■ 鶴見俊輔 『文章心得帖』 ちくま学芸文庫 900円+税
元本は、1980年潮出版刊。
一 文章を書くための第一歩
二 見聞から始めて
三 目論見をつくるところから
四 文章には二つの理想がある
解説 加藤典洋
1976年、京都を中心に「風変わりな学者」と「好奇心旺盛な町の人々」で「現代風俗研究会」というグループができた。その中での「文章教室」授業記録。
鶴見の文章の取り組み方は、「日本語と日本語でないものとが、おたがいにぶつかりあい、助けあって、私の書く日本語の文体の理想をつくってゆくこと」。
15歳から19歳のアメリカ暮らしで、書き言葉について「頭の中で一度、日本語から英語にかわった」。
「言葉の勉強について無駄をしたと思う」
子どもの時に「世界で一番本を読んだ人になりたい」と、漫画でも立ち読みでも「一日四冊以上」を自分に課した。良い文章をノートに書き写した。
その「美文のリズム」が完全に失われ、名文が記憶から消え、漢字で書けないものがたくさんある。
「文体の模範を一度見失ってしまった」
そのかわり、日本語の文章で困った時には、
「英語の助けを借りて日本語に戻る」
「日本語が英語を助け、英語が日本語を助ける」
アメリカ人のように英語を書くとか、日本の名文家のように日本語を書く、という理想にしばられなくなった。
鶴見は、うまい文章だと思うものをノートに書き写す習慣。その作業で、自分の文章はまずいなという感じを保つことができ、また別のものとして見る目ができる。花田清輝、竹内好、梅棹忠夫、山田慶児らの文章は、鶴見にとって「自分の陥りやすい紋切型をつきくずす助け」。
文章を書く上で大事なことは 「余計なことをいわない」「紋切型の言葉をつきくずす」。
「紋切型」とは、子どもが言葉を覚えるときに覚える、きまりきった言葉の型。「マンマ」など。
幼児が使うと「躍動があって、自由な生命の動き」がある。老人になると力も衰え、発音も不明晰になって、「紋切型」に子どもと違う味わいが出てくる。しかし、おとなの普通の文章では、「紋切型とたたかうということが、一つの重要な目標」。
鶴見が大学教師時代、学生の論文によく出てきた書き出し、「戦後強くなったのは女と靴下~」。
……
これこそ紋切型です。女が強くなったというのは、一つの紋切型の思想であり言い方ですね。ほんとうにそうかどうか疑わしい。と同時に「靴下」というたとえを使って、気の利いた言いまわしだと思っている。
……
文章の理想とは?
「誠実さ」=他人が作った言葉でしゃべるのではなく、「自分の肉声で普通にしゃべるように文章を書く」「普通の言葉を自分流に新しく使う」。
「明晰さ」=使っている言葉の説明ができること。
「わかりやすさ」=読者(自分も)にたいしてわかりやすい。文章はまず自分にとって大事。
……
文章を書くことは他人に対して自分が何か言うという、ここで始まるものではない。実は自分自身がなにごとかを思いつき考える、その支えになるものが文章であって、文章が自分の考え方をつくる。自分の考えを可能にする。(略)自分の思いつきのもとになる、それが文章の役割だと思います。
……
受講者の文章を講評しながら、文章の役割を考えていく。
「書評」の書き方で、ある学者を「けなす書評」の代表に挙げている。ただ「つまらん」ではなく、「否定の根拠」をきちんと表示する見事さに感心する。
◇ 日記 11月19日 火曜日
失業手続きはじめ。まず「健康保険証」が必要なので区役所。窓口の人は【海】のお客さんだった。
(平野)