつやったら、どれかをあきらめざるをえなくなったりするのだが、野枝はちがうということだ。ぜんぶやる。欲望全開だ。稼ぎがあるかどうかなんて関係ない。友人でも親せきでも、たよれるものはなんでもたよって、なんの臆面もなく好きなことをやってしまう。わがまま、友情、夢、おカネ。きっと、この優先順位がしっかりとわかっていたひとなんだとおもう。》

 書名は、野枝の小説、「白痴の母」(障害のある息子を持つ母親の悲惨な死)、「火つけ彦一」(被差別部落青年の復讐)から。
(平野)
 612日「朝日新聞」読書欄で、北田博充『これからの本屋』(書肆汽水域)紹介。