2014年6月28日土曜日

神戸 我が幼き日の(2)


 「神戸 我が幼き日の……』(2

 小松益喜19042002)高知市出身、洋画家。30歳の時、神戸の街と異人館に魅せられ定住し制作。東京美術学校の先輩・小磯良平と親交。


 絵は「ゼリーボンボンの店」。西洋菓子の店。神戸に来た頃の絵。

……イーゼル、絵具箱、カンバスを自転車の後輪につけて、灘から三宮界隈まで毎日のように馳け廻って画を描いていた頃のことである。汽車はまだ高架になっていず、元町の北側の路面をシュッポシュッポと走っていた。前の柵が鉄道線路の柵である。私が、高知から東京へ行こうと出て来たものが、神戸へ立ち寄ってそのまま、二十幾年を住みついたのは、神戸という街があまりにもエキゾチックで、私の画心をそそったからである。……

 店の看板、上は赤地に白字、下は黒地に白字。入口には日清戦争戦勝記念の大砲の玉があり、ショーウインドウには鉄柵。

……画を描くことがよろこびであった半面、生活はゼリー・ボンボンの如く甘くはなかった。……

 まだ絵では生活できなかった時代の作品。
 
 

 異人館、居留地、元町の露路、新開地の裏通り……。絵は建物や街並みだが、文章には街の風情や出会った人たちとの会話が書かれている。

 北野の一番山手で異人館を描いていたら、西洋人の男の子が来て、
「オジサン、ナニシテルノ?」
「絵を描いてるんだよ」
 ルノワールの絵のような美しい子。青い眼が宝石のようで、見とれてしまう。
「オジサン、ナンデソンナニボクミルノ?」
「君の眼があんまりきれいだからよ」
 男の子は得意になって威張った。小松は思わず苦笑い。

(平野)