■ 谷崎潤一郎 『鍵』 中央公論社 1956年(昭和31)12月刊 (手持ちは57年1月7版) 装釘・板畫 棟方志功 56年『中央公論』連載。
56歳の夫、45歳の妻、それぞれの日記。家には年頃の娘がおり、婆やがいる。夫が娘の結婚相手にと考えている木村が時々訪問する。
夫は日記を机の抽き出しに入れて鍵をかけている。その鍵が書棚の前に落ちていた。夫はわざわざ鍵をかけているが、妻は日記の所在と鍵の隠し場所を知っている。しかし、日記を見たことはない。夫は日記を見せたがっているのか?妻も日記をつけているが、夫は感づいていない。そのことが妻は楽しい。夫への嫌悪を綴る。
一月一日。……僕は今年から、今日まで日記に記すことを躊躇していたような事柄をも敢て書き留めることにした。僕は自分の性生活に関すること、自分のと妻との関係については、あまり詳細なことは書かないようにして来た。それは妻が此の日記帳を秘かに読んで腹を立てはしないかと云うことを恐れていたからであったが、今年からはそれを恐れぬことにした。(略)
妻との夜の生活について、願望を包み隠さず書く。
夫も妻の日記の存在に気づく。
……今は夫が此の日記帳を盗み読みしたことは疑いない。すると私は、今後日記を附けることを継続すべきであろうか中止すべきであろうか。(略、お互い見ない建前になっているので継続することに)つまりこれからは、こう云う方法で、間接に夫に物を云うのである。直接には耻かしくて云えないことも、この方法なら云える。しかし、くれぐれも、夫が内証で読むことは仕方がないとして、決して読んだと云うことを露骨に云わないでもらいたい。
お互い読まれることを前提に、心の内を書く。夫は妻に木村と不倫をさせるように仕組み、妻もわかっていながら相手と会う。
夫があの最中脳出血、半身不随。日記は妻だけになる。妻は、誰か他の者が夫の日記を読んでいたと気づく。
日記は、旧字・旧かな(夫カタカナ)。
(平野)