2014年12月18日木曜日

金子光晴 I L


 『金子光晴新詩集 IL』 勁草書房 19655月刊

装幀 宇留河泰呂  解説 清岡卓行 
 光晴70歳。翌年歴程賞受賞。

 

わが胸の奥の奥の小景まで、からんと透いてみえる
そんなときまで生きねばならぬのは、つらいことだ。

それに、僕には、太陽や、そよ風などと和解してゐる時間が
そろそろ、なさそうなぐあいなのだ。

 
かなしむのは、はやい。僕は、まだ、ひとりぶんのなま身を
くたびれてはゐるが、肉体をもつてゐる。
 
ときおり、いはれもしらずはしやぐこともあるこのからだには
あいきようにも、ちよつぴりへのこまでついてゐる。

びつくりするにはおよばない。そのうへ、僕には
どうつかつたらいいものか、つかひのこしの、僕の『時間』がある。
……

 盟友・山之口貘のことも詩に出てくる。

『キリストだとばかりおもつてゐたら、おや、君は、死んでるはづの
貘さんじやないか。どうして、また』(略)
『どこかで、なにかが、まちがつたのではないのでせうか。
この道は、ねえ、かねこさん。へんなところへ出てしまひそうですよ』

(平野) 乙仲「スウィートヒアアフター」で購入。

2014年12月16日火曜日

神戸港 昭和の記憶


 森隆行 『神戸港 昭和の記録  仕事×ひと×街』 神戸新聞総合出版センター 201411月刊 1600円+税 
カバーデザイン:楠田雅史 イラストレーション:岩里佑也

 著者は1952年徳島県生まれ。75年大阪商船三井船舶(現・商船三井)入社。2006年から流通科学大学商学部教授。著書に『神戸客船ものがたり』(神戸新聞総合出版センター)など多数。
 本書では神戸港の発展を支えてきたさまざまな仕事を紹介する。かつての活気を思い返し、もう一度元気をと願う。

目次
神戸港の概要  航海士 神戸ポートラジオ 水先人 タグボート ラインマン 税関 沖仲仕と手配師 通船 艀 メリケン地蔵 バナナ埠頭 鳶と筏 神戸臨港線 シップチャンドラー 給水船 造船 外国人バー 海文堂書店 アリマ 土運船
神戸港略年表

 耳慣れない言葉がある。

「神戸ポートラジオ」は船と陸の情報交換の役割を果たす国際VHF海岸局、東洋信号通信社。
「ラインマン」、船の接岸・離岸時に渓流用のロープを掛けたり放したりする「綱取り放し作業」に携わる人。いわば船の命綱を握る縁の下の力持ち。
「シップチャンドラー」は、船に食料品、日用品、雑貨を届ける事業者で、「船食」とも呼ばれる。最盛期には611社あったが、現在は3社。

【海】にもページを割いてくださっている。「神戸の大切なシンボルが消えてしまった」の言葉も。

「はじめに」と「あとがき」より
 神戸の街は港を中心に栄えてきた。

……戦後、高度経済成長を背景に、造船業や海運業に支えられ、世界を代表する港として、活気にあふれていた時代があった。昭和三〇~四〇年代である。街は、港で働く人であふれ、朝から酒を飲む外国人船員の姿も多く見られた。

 昭和40年代後半、コンテナ船が登場して沖荷役が減少し、艀もなくなる。日本人船員も激減する。コンテナ船は夜入港して朝出航。船員の上陸が減り、「外国人バー」が絶滅寸前など、船員相手の商売も難しくなった。

……神戸ならではの海事関係の書籍を取り扱っていた書店も、廃業してしまった。消え去らないまでも、かろうじて細々と続いている事業も少なくない。

 港の仕事を支えた「人」、「熟練の技」があった。現在活躍するのは「高度にシステム化された港湾設備・機器」。

……神戸港を支えてきた名もなき人々の息遣いを感じ取ってくださることを願っている。
(平野)
「ほんまにWEB」連載「さすらい月報」、今回はちゃんと更新。
http://www.honmani.net/

2014年12月14日日曜日

スウィートヒアアフター


 1213日 書肆スウィートヒアアフター オープニングレセプション

 121日、神戸市中央区海岸通4丁目(通称・乙仲通)清和ビル2階で開業。


 古本と新刊を扱い、壁面をギャラリースペースとして使う。

「開店のご挨拶」より
 新刊書店勤務で、人と本の「出会い損ね」を痛感したそう。
……書物の世界は、一個人ではとても把握できないほど広大な沃野です。新刊と古書の区別なく、人と本が出会う「奇跡の現場」を信じます。
 私一人の選書では当然偏りが生じることでしょう。多様性の確保と寛容さを信条とする者として、お客様との対話を通じて柔軟に変化していくことを期待してもいます。結果、「程よく面白い品揃え」となることを目指して参ります。……









 

黄色の棚が古本。蔵書でスタート。人文・社会関係と女性作家が数多く。短歌コーナーあり。
 青い棚が新刊書。直取り引き。アマゾンに出荷を拒否している出版社(緑風出版、水声社、晩成書房)のコーナーがある。
 黒いセーター姿が店主の宮崎さん。パーティーには、恩師、学友をはじめ、本と芸術活動で知り合った人たちが集まった。「明日本会」からはセ~ラ編集長、F店長と私。

神戸散歩の立ち寄り先にお加えください。
金子光晴の詩集を購入。

(平野)

2014年12月12日金曜日

晴れときどき涙雨


■ 髙田郁 『晴れときどき涙雨 髙田郁のできるまで』 幻冬舎文庫 201412月刊 460円+税 
カバーデザイン 多田和博  カバーイラスト 卯月みゆき
 

 20127月集英社クリエイティブから単行本。
 単行本の時も紹介した。

「文庫版あとがき」より。

「スランプに陥った時はどうしますか?」
 サイン会や講演会で、そう聞かれることが度々あります。そんな時は、
「本屋さんへ行きます」
 と答えます。
 書店へ行って、書店員さんが働いておられる様子を眺め、書棚を眺め、本を手に取り、紙の手触りを楽しみながらあれこれと選ぶうちに、萎れていたこころが膨らんでいくのがわかります。購入した本を手に、店を出る時にもう一度、振り返ります。

 本屋と書店員を大切にしてくれている。

(平野)
 またも【海】のことに言及。ありがたいこと。

 パートの研修、大阪での4日間終了。久々のラッシュ電車。明日は神戸。
 今週初めての本屋。

2014年12月9日火曜日

ロードス通信 第38号


 古書目録 ロードス通信 平成2612月 第38号 最終刊

 ロードス書房主人・大安榮晃(おおやすしげみつ)さん、911日逝去。ご本人が準備していた目録、家族と仲間によって完成。

 


ご挨拶  大安立子
『ロードス通信』と『本棚』のことなど  街の草 加納成治
古書と漱石と大安榮晃さん  「sala」編集人 吉田ふみゑ
父のこと 大安羽生子

 夫人の「ご挨拶」から。
 ロードス書房開業は昭和561月、故郷の篠山口駅前。6112月、「サンパル古書の街」に出店し、神戸移住。「ロードス通信」は平成412月に第1号を刊行。

「サンパル古書の街」の変遷、震災、公社との裁判、次々と続く中、古文書にも熱中し「阪東直三郎日記」を刊行、家族、親戚、他人の世話にも奔走しました。「自衛官は命を掛けているって言うのを聞くと腹立つわ。僕らも命掛けや」――傍から見ると、報われず、儲からず、店には居らず、止めてと言いたくなりましたが、個人店主の気概か、「さあ!(ここがロードス島だ)」と、止むに止まれぬ熱に動かされ、止まるどころか加速しているようにさえ思えました。(略)
 亡くなって一ヶ月が過ぎ、故郷の荷物を開いてみると、20代前半に作った読書計画の痕跡――びっしり細かい字で埋め尽くされた手帳やノートが何冊も見つかりました。生活の中で読書生活は変更せざるを得なかったでしょうが、いつも目指すところに一途でした。
 92日の業者市に出席、9日の市にも行こうとしておりました。もっと本を買わせてやりたかった、美味しいものを食べさせてあげたかった、将棋も指させたかった、一生懸命話す姿を見ていたかった……。いつも目録を出すとき、「ものすごく売れる気がする」と言って、うれしそうにピョンピョン跳ねていた姿が目に浮かびます。ほんとに可愛い男でした。(略)

(平野)
個人的には子どもたちが同じ学校でした。お世話になりました。ありがとう。

2014年12月7日日曜日

忙中閑語


 安野光雅 『忙中閑語』 朝日新聞出版 201411月刊 1600円+税

 雑誌『数学教室』(国土社)連載のミニエッセイ〈2851編〉。見聞したことから教訓を得たり、思いついたことのメモだったり、興味がどんどん深まり広がる話、奇妙な話、笑える話に怒っている話。意外な発想や思考法、架空の学校の校歌も。安野版「考えるヒント」。

000 (略、宇宙飛行士・ガガーリンが「地球は青かった」と言った。もう一つ、「神はいなかった」と言ったという話がある。神を信じていた人にとっても、そうでない人にとっても意味のある言葉)
 倅は、「無限にある星の中で、水も空気もある青い地球を遥か彼方から見たとき、神はいなかったけれど、神という言葉を持ち出す他ないほどの感動があった、ということではないだろうか」と言う。
 そうだった。地球は、奇蹟なのだ。こんなに美しい星は今のところ、かけがえのないものなのだ。そんな地球のうえに棲む生き物はみんな、弱肉強食で生きてはいるが、人間同士が争っていていいのか、文明の進歩は確にめでたいが、そのために沢山のものを犠牲にしてしまった。いまごろ気がつくのは遅いが、このような星は他にないことを忘れてはいなかったか。地球を汚した者が、やがて死んで責任をまぬがれても、汚れた地球は残る。その子孫に対して責任のもてる人間になろうではないか。

 数学の話が多い。数学者・野崎昭弘の『数学で未来を予測する』(PHPワールドサイエンス新書)の読後感想。大切なこととして、「(何でもすぐに)信じる者は滅び、(よく考えて納得しなければ)信じない者は救われる」をあげる。

021 (教会が免罪符を売った。買うほうも買うほう、売るほうも売るほう)
 悲しいかな、世の中というものはそうなっていて、「信じる者は救われる」と信じている者のほうが多いらしい。どんなに未来の幸せを説かれても、「一寸先は闇」であることほど確かなことはない。

(平野)

テレビの時代劇で、信心深い中間が無信心な主人に「信心」の大切さを説いた。
「うまくいけば信心のおかげ、うまくいかなかったら信心が足りない」
 改革が進めば景気がどうの、というのに似ている。KT中の時もそう言っていた。
 私事、いよいよ勤めに出ることに。本とは何の関係もない仕事です。ブログは続けますが、回数は減ると思います。
 ではでは皆さん、カゼにご注意を。

2014年12月6日土曜日

香具師風景走馬燈


 林喜芳 『香具師風景走馬燈』 冬鵲房 19842月 B6 241ページ 表紙・カット 海原六一


 
目次 
香具師・その世界  
当世香具師符牒大全
香具師群像
大道芸人・大道商人 
あとがき

 

 
 
 
「香具師」の口上と言っても、ガマの油売りとか、映画の寅さんくらいしか思い浮かばない。全盛期は大正から昭和の初めらしい。デパートの実演販売の流暢な口上を想像してもらって、もっと胡散臭い怪しいイメージ。粗悪品、インチキ商品かもしれない、とも思う。盛り場の片隅で「春画」もしくは「エロ写真」らしきものを言葉巧みに売る商売もあったらしい。口上では決して「春画」「エロ」と言わない。「二人が足をからませ~」とか「お巡りさんが来るといけない」とか、10分ほどで手早くお金と交換して店じまいする。帰りに、「そのへんで広げてはダメ」とか「パクられたらみんなが迷惑」とか客をせき立てる。帰って見てみれば、相撲の絵だったり二股大根だったり。結局騙されたようなものだが、客は怒れない、苦笑いしてスケベ心を恥じるのみ。

……では香具師の売る商品はすべて粗悪品であるかといえば決してそうではない。だから買う、売れるのであって、そうでなければどの縁日でもお祭りでもボイコットされて、香具師商人は生活がたたなかった筈である。……

 居合抜きや曲芸を見せながらの商売もあった。香具師と芸能の結びつきは江戸時代から。大正期には歯磨きメーカーが歯磨き粉の袋を持参すれば演芸を無料で見せるという宣伝をした。
「大締師(おおじめ)」は香具師の花形。「オイ、オーイ!」の声で人を集め、まず口上で「ゲソドメ(足止め)」させるテクニックを持つ。集まった人の中にスリがいるから注意せよ、顔を知っている、今帰ったらスリと間違われる、などと言う。誰もその場所を離れられない。実際にスリが横行し、警察の目を逃れるために人だかりに入り込むことがあった。足止めしてからが大締師の正念場で、商品の効能を並べて売りつけるまでの一時間の真剣勝負。

 林の香具師商売は昭和13年(1938)、ネクタイ売りの修業から。しかし戦時、翌年の米配給統制に始まり、みそ・醤油・衣類などが切符制になり、露天商人に商品が入らなくなった。17年には企業整備令で、配給所以外の商店は閉店状態になる。戦後、夜店で自分の蔵書を売り始める。

……古書店で買ってもらうよりは高く、古書店での売価よりは安くというのが私の考えだった。(まだ本の少ない頃、文学書も良く売れた。古本屋のおやじらしい人がたくさん買って行った。かも知れない)小川芋銭のもの、高橋新吉の詩集、大杉栄のものなど、実は売る側の私も惜しかったのだが、その日に金が欲しいとなれば執着などしている暇はなかった。……

古本売りをしばらく続けていると、場所によってお客の好みが大きく違うことに気づいた。客筋に合わせて「ネタ」を選ぶ。古本の売り上げ経験から次の商品の仕入れを考えた。
書影は、高橋輝次『古書往来」(みずのわ出版)より。
(平野)