■ 宮崎修二朗 『環状彷徨 ふるさと兵庫の文学地誌』 コーべブックス 1977年2月刊
「環状彷徨」とは、登山中の濃霧や吹雪で、「人間の右利き、左利きによる左右不称相に因をなす山に危難のことである。すなわち、同一の場所を中心にして右か左に環状彷徨すること」(『山岳講座』第3巻、白水社)。
宮崎が敬慕する詩人・富田砕花の詩にもこの言葉がある。
人間疎外/冗談でしょう/吹雪く原に/思索の/環状彷徨
函の絵は竹中郁。
目次
序 旅だちのまえに――兵庫県の風土と人
一 港の文学地図〈神戸市〉 メリケン波止場 潮の香の中で 青い瞳の詩人たち 神戸の暗い季節 開化の風景 元町文学散歩 ……
二 武庫野のこだま〈阪神地帯〉 芦屋川のほとり 甲子園の界隈 武庫のわたり 俳諧の町 猪名川遡行 竪琴の町 ……
三 山なみと潮騒のうた〈丹波但馬〉 城のある町 丹波の牧歌 円山川 潮鳴りの中で ……
四 古風土記の山河〈播磨〉 姫路文学の面影 室津へ 忠臣蔵の町 龍野の歌など 播州平野 人丸山柿本神社 ……
五 島の細道〈淡路島〉 淡路島へ 潤一郎の淡路 おのころ島 鳴門のうた ……
あとがき 人名索引 作品名・誌紙名索引
正岡子規が日清戦争従軍記者の任務からの帰途、船中で喀血し、和田岬に上陸。担ぎこまれたのが神戸病院。明治28年5月22日。
……病院へ着いたのは「丁度灯ともし頃」。病室は二階の一間で当時はまだ閑静であった下山手八丁目の空を時鳥が鳴いて過ぎたりもした。
時鳥山手通りと覚えたり
は入院中の句であるが、若いころから肺結核でしばしば血を喀いたところから、時鳥になぞらえて子規と名づけた彼が、この地でふたたび血を喀き続けながら、あるいは鳴いて血を喀く時鳥の己れの身の最期を、改めて自覚したのではなかったか。……
嬉しさに涼しさに須磨の恋しさに
(平野)
神戸病院はわが小学校の学区内だったと知る。明治34年に別の場所に移転。