■ 『野呂邦暢小説集成4 冬の皇帝』 文遊社 2014年12月刊 3300円+税
芥川賞受賞後に発表した作品を収録。自伝作品、ミステリーも。今回初めて本に収録されたものもある。
「冬の皇帝」
青年は高校卒業後、上京してガソリンスタンドで働いた。
昼過ぎ、自動車はひっきりなしに走っているのに、きまって暇になる時間が毎日ある。ほんの15分ほど。青年は「とりとめのない思いにふける」。そうやって街路をながめた。
静かだ。(略)
気を失った人間が我に返るという。この時刻になってやっと自分がちゃんと息をして働いている当り前の人間であることに気づくのはそれに似ている。何もしないでぼんやりしている。道路向うのタクシー会社を眺め、空を見上げ、行きかう車に目をやる。何も考えない。まったく何も考えはしない。
車の列は川に似ている。
雨あがり、水嵩が増えた急流。左右に目まぐるしく移動する車を見ていると酔ったような気分になる。体の内部を何かが駆けめぐり始める。(略)
電車の音、近くの建築現場や工場からの音、雑多な音が聞こえるが、それらがまじると「ある種の静けさ」を感じる。一瞬すべての騒音が止まることがある。奇妙な静かさに不安になる。けたたましい音が戻ると緊張がとけて仕事に戻る。
相手の耳に口を寄せなければこちらのいいたいことが伝わらない職場にぼくは慣れた。午後二時を過ぎた今頃のいちばん騒がしい一刻にある静けさを感じるようにもなった。これが都会の音だ。……
アフリカのある国の皇帝が来日。皇帝の車が前の道路を通るらしい。交通規制で車の流れがいつもと違う。店員たちで車のナンバーで賭けをする。いつもの15分間、その車が現われた。バリケード、戦車、広場、砲弾、群衆……、青年はどこかの国で起きた政変の夢を見ていた。皇帝の車はルートを変更したらしい。
(平野)
元町商店街HP更新。「【海】という名の本屋が消えた」は「金山平三」。
http://www.kobe-motomachi.or.jp/