■ マラマッド 作 阿部公彦 訳
『魔法の樽 他十二篇』 岩波文庫 940円+税
どの作品も主人公は市井のユダヤ人たち。貧しくて悲しくて切ない話、おとぎ話、ユーモアいっぱいの話。
ナチスから逃れてきた者もいる。放浪の民も。
マラマッドの両親は帝政ロシアから迫害を逃れてアメリカに来た。カバーの写真は1915年のニューヨーク・ブルックリンの一角だが、1924年この場所に両親が雑貨屋を開いた。
「はじめの七年」
靴職人助手ソベル35歳はポーランドから逃げてきた。謹厳実直、金に興味はなく、本が楽しみ。親方フェルドの信頼が篤い。フェルドの娘ミリアム19歳はソベルに古典の手ほどきを受けている。
フェルドはミリアムのために大学生とデートのお膳立てをする。ソベルの機嫌が悪くなり、店を飛び出してしまう。仕事にも来なくなった。
心臓に持病のあるフェルドは3週間ふせってしまう。新しい助手は金に手をつける。
病をおしてソベルの下宿を訪ねる。
……
「いつ戻ってくるつもりなんだ?」
「二度と戻りませんよ……戻ってもしょうがないでしょう?」
「給料をあげてやるよ」
「そんなもの!」
「どうして欲しいんだ? 俺はお前を自分の息子のように扱ってきたじゃないか」
「じゃあ、どうしてどこの馬の骨かもわからない連中に声をかけてミリアムとデートさせたりするんです。どうして私のことを考えないんです」
……
5年間働いてきたのはミリアムのためと告白。彼女と気持ちが通じ合っている、と。
フェルドは罵りの言葉を吐いてしまうが、思い直す。
……
「あの子はまだ十九だ。結婚するには若すぎる。もう二年、二十一になるまで、あの子には何も言わないでくれ……」
(翌朝、フェルドは沈鬱な気持ちで店に)
店に来る必要がなかったことを知った。彼の助手がすでに靴型を前にして座り、愛をこめて革にむけハンマーを打ち下ろしていたのだった。
……
「湖の令嬢」
ロマンスを求めてイタリアにやって来たフリーマン(ニューヨークの百貨店書籍売り場監督、30歳)。スイス国境近くの湖で美しいイザベラに一目惚れ。貴族の令嬢と思っていたら管理人の娘だった。彼は、そんなこと関係ないとプロポーズ。
……
「さよなら」イザベラはささやいた。
「さよならって、誰にだい?」フリーマンは愛情たっぷりに笑ってみせた。「君と結婚しようと思って来たんだよ」
イザベラがフリーマンを見つめる目は濡れたように光っている。ところがそこへやわらかい、しかし、いつか来ることのわかっていた恐ろしい轟がきた。「あなたはユダヤ人なの?」
……
初対面でも訊かれた。フリーマンは答えに困った。正直に言えば彼女を失うかもしれない。彼は、違う、と言った。
彼女が自分の秘密を明らかにする。強制収容所に送られたことを示す刻印を彼に見せた。
……
「あなたとは結婚できないの。あたしたちはユダヤ人なの。過去はあたしにとって重い意味を持ってるの。酷い目に遭ったからこそ、ぜったいに失いたくないものがある」
……
彼が真実を打ち明けようとするが……、遅かった。
表題作「魔法の樽」は、結婚を急ぐユダヤ教新米ラビ・リオと、とぼけた結婚仲介業者・ソルツマンとのやりとり。
ソルツマンの登録者カードは事務所の引き出し一杯で樽に入れてあると自慢。次々候補者を選んで紹介してくれるのだが、リオは気に入らない。ついに、リオは斡旋を断わる。お見合いはいい、結婚に至るにはその前に愛が必要、と。
ソルツマンは苦笑しながら写真入の封筒を渡す。
リオ、しばらく写真を見なかったが、ある朝突然、封筒を引き裂いてみると、6人の写真。皆、年頃を過ぎている。あきらめて封筒に戻そうとすると、もう1枚出てきた。それだけ自動式の安い写真。
強く何かを感じさせる写真。リオはソルツマンの事務所に走る。
その写真の女性は……、誰やと思う?
◇ 日記 11月6日 水曜日
元町商店街を歩いていると当然顔見知りのお客さんたちに出会う。
「寂しいです」「困ってます」と言われる。
芸能・アカヘルの名言を紹介する。
「なくなる本屋になにか価値があるとすれば、それはさびしがるひとよりも、困る客によってわかる」
私は、いろいろ困っているよ。書店員として、読者としてはもちろん、いっしょに働く仲間がいなくなった者として。
GF・Yさんが教えてくれた。未来社のPR誌『未来』11月号の[営業部発]で【海】のこと。親しく文通(?)していたMさんが書いてくれている。貴重なスペースをありがとうございます。
「文通」の内容、私は逃げも隠れもしないスケベ文で、Mさんは人柄そのものの営業&読書日記でありました。
◇ ヨソサマのイベント
『鳥瞰図絵師! KOBEに集う!! ~鳥の眼に魅せられて~』
11.14(木)~26(火) 11:00~18:00 (最終日は16:00まで)
神戸波止場町 TEN×TEN 水曜日休館
詳細はこちら。
(平野)