■ 金子光晴 『絶望の精神史 体験した「明治百年」の悲惨と残酷』 講談社文芸文庫 940円+税 1996年7月1刷(持っているのは2008年3月12刷) 元本は1965年9月光文社刊。
まえがき1 絶望の風土・日本 絶望とは、何か 逃げ出せない日本 水蒸気の多い心象
2 ひげの時代の悲劇 ひげのある人生 ひねくれ者と孤独者 明治の青年を苦しめたもの
3 ヨーロッパのなかの日本人 ご真影 エトランゼのゆくえ くずれゆくもの
4 焦燥する〈東洋鬼〉 中国のなかの日本人 良心は、とても承服しない
5 またしても古きものが
人と作品 伊藤信吉
年譜 中島可一郎著書目録 原満三寿
……百年、つまり、この一世紀は、小さな体の日本人が、力いっぱい、列強のあいだに背のびをした時代だ。そのことに誇りを感じた人もあろうし、むりやりに引きずられて迷惑した人もあろう。明治の開国当時の列強は、僧服をつけた狼たちであった。そこで、負けん気の日本犬が、狼のすることをまねて、大けがをしたというお伽話ができあがった。
明治からの行きかたが正道だったと、このごろになってうそぶいている御仁もあり、敗戦後の二十年の日本を、新しい出発と考える人もある。明治からの国是が正しいという人にとって、「大東亜戦争」の敗北は十分な教訓となっていない。つまり、条件がそろい、実力がつけば、おなじ無謀をくり返しかねない人間の、性悪な情熱を代表している。戦後の二十年を肯定しようとする人たちの立場は、それはそれで正しいにしても、今日の民主主義の正義を、そのまま呑みこみすぎているのではないかと、これまたこわくなってくる。……
光晴の問題意識は、日本人の「つじつまの合わない言動の、その源」。敗戦で人の心は見事に裏返った。
「(無欲だが、頑固、他人をやかましく非難するが、世話焼き……)それらの性格が、どんなふうにもつれ、どんなふうに食いちがってきたかをながめ、そこから僕なりの日本人観を引き出してみたい」光晴の人生で同伴した人たち、それぞれが背負った「近代日本の絶望」をさぐる。破産して最後は貧しい漁村の空寺の番人で死んだ実父、鹿児島で枝珊瑚の栽培に失敗し自殺した叔父、妻の不倫からコレラ菌を飲んで死んだ医者、彫刻の才能を嘆いて指を切った友……。彼らを追い込んだ環境、風土、時代を考える。
しかし、彼らを通して光晴が語っているのは、日本近代史=戦争と天皇制。日露戦争頃の体験や見聞から。
僕という一個の人間に、そのとき渡された日本人としての人生は、自分の選択によるものでなく、いいも悪いも、できあがったあてがいぶちのものであった。そして、親の子どもとして、教師の生徒として、先輩の後輩として、国家の臣民として、できるだけ早く、できるだけよく順応するように、教えこまれた。(島国で、多民族国家でないこと、隣国と接して自他の優劣を比較する機会が少ないことから、不平、競争がないかわりに進展や自己批判も生まれない)
日本のような国では、自分たちが、ほんとうに幸せなのか、不幸せなのかわからなくなる。だから、統治者が、日本は神国だと言えば神国ということになり、日本ほど美しい、すぐれた国はないと歌えば、それがすぐ全国民の合唱となる。客観的に正しいときは文句がないとしても、それが真実から遠い、統治上の宣伝であったりした場合には、傲慢不遜な国民や、狂信的な国民ができあがる。そういったことから発生する絶望や悲劇を、今日までの日本人がたくさん背負ってきたのではないか。……(平野)