■ むのたけじ 『99歳一日一言』 岩波新書 720円+税
……ふと自分の背中につながる道を振り返って、
「結局は物書き職人の一生だったな」
とつぶやく。この言葉には何の感慨もない。事実を言っているだけだ。……
むのたけじ(武野武治)、1915年秋田県生まれ。36年東京外国語学校卒業、報知新聞社入社。40年朝日新聞社会部に移り、従軍取材も。45年新聞人として戦争責任を取り退社。48年秋田県横手市で『週刊たいまつ』創刊。農業、教育問題を取り上げ、反戦を訴え続けた。78年休刊。今なお現役のジャーナリスト。
『たいまつ』紙面に「意味の深い短句」を載せていたのだが、ずっと色紙やノートに「自分の認識と思慮」を書いてきた。子息が整理しながら目を通す。「父親の一生の歩みでつかんだ生活の知恵、心得、反省を子らに語っている、親子関係を抜きにして世間の人たちにも役立つ」と思って、本作りに協力。語句を季節のイメージで分けて365日に配分した。
一月一日
拝むなら自分を拝め。
賽銭出すなら自分に渡せ。
自分をいたわれ。
自分こそ一切の原点。
説教臭い「金言集」「成功語録」と思われそうだが、私はひとつずつ詩として読んだ。
一〇月一九日
近所の子らへ私は自分から朝夕の挨拶をする。
顔なじみとなった一少女と他の町で会った。
少女は「おじさん」と自分から走り寄ってきた。
行動は行動を誘い、行為は行為を産む。
老ジャーナリストの警告。
一一月二八日
議案の採否を多数決で決まるやり方は、人間の仕事の仕方では極めて大雑把で、単純でヒヤミコキ(怠慢)だ。見わたすところ世界中の団体・組織のほぼ九割は多数決で議事の処理をしている。だから、御覧なさい。社会の九割はいつも薄暗くて、じめじめしていて臭い。(略、ガリレオの地動説、たった一人のおかげで全人類が大馬鹿の底に沈む恥を免れた事実を思い出せ)議事の始末は賛成と反対の数量によってではなく、どれが物事の道理に合うか合わないかで決めることだ。そのために丹念に努力して、緻密に苦労を重ねて納得するまで努力することだ。すると、この世の九割はたちまち明るくさわやかになって、いつも芳香に満ちている。
むのは一貫して「革新」の立場だが、「保守」を軽蔑しない。それどころか「学習する保守」を尊敬し感謝している。「保守」の牙城・横手で新聞発行が続けられたのは色々な組織・個人の支えがあったから。「保守」の人びとも立場を越えて「学ぼうという情熱」で支援してくれた。『たいまつ十六年』出版の時、出版祝賀会を開いてくれたのは地域の行政・商工界の中心人物3名。どうして? と訊くと、
「たいまつは、おらだちの敵だ。だからつぶすわけにいかぬ」
50年前のこと。
八月三一日
……対立する相互関係をまっすぐに認めて、だから、ヘマはやれない。相手にも学んで前進しなければ、という態度だとしたら、それこそは状況を変える力の芽生えではないか。いま憎み合う悲劇が地上のあちこちに続発している。どうしたらいいだろうか。私が対立する立場の人たちから受けた言葉の本体を平がなで書けば、「てきだから、つぶされぬ」というたった一〇字の一句だ。この中に悲劇を他のものに変えるカギの一つが存在している。
(平野)