■ 林喜芳 『香具師風景走馬燈』 冬鵲房 1984年2月 B6 241ページ 表紙・カット 海原六一
当世香具師符牒大全
香具師群像
大道芸人・大道商人
あとがき
目次
香具師・その世界 当世香具師符牒大全
香具師群像
大道芸人・大道商人
あとがき
「香具師」の口上と言っても、“ガマの油売り”とか、映画の寅さんくらいしか思い浮かばない。全盛期は大正から昭和の初めらしい。デパートの実演販売の流暢な口上を想像してもらって、もっと胡散臭い怪しいイメージ。粗悪品、インチキ商品かもしれない、とも思う。盛り場の片隅で「春画」もしくは「エロ写真」らしきものを言葉巧みに売る商売もあったらしい。口上では決して「春画」「エロ」と言わない。「二人が足をからませ~」とか「お巡りさんが来るといけない」とか、10分ほどで手早くお金と交換して店じまいする。帰りに、「そのへんで広げてはダメ」とか「パクられたらみんなが迷惑」とか客をせき立てる。帰って見てみれば、相撲の絵だったり二股大根だったり。結局騙されたようなものだが、客は怒れない、苦笑いしてスケベ心を恥じるのみ。
……では香具師の売る商品はすべて粗悪品であるかといえば決してそうではない。だから買う、売れるのであって、そうでなければどの縁日でもお祭りでもボイコットされて、香具師商人は生活がたたなかった筈である。……
居合抜きや曲芸を見せながらの商売もあった。香具師と芸能の結びつきは江戸時代から。大正期には歯磨きメーカーが歯磨き粉の袋を持参すれば演芸を無料で見せるという宣伝をした。
「大締師(おおじめ)」は香具師の花形。「オイ、オーイ!」の声で人を集め、まず口上で「ゲソドメ(足止め)」させるテクニックを持つ。集まった人の中にスリがいるから注意せよ、顔を知っている、今帰ったらスリと間違われる、などと言う。誰もその場所を離れられない。実際にスリが横行し、警察の目を逃れるために人だかりに入り込むことがあった。足止めしてからが大締師の正念場で、商品の効能を並べて売りつけるまでの一時間の真剣勝負。
林の香具師商売は昭和13年(1938)、ネクタイ売りの修業から。しかし戦時、翌年の米配給統制に始まり、みそ・醤油・衣類などが切符制になり、露天商人に商品が入らなくなった。17年には企業整備令で、配給所以外の商店は閉店状態になる。戦後、夜店で自分の蔵書を売り始める。
……古書店で買ってもらうよりは高く、古書店での売価よりは安くというのが私の考えだった。(まだ本の少ない頃、文学書も良く売れた。古本屋のおやじらしい人がたくさん買って行った。かも知れない)小川芋銭のもの、高橋新吉の詩集、大杉栄のものなど、実は売る側の私も惜しかったのだが、その日に金が欲しいとなれば執着などしている暇はなかった。……
古本売りをしばらく続けていると、場所によってお客の好みが大きく違うことに気づいた。客筋に合わせて「ネタ」を選ぶ。古本の売り上げ経験から次の商品の仕入れを考えた。
書影は、高橋輝次『古書往来」(みずのわ出版)より。
(平野)