■ 佐野由美 絵と文 『神戸・長田スケッチ 路地裏に綴るこえ』 くとうてん 680円+税
佐野由美(1975~1999)、長田区生まれ。阪神・淡路大震災の時は大阪芸術大学在学中。98年4月からNGO派遣事業に参加、ネパールで美術教師のボランティア。翌年4月帰国直前に交通事故で死去。 本書は、震災直後から描いたイラスト日記と、生まれ育った長田の町のあれこれを描いたもの。1998年2月出版(六甲出版)を復刊。
目次
長田スケッチマップ
はじめまして下町・長田に綴るこえ
震災日記――阪神・淡路大震災体験記――
震災日記(ボランティア編)
震災日記(番外編)
長田は今も元気
あとがき
解説「ある魂に寄せて」 季村敏夫
工場の機械の音、長屋の並び、路地裏探検、市場のおっちゃん・おばちゃん、路上の井戸端会議、長田神社のお祭り、工場の狭間にある父のアトリエ、登下校の坂道……、 「平凡でも『そのまちらしさ』を持つ空間で暮らすこと」の大切さを感じる。
私は昔、美しい農村に憧れていて、アスファルト地面とコンクリ壁の長田がいやだったけれど、今は長田の古い汚れた壁なんかは、風化による絵画に思えるし、自分の歴史が、がさつだが活気と人情ある長田の土俗性と共に綴られてきたことを嬉しく思う。
佐野の家は全壊、長田の下町は火が出て焼き尽くされてしまった。教会に避難し、被災者生活。炊き出しや配給物資配給巡り、知人の家で風呂に入れてもらってお泊りなど、日記に悲愴感はない。
「これは今、歴史上でまたとない凄い状況の中におるんやわ」という実感の中で、一番わたしらしいやり方で記録して残さなければと思い、……
大学の試験のため学友たちの住まいに居候ハシゴ生活。それを楽しんでいた。大学の副手をしながら建設現場で働いているあぐちゃんに叱られる。
「アホゥ! 日本中の人間が神戸を建て直そうと努力しているときに、神戸人がちんたら大阪に逃げてくんな! 長田は自分のまちやろ。さっさと帰って復旧に協力せえっ。今は絵なんて描くな! なんでもええからできることからやれ。……」同情し慰めてくれる人はたくさんいるが、説教されたのは初めて。はじめはムカッとしたが、納得した。長田に戻り、YMCAのボランティアに参加、老人訪問を受け持つ。
解説の季村も長田で被災、震災資料収集保存活動を続けている詩人。佐野のことは彼女の著作物で知るだけ。佐野がボランティアをしたネパールを震災の95年と翌年訪れていた。99年4月ラジオニュースで彼女の死が告げられた。
……一瞬耳を疑ったが、カトマンドゥ、震災、女性、美術教師、次第にわたしは居住まいをただしていた。……
その年の6月、季村はみたびネパールに。佐野が働いた小学校に立ち寄った。
……教室の小さな椅子に座り、周囲の空気を吸い、手と手をあわせた。……
あの震災から20年が経とうとしている。佐野が描いた長田の風景はほとんど消えてしまっている。彼女は現在の風景を知らない。
死んだものはもう汚れることはない。汚れを抱え、さらに汚れつづけることは生者に課せられる。(略)佐野由美さんが生きて伝えたかったことを、深く思い出す時期がまたやってきたのだ。
佐野の活動を負ったドキュメンタリー映画「with…若き女性美術作家の生涯」(榛葉健監督)が2001年から全国で自主上映されている。
(平野)